glazed frost

FTのグレジュビ、OPのサンナミをこよなく愛するブログ。

姫と王子の奇想曲(カプリス)

グレジュビ長編。姫と王子シリーズ、第3話です。
ジュビアの過去バナ入ります。

ではでは、どぞ。

姫と王子の奇想曲(カプリス)




「ジュビア!!」

ドゴォンッという轟音と共に崩れ落ちる建物。
その爆炎に向かって力の限り叫ぶ。

「グレイ!待て!」
「放せよ!ラクサス!
ジュビアがっ…」
「グレイ!」

ラクサスに羽交い締めにされていた腕を思いきり振り切って走り出す。
目の前でこんな…
こんなことが起こるなんて。
あるはずない。
ジュビアを、失うなんて-ー。



***




ダリの街での二日目の夜。
少し前まで宿の下の食堂兼酒場になっている所で、全員で食事をとりながらの情報交換をしていたが、ジュビアが早々に部屋に戻ってしまった後、俺も自室に戻った。
同室のガジルはなかなか戻ってこない。
何をするでもなく部屋で過ごしているのも手持ちぶさたで、仕方なく寝ようと思ったものの、色々考えてしまうばかりで睡魔はちっとも襲ってきてはくれなかった。

ジュビアは、何を抱えているのだろうか。

今回の囮作戦に自ら立候補したときには、なんというか毅然とした気持ちというか自分が行かなければという使命感というか…、そういう前向きな魔導士としてのプライドをひしひしと感じさせられた。
そんな所に行かせたくないと思う俺の気持ちなんて吹き飛ばすほどのきっぱりとした態度だった。

あの時は俺もカッとなっていたからよく見えていなかったが、ここに着いて二日間、冷静に考えてみると。
雰囲気が一変したのは、俺が一緒に行くと言い出して、ジュビアが突っぱねたところからだ。

街に着いてからも、囮という仕事そのものに怯えているとか緊張しているといった風はない。
元々、自分の実力もちゃんとわかってて、それに対するプライドもきちんと持っている奴だ。
仕事に対して『怖じ気づく』なんて事はないだろう。
『グレイ様!ここはジュビアが!』
『お任せ下さい!』
そんなセリフを隣で聞きながら共に闘った事も何度もある。
俺も、守ってやりたいと思うのと同じくらいにコイツになら背中を預けられると思う一人でもある。

つまるところ、今回の事は。
『俺が一緒』って所がダメなのか。
その結論に至ると、腹の奥から淀んだ感情が湧いて出ると共に、なんだか泣きたい気持ちにもなった。

なんだよ。いつも、あんなに『グレイ様グレイ様』って纏わりついて離れねぇくせに。
あんな何も映してないような目をして、自分で自分を壁に閉じ込めるような、あんなのはジュビアじゃない。
今のジュビアの瞳は、初めて出会ったあのファントムの頃の瞳とどこか似ているような気がした。

色々考えていても思考のループにはまりこむばかりで、何かが見えて来る訳でもどこかに動き出せる訳でもない。
寝付けねぇし、何だか喉も渇いたので、とりあえず下に行って酒の一本でもあおってくるかと部屋を出て階段を降りた所で、宿の正面の玄関からガジルとレビィが戻って来るのが見えた。
ふと見るとガジルがしっかりとレビィの手を握っている。

あぁ、レビィ、何だか不安そうにしてたもんな。

ガジルはああ見えて意外と世話好きで、結局は他人を放っておけないところのある奴だから。
ましてやレビィの事だ。彼女の側にいて不安を取り除いてやる役割を他の奴に任せたいとも思わないだろう。

レビィが何か言ったことに反応して、ガジルが空いてる方の手でレビィの頭をぽすぽすと叩いて笑っている。
あの『ギヒッ』と嗤う一種凶悪なツラが、あんなに優しい顔になりやがるとは。
レビィの力は偉大だと俺はしみじみと感心した。
滅竜魔導士の五感のせいかどうかはわからないが、ガジルが俺に気付いてふと顔を上げる。
それに合わせてこちらを見たレビィは、「あっ、グレイ~」そう言って花が咲いたようにパッと破顔して微笑んだ。

…お前は大した奴だよ。ガジル。
あんなに不安そうにしてたレビィに、ちゃんとこんな顔をさせてやれんだな。
すげぇよ。
俺は一体どうやったらジュビアをいつものジュビアに戻してやれんのか全然わかんねぇのに。

「グレイ、どっか行くの?」
レビィがそう訊いてきたので、
「いや、ちょっと喉も渇いたし、酒でも貰おうかと思って。」
そう言って食堂の方を指差した。

「今、帰りか?
仲のよろしいことで。」
わざとニヤリと笑ってそう言ってやると
「そそそ、そんなんじゃないよっ
ねぇ、ガジル」
レビィは、ボボッと顔を真っ赤にして焦ってそう返事をした。
話を振られたガジルは面倒臭そうにそっぽを向いて小さくチッと舌打ちをしている。
どうやら無視を決め込むつもりのようだが、おいおい、無意識かどうか知らねぇが繋いだ手が離れてねぇぞ。
思わず本気で突っ込んでやろうかとも思ったが、真っ赤になっているレビィの顔を見て、そこは遠慮してやることにした。
レビィの表情が、瞳が。
いつもの柔かいものに戻ってる。

「…ま、よかったじゃねぇか。」
気持ちが落ち着いたんなら、それが一番いい。
レビィの肩にトンッと軽く拳をあてて、やんわりと微笑みながら二人の横を通りすぎた。
その時。
そのまま酒場の方へ進もうとした俺の背中にむかって、レビィが「グレイ!」と声をかけてきた。

「あ?」
「グレイ」
「なんだよ?」
「…任せた、からね。」

振り返ると、レビィが真っ直ぐな瞳でこちらを見ていた。
わかってるよね?とでも言いたげににっこりと微笑んでいる。
チラリとガジルの方を見ると、奴もまた何かを含んだような目でじっと俺を見ていた。
何が、なんて聞くまでもないその問いに、

「おぅ。」

軽く手を挙げてそう応えた。

言われなくても、このままでいいなんて思ってねぇよ。
何も糸口は見つかんねぇけど。
でも。
ちゃんと取り戻して、みせる。
そして、必ず護ってみせる。
何が起こっても、その気持ちだけは決してぶれる事はない。

一言返事をしたっきり何も言わずにレビィの顔をただじっと見つめただけだったが、俺の表情を見て、レビィは満足そうに微笑んだ。
ガジルの野郎は、まぁそんなことはハナっからわかってたけどな、と言わんばかりに僅かに口角をつり上げている。
ガジルがポンッとレビィの頭を小突いて、そのまま手を引いて歩き出した。
二人は、入ってきた時そのまま、しっかり手を繋いだままで、俺の降りてきた階段を昇っていった。




***




二人と別れて、酒場のカウンターで、ちびちびと喉を潤す程度に酒を飲み始めてしばらく経った頃。
隣に座ってくれようとしたそういうお商売のお姉さんを「気分じゃねぇんだ。悪りぃ。」といなし、長居するのもアレかと思いながらもゆるゆるとカウンターに突っ伏し始めたちょうどその頃に。

その声は突然聞こえてきた。

『…ジュビア、顔色悪いよ?大丈夫?』

突然の声にばっと顔を上げて辺りを見回す。
カナ、の声のような気がしたが…。
当然だが、周りには誰もいない。

『大丈夫です。カナさん。
心配かけてご免なさい。』

今度は、確実にジュビアの声だ。
なんで?どこから?
焦ってキョロキョロとあちこちを見回すと、ふっと胸元のカードが少し光ってるのが見えた。

もしかしてコレか?
ジュビアのカードと対になっている受信カード。何か事が起こったらジュビアの声や周りの音を拾えるように発動するとカナが言っていたはずだが…、それが今発動してんのか?

『…余計なお世話かもしれないけどさ、
ジュビアがなにか悩んでるなら、相談に乗るよ?』
『…カナさん』

間違いない。
声は、このカードから聞こえてきていた。
四六時中、カードに魔力を注いでいたら到底魔力も持たねぇし、そもそもジュビアやレビィのプライベートもあるから、何か起こった時しか発動させねぇって言ってたのに。

『グレイと、なんかあった?』

カードからニマニマしたカナの声が聞こえてくる。何、聞いてんだ、テメェは!

『ググググレイ様とジュビアが何かなんて…っ』
『無理矢理チューでもされちゃった?』
『カ、カナさん、どうして知っ…
いえっ、むっ、無理矢理というか、あのっ、
そそそそんなチューなんて、』
『…あー、やっぱり図星か。』

何が図星だ!
ジュビアもジュビアだ。簡単に誘導尋問に引っ掛かりやがって。

「カナ!テメェ一体何を…」
カードに向かってそう怒鳴ってから、あぁそういやコレは受信専用でこっちの声は向こうに届かねぇんだったな、と思い出す。
そんな事を思っていたら、あちら側ではまた会話が続けられているようで、二人の声が聞こえてきた。

『…ま、グレイ相当キテたもんね。あの時』
『…グレイ様、怒ってました、よね…』
『…いや、怒ってたっていうか、まぁ、どうかなぁ。
心配してるのに、ジュビアに要らないって言われたからねぇ…』
『要らないなんて、そんな!
ジュビアがグレイ様を要らないなんて言うことありません!』

カードから、ジュビアの必死の声が聞こえる。
相手がカナならこんな風にちゃんといつものジュビアだ。
カード越しに聞こえてくるその声に胸が熱くなって、すぐにでもそのいつものジュビアに会いたい気持ちに駆られた。

『…じゃあ、なんでグレイが一緒にくるの嫌がるの?』
『……っ…』
『…もしかして、無理矢理チューされたから、
怒ってる、の?』
『…そんなんじゃ、ありませんっ』
『じゃあ、どうして?』
『………』

カナの冗談めいた追求が核心に迫るにつれて、ジュビアもまた黙ってしまった。
…カナの奴。…そういうことかよ。

『…ジュビアはさ、一体何を怖がってるの?』
『…カナ、さん…』
『…そんなにグレイの事が好きなくせにさ、
グレイが一緒だと、何でダメなの?』
『…カナさん…』

カナの声は、とても優しかった。
まるで、お姉さんに話してごらん?と妹を慰めるようなそんな優しい声。
そして、カードの向こうからもうひとつ、小さくクスンと鼻をすするような音が聞こえる。
…ジュビアが、泣いてる。
一人で、俺のいない所で、そんな風に泣くんじゃねぇよ。
伸ばしてやりたい手の持って行き場がなくて、グッと拳を握りしめた。

『…ジュビア、大丈夫だよ。
ちゃんと、聞くから、話してみな?』
『………』
『…ほら、涙ふいて。』
『………』
『…ん?』
『……あの…』
『………』
『…そんなに、大したことじゃ、ないんです』
『……うん』
『ホントにどうでもいいような事、ただちょっとだけ、思い出してしまっただけで…』
『………』
『ずっと、忘れてたんですけどね…』
『…うん』

カナに促されて、ジュビアがぽつりぽつりと話し始める。
声は、相変わらず何かを我慢するような声で。
ただ、聞くことしか出来ない自分が歯がゆくなる。

『…ファントムにいた時に、
今回と似たような仕事があって。』
『………』
『…ある闇ギルドが、女の人をたくさん拐って娼館や富豪の人にその人達を売り付けていて…、それを潰すという仕事で今回みたいに囮になって潜入したんです。』
『…うん』
『……拐われた女の人達は、…その、
…もう本当に酷い事になっていて…』
『………』
『…次から次へと、男の人達の間を廻されて、…色んなクスリを使われていたりして。ジュビアが潜入した時には、もう自分を取り戻せなくなっている人も、いました』
『……ジュビアは?
…ジュビアも、何か…』

カナがおずおずと訊きにくそうに訊ねた。
思わず、握りしめた拳に力が入る。
爪が食い込む感覚で、何とか沸き上がるドロドロとした気持ちを堪えた。 

『…いえ、ジュビアはそこまで酷い事にはなってないです。油断させようとして、ちょっと危ない目には何度か遭いましたけど。
ちゃんと、最後は逃げていたので…。』

ジュビアの台詞に、ホッと安堵の息がもれる。
でも、それは気持ちの半分で、もう半分はやっぱり怒りが沸沸と込み上げてくる自分がいた。
くそ、危ない目、ってなんだよ!
どこのどいつか知らねぇが、きっちり探しだしてカタ付けさせてもらうからな。

『そうなんだ、…今ちょっとホッとしたよ』

明らかに少し緊張の解けたカナの声が耳に入る。

『最後は、ファントムのメンバーが突入して、その仕事は無事終わりました。
……でも、あの、……』

そう言ったきり、ジュビアの声が詰まった。
言いにくそうに、息をつめているのが、カード越しにも伝わってくる。

『……いいよ、ジュビア。
話したくないなら、無理に聞かないよ?』

『いえ、あの。
…そ、そのとき、そのファントムの、メンバーの中に、…ジュ、ジュビアが、お、付き合いを、してた人がいて……』

何度も何度も、声を詰まらせながらジュビアが、少しずつ言葉を紡ぐ。
きっと、出来れば誰にも言いたくなかった話なのかもしれない。

『……ジュビアの事を、す、好きだって、言ってくれた人で、……でも、その仕事の後から、ジュビアの事を、すごく汚いものでも見るような目で見るように、なって……』

『………』

『いろいろ、いろいろ、言われました…
…何もなかった訳がない、とか、
…お前みたいな汚れた女は御免だ、とか。
…ジュビアが、何もなかったって言っても、
ぜ、全然信じてくれなくて、
自分は、この目で見たって……。
突入してきたとき、ジュ、ジュビアが、男に、押さえつけられてるのも見た、って……』

『…ジュビア』

『…何回も何回も、汚いって、汚れてるって、
…さ、最後には、男なら誰でも、…こ、…腰、 振るんじゃねぇの、とまで、言われて…』

そこまで聞いて、それが、もう限界だった。
持っていたカードを握り締めて、テーブルにグラスを叩きつけた後、ガタンと立ち上がった。突然大きな音を立てて立ち上がった俺に、周りは訝しげな様子をしていたが、そんなことにかまう気持ちの余裕はもうなかった--。



***





『ご免なさい、カナさん…
こんなくだらない話……』
『何言ってんのさ。
くだらなくなんか、ないよ。
…それで?』
『……今回、グレイ様も一緒に行くと言ってくれて、…ジュビアを心配してくれてるのかなと思ったら、とても嬉しかった』
『…うん』
『…でも、…もし仕事が終わった後で、 グレイ様にも同じ様に思われたら…』
『………』
『…怖いんです。
グレイ様だけには、…あんな目で、見られたくない…!』
『………』
『…グレイ様だけには、あの時みたいな姿、見られたくありません。』
『…ジュビア』
『………』
『…ジュビア、グレイはさ、』

部屋の前までやってくるまでの間、聞こえていた会話。
何かを言い駆けたカナの台詞を遮って、バンッと部屋の扉を開けた。

突然開いた扉の音に、二人が弾かれたように振り向いて。
そして、俺の顔を見た瞬間、ジュビアがこれ以上ないくらいに吃驚した顔であの大きな目を見開いた。

「グレイ様!?」

「……遅いよ。グレイ」

「…カナさん!?」

カナは、やっと来たか、という顔でこちらを見てニヤッと笑った。

「…悪りぃ」

俺がそう言うと、カナはふっと微笑んでから、自分が座っていた椅子からすっと立ち上がって。
そうして、スタスタと扉の方に向かって歩いてきた。

「…サンキューな。」

目の前までやって来たカナに向かって軽く口角をあげながら礼を言った。

「…サービス労働だからね。
帰ったら、酒を2樽、奢ってよ。」
「…おう」
「…後は、任せた」
「…あぁ。
あ、あと、…ワリィ。コレ、潰しちまった…」

そう言って、握り潰してしまったカードを差し出す。まだ今は何とか音は聞こえているが、あまり長くは持ちそうにない。

「…ゲッ。…んもう!
サービス労働追加。酒5樽だからね!」
「…そんなに増えんのかよ!」

思惑が成功してニヤッと笑っていた顔から一変して。カナはちょっとばかりげんなりした顔でそう言いながら、部屋を出ていった。
部屋を出る直前に俺の腕を引いて一言「今日はもう部屋に戻らないから。ごゆっくり」そう耳打ちして。
…感謝。…ホントにサンキューな、カナ。
それにしても、カードを潰したのはややまずかったらしい。申し訳ない気持ちがムクムクと湧いてきたので、酒5樽は甘んじて受けてやることにした。

カナが出ていった後、そっと後ろ手に扉を閉めてジュビアと向き合う。

「…グレイ様」

呆然とした様子でジュビアがそう呟いたから、
俺も睨みつけるような射抜くような目でジュビアをじっと見つめた。

「…カナさんに、やられちゃったんですね…
コレ…」

ジュビアはそう言って、自分のポケットに入っていた送信側のカードを手に取った。
俺も、黙って頷く。
そうして、一歩一歩、ジュビアに近付いていった。

「…グレイ様には、…知られたく、なかったのに…」

そう言うジュビアの目元に、うっすらと涙がたまってゆく。
俺が少しずつ距離を縮める中、ジュビアはその場で立ち上がって固まったまま、一歩も動こうとしなかった。

「…グレイ様、怒ってますよね…」

「…おう。
…これ以上ないくらい色々ムカついてるよ」

俺の、その台詞を聞いて、ジュビアがびくっと肩を震わせた。それから、僅かにうつむいたあと、ぼそりと詰まった声で呟く。

「…すみません。あんな、くだらない話…
どうか、忘れてくださ…、…っ!?」

ジュビアが最後まで言い切る前に、
思いきり腕を引いて、ジュビアを自分の腕の中に閉じ込めた。

「、グレイ様っ…?」

腕の中で、ジュビアが焦って身じろいだが、
離す気なんて全然なかった。
ずっと、ずっと、こうして抱き締めてやりたかったんだ。
…話を聞いてる間、ずっと。

「…この、馬鹿女、…俺の気持ちを思い知れ。」

そう言って手加減なしにギュッと抱きすくめる。
苦しかったのだろう、腕の中でジュビアが、んっ、と声を挙げた。

「…グレイ、さま」

「…俺、すげぇ怒ってるから」

そう言って、少しだけ腕を弛めてジュビアの顔を覗きこむ。
目があったジュビアの瞳は、俺の『怒ってる』の反応してか不安そうに揺れていた。
どうせ、何もわかってねぇんだよな、コイツは。

「…とにかく、山程ムカついてる事、全部言うから、で、謝ってもらうからな!」
「……は、い」

涙目のジュビアに向かって噛みつくようにそう言うと、ジュビアもびくびくしながら返事をした。

「…まず、ひとつ目。
…危ない目、ってなんだよ!?
その、昔のファントムの時の闇ギルドの奴!
全員ボコボコにしてやっから、探しだして俺の目の前に連れて来い!」
「…グレイ様…」
「…あー、やっぱ、いい。探しだすのはガジルにやらせる。お前は、一切手ェ出すなよ!」
「……、あの」
「…次!
その、も…元カ…、つーか、その!
昔、つ、付き合ってたとかいうソイツも!
その闇ギルドの奴らと一緒に並べとけ!
二度とそんな口がきけねぇように、
凍らせて、埋める。」
「……埋め…」
「…いや、つーか、いい。
ソイツもガジルに連れて来させるから、お前はもう二度と会うなよ!?」

自分でも言ってる事が支離滅裂だと思いながらも、とにかく言いたい事がたくさんありすぎて思いつくままに口にしていった。
元カレ、なんつー言葉は口にするのも憚られたが。そして、そのサイテー野郎には二度と会うなと言うこともはっきりと釘をさしておかねばならない。コイツはとにかく色々わかってないのだから。

「…次、3つ目。
俺が、ずっとお前の事考えてたのに。
俺が、何かお前を傷つける事をしでかしたのかって…」
「、そんな!違います。」
「…なのに、その間、ずっと、その昔の男の事思い出してたなんて。」
「…お、思い出してたなんて、そんな…」
「お前は!俺の事だけ考えてりゃいいんだよ!
ずっと、グレイ様グレイ様つって俺の側にいりゃいいの!他の男の事なんて考えんな!」
「…グレイさま…」

俺の叩きつけるような台詞を聞いて、グレイさま、と呟いたジュビアはグッと下唇をかんだ後で、俺の上着をギュッと握りしめた。
そうして、潤んだ目でじっと俺を見つめてくる。
そうだよ。そうやって必死で俺にしがみついてりゃいいんだよ。
他の男のことでウダウダ悩むなんて、許さねぇからな。

「…最後、4つ目。」

大きく息を吐いてから、ゆっくりと言葉を繰り出す。

「…これが、何よりムカついてんだけど。」

「………」

「…お前にとって、俺は…、そんなに、信用ならない男か?」

「…グレイ様!」

ジュビアがバッと顔を挙げて、大きく目を見開いてこちらを見た。

「…そんな、クズ野郎と、同じ扱いかよ。」
「…そんな!…違います!
…ジュビアは、ただ…」
「ただ?…なんだよ?」
「…グ、グレイ様に、嫌われたらどうしようって…」
「…ほら、信用してねぇ。」

呆れた顔でそう言った後で、抱き締めていた手をほどいて、ジュビアの頬を両手でそっと包み込んだ。
ジュビアが、手の中で小さくフルフルと首を横に振る。
俺が、信用してねぇって言ったのを、必死で否定しようとしているらしい。
そのまま、親指でそっとジュビアの唇をなぞった。

「…無理矢理キスしたこと、怒ってるか?」

俺の突然の台詞に、ジュビアが真っ赤になりながら、もう一度俺の両手の中で首を横に振る。

「…今、すげぇキスしたいんだけど。
したら、怒るか…?」

ジュビアが今度は涙の溜まった目を大きく見開いた。でも、その後、またフルフルと首を横に振ってくれる。

もう一度、親指でゆっくりと唇をなぞった。
それから、そっと、その唇を塞ぐ。
触れるだけの、でも少しだけ長めのキス。
ゆっくりと顔を離したら、ギュッと目を瞑ったジュビアの顔が真っ赤になってるのが見えた。

その顔があまりにも愛しくて。

「…こんなに、好きなのに。
…一体どうやったら嫌いになれんだよ…?」

そう呟いて、そのままもう一度抱き締めた。

「…グレイ様…」 

「…何があっても、…例えどんな事が起こっても」

そう言って抱き締める腕に力を籠める。

「…ジュビアが、好きだ。
それだけは、絶対変わらねぇ」

だからお前は、俺を信じて、ただ俺の側にいればいい。
世の中に、神だの仏だのが一体どの位いるのか知らねぇけど。
ソイツら全員前に並べて、俺の全身全霊で宣言してやるから。
だから、この気持ちだけは信じてほしい。

ジュビアが、おそるおそる手を俺の背中に回した。
それから、俺の胸元に頬を寄せて、ギュッと抱きついてくる。

「…ごめんなさい。…ジュビア…」 

まだ少し涙の入り雑じった声で、ジュビアが呟く。

「…ジュビアも、グレイ様が好きです。
…グレイ様だけ、です。」

「…知ってるよ。」

腕の中で一生懸命に自分の気持ちを伝えようとしているジュビアに向かって、フッと笑ってそう言った。

「…知ってる。…だから。
お前の側で、お前を護る権利を、俺にくれ。」

「…グレイ様」

「…まぁ、…お前が何と言おうと。
…それはもう俺のモンって決まってんだけど。」

ちょっとだけムスッとした顔でそう返すと、ジュビアが俺の胸に手をついて、心底可笑しそうにフフッと笑った。

「…なんだよ」
「…だって。
グレイ様、我が儘な子供みたいです」
「…はぁ?…俺の、どこが?」

やっと、笑った。
ジュビアの笑顔が目の前で、ほころぶように開く。
あぁ、さっきのレビィと同じ、ちゃんと、いつものジュビアの笑顔だ。

「…つーか、お前。
俺、謝ってもらうって言ったよな?」

少しだけ凄んで、思い出したようにそう付け加えた言葉に、ジュビアが、えっ?という顔をして俺を見た。

「…あの、さっき、…ごめんなさいって、」
「…ばーか。あんなんで、足りる訳ねぇだろ」

そう言って、さっとジュビアを抱き上げた。
突然横抱きにされて『キャ!?』と暴れてやがるのはサックリ無視して、そのままベッドの方に歩いてゆく。

「…ググググレイ様!…ああの」

うるさい口を唇で塞いで、二人してそっとベッドに倒れこんだ。
そうして、そのままギュッと抱きすくめる。

「…やっ、あのあのあの…」
「…なんだよ」
「…あの、あの、カナさんが…」
「大丈夫。戻って来ねぇって言ってたし」
「…えぇっ!?
…やっ、でも、でも」

腕の中でじたじたとパニクってるジュビアを見て思わず吹き出しそうになる。
…ばーか。大丈夫だよ。
何もしねぇよ。
ただ、お前がこうして腕の中にいるんだって、確認したいだけだよ。

相変わらずパニクった状態のまま、ジュビアがキッとあの大きな猫目で俺を見た。
そして頬を真っ赤に染めて、小さな声で「グレイさま」と呟く。

…くそ、ヤバい、……可愛い。

ちょっとだけからかうつもりが、墓穴を掘ったのは自分かもしれないと後悔する。
結局いつもいつも負けるのは俺なんだよなと、俺は心の中で大きく白旗を挙げたーーー。




***





事件に動きがあったのは、仕事を開始して三日目、の事だった。

朝、前日までのギクシャクとした雰囲気から一転、二人揃って食堂に現れた俺とジュビアを見て周りの連中はニヤニヤと笑っていたが、そこの辺りは軽くスルーして『で、今日はどうすんだ?』と訊ねた。
すると、今日も昨日と同じで、ジュビアは神殿へ、レビィは大学へと依頼をこなしに行くと言う。
ただ、ミラちゃんがちょっと調べたい事がある、というので、ラクサスとチェンジしてレビィについて大学の方へ行くことになった。
「…なんだか、評議院の歯切れの悪い返事も気になるしぃ~」
というのがミラちゃんの意見だ。
ダリの街について詳しく知りたいと、色々尋ねたらしいのだが、向こうからはお茶を濁したような回答しか得られなかったのだと言う。

カナはかなりのブスッとした顔で、
「はい、コレ。
今度、潰したらもうホントしばくからね」
といって、修復済みのカードを渡してくれた。
結局昨日は多大な苦労をかけてしまったらしい。『…悪りぃ』と心のなかで盛大に謝っておいた。

昼過ぎ頃まで、普通に神殿での仕事をこなしていたジュビアだったが(どうやら魔力をつかって何やらオブジェらしきものを作っていたようだ)、それが一段落した時点で、街のあちこちに何かを配って歩く仕事に切り替わったようだ。
遠目で見ていただけだったが、どうやらジュビアが自分で「お手伝いします」と申し出たようだった。
籠にたくさんの花とチケットのようなものをつめて、次々とポストに入れてゆく。
ニコニコしながら花を配っているジュビアを見て僅かに口許が緩んでいたらしい、ラクサスに『…ニヤケてんぞ』と注意されて気まずい思いをしたのは、カナやミラちゃんには何が何でも黙っていてもらわねばならない。

ある程度の距離を空けてそっとジュビアを追っていると、街の外れに近付くにつれて、なんだか怪しい雰囲気を察知し始めた。
最初は思い違いかとも思ったが、俺たちとジュビアとの間に、同じようにジュビアを追っているように見える数人の男たちの姿があった。

「グレイ」
「…あぁ、やっとかよ」
「まだ、そうかはわからねぇが…
先走るなよ、グレイ。
本命だとしても、雑魚捕まえても何もならねぇぞ」
「…わかってる」

ラクサスが、逸る俺の気持ちをを落ち着かせるようにそう言った。
なるほど、ミラちゃんが二人一組にこだわった理由の半分はこれか。
俺やガジルが後先考えず突っ込まねぇように。

「ウォーレン、聞こえるか?
怪しい気配がジュビアに接触した。
敵がエサに食い付いてくれたかもしれん。
カナに、カードの発動を頼む。」

《ラクサス? あぁ、聞こえてる。
カナ。》
《わかった》

カナがカードを発動したらしい。
俺の持っている対のカードがほんの少しだけ光を放ち始めた。

《ジュビアの場所も掴んだ。東6のブロックだね?》

「そうだ。」

《オッケー、こっちはこっちで位置を追うから、そっちはそのまま追跡を続けて》

「了解」

ウォーレンのお陰でカナの声もちゃんと聞こえてくる。ジュビアにもこの会話は伝わってるはずだ。
この距離を届かせるのは結構な魔力だろうに、たいしたもんだと感心する。

『グレイ様、聞こえますか?』

念話からもカードの方からもジュビアの声が聞こえてきた。

『少し前から、ジュビアも気配に気付いてました。…もう少し引き付けます。』

《…無理すんなよ。》

完全に体制を整えて、ジュビアとその周りをうろつく男たちの様子を窺っていると。
道を最後まで歩ききって街が途切れたちょうどその頃になって、その男たちがジュビアを取り囲んだ。
敵は、全部で4人だった。
全員、目深にフードのようなものを被っていて顔はよくはわからなかった。

『…なんでしょうか?』

ジュビアの冷静な声が聞こえる。

『いい娘だからさぁ、ちょっと大人しくしろや』
『ある人が、お前に会いたいって言ってんだよ』

ジュビアのカードが周りの音を拾って、奴等の発言を俺に伝えてくる。念話は俺達ギルドのメンバーにしか通用しねぇから、こうやって外部の音が俺に伝わってくれるのはカナのカードのおかげだった。
そして、聞こえてきたこの会話。
決まりだ。…恐らく本命だと思って間違いない。

「ラクサス、どうやらビンゴだぜ」
「そのようだな」

『ある人って、誰ですか?』

『それは言えねぇなぁ』
『…まぁ、ちょっとばかし大人しくして、俺たちについてきてくれりゃ痛い目には合わせねぇから』

そう言って奴らは、ジュビアの腕を両側からガシッと拘束した。
そうして、強引にジュビアを街の外れの森の方に引きずってゆく。

その光景を見て、俺の頭の中で、血管が1~2本プチッとキレた。
…てめぇら、誰の許可を得てそいつに触ってやがんだ、コラ。
しかもどこ連れてく気だよ。

「グレイ、気持ちはわかるが我慢しろよ」

恐らくは俺がブチ切れそうな顔をしたのを横目で見て、ラクサスがやんわりと宥めてきた。
その『ある人』とやらの所にたどり着くまで、手出しは禁止だと言いたいのだろう。

「…わかってるっつの!」

『離してください!自分で歩けます』
『ばーか、離したら逃げるだろーが』

カードからは相変わらずジュビアと奴らの声とが聞こえてくる。
そして、奴らは森の中にジュビアをズルズルと引っ張って行ったあと、ポツンと建っている2階建て位の高さのレンガ作りの建物に入っていった。
こんなところに建物があるなんて、
炭焼き小屋か何かだろうか?
何となく腑に落ちなくて、隣のラクサスに
「…アレが、アジトか?」と訊いてみた。
「…それにしては、ちょっとばかしショボすぎねぇか?」
「…だよな。少なくとも魔導士が、4人も掴まって逃げ出せないようなシロモノには見えねぇ。」

『…こんなところに連れて来て、どうするつもりです?』

俺達の会話が念話を通じて聞こえていたのだろう、ジュビアが敵を誘導し始める。

『どうするって、どうもしねぇよ。
俺達ゃただ連れてくだけだ。』
『…連れてくって、どこにですか?
見たところ、ここにはこの部屋以外何もありませんけど』
『しかし、いい女だよナァ。
ちょっとくれぇなら味見してもばれねぇんじゃねぇの?
ほら、触ってみろよ、この胸』
『…ちょっ、やめて!触らないで!』

カードから聞こえてきたとんでもない内容に思わず「ジュビア!」と叫ぶ。
だが、駆け出そうとした俺の腕をラクサスが捉えた。

「ラクサス!」
「気持ちはわかるが耐えろ。
後で何十発でも殴らせてやる。」
「…クソッ」

『離して!』
『おいおい、やめとけって。
コレがなくなってもいいのかよ?』
『…あ、あぁ、そうだな。…チッ』
『連れてくってどこに連れてくのか、ちゃんと言いなさい!』
『うるせぇよ。…ほら、お前ら行くぞ。
ちゃんと抱えろよ。』
『え? …キャアア!?』

「ジュビア!?」

『やっ、離しなさーーー』

カードの音はそこで突然プツッと途切れた。
まるで何かのスイッチをピタッと消したみたいに。
どうなってんだ!?
声はともかく何の雑音も聞こえねえなんておかしいだろ!


「カナ!? どうなってる?」

《わかんない!急に反応が消えて…》

カナの声が聞こえたその瞬間だった。

ドゴォンッッと轟音をあげて、目の前の建物が、崩れ落ちた。
まるで、仕掛けていた爆弾が突然爆発したように爆炎を吐いて崩れてゆく。

「ジュビア!!」

信じられない光景に一瞬茫然と立ち尽くした後で、その崩れてゆく建物に向かって力の限り叫んだ。そうして駆け出そうとした俺の腕をラクサスが羽交い締めにして引き戻す。

「ジュビア!」
「グレイ!待て!」
「放せよ!ラクサス!
ジュビアがっ…」
「グレイ!」

ラクサスに捉われていた腕を思いきり振りきって、崩れ落ちた瓦礫に向かって駆け出した。

《どうした!?》
《何があったの!?》
《俺達も今そっちに向かってる!
どうなってんだ?
説明しろよ!ラクサス!》

異変を感じたウォーレン、カナ、そしてガジルの声が続く中で、目の前に積み上げられた瓦礫の山を見て言葉を失う。

一体、何が起こったのだろう。
こんな、こんな事が、あるはずない。
この、グシャグシャになった残骸の中に、ジュビアがいるのか?
あの、爆発に巻き込まれたっていうのか?
こんなに側にいたのに、護れなかったっていうのか?

嘘だろ…こんな。
だって、さっきまで目の前にいたんだ。
昨日はこの腕の中に、抱き締めて眠ったんだ。

あるはずない。
まさか。

ジュビアを、
失ったかもしれないなんてーー。





〈続〉







∞∞後書き∞∞



ストーリーの方はやっと佳境に入って参りました。
色々と突っ込みどころがあるとは思いますが、何卒スルーの方向で宜しくお願いいたします。

“一話に一粒は糖分がないと死んでしまう病”の私が書いていますので、今回もグレイ独占欲爆発でした。ほんとスミマセン(^^;)))

あと少し続きます。
心の広い皆様、どうか気長にお付き合いください。