glazed frost

FTのグレジュビ、OPのサンナミをこよなく愛するブログ。

君と聴く光の雫 ② ~ライラック

グレジュビ学パロ、第2話です。
今回からナツルーが出ばってきます。少しずつ進んでゆく二人の様子を楽しんでいただけるとうれしいです。

それでは、どうぞ。


君と聴く光の雫 ② ~ライラック








「……ジュビア、ちゃん、だよね?」


前から声をかけられたのに気づいて、ふっと顔をあげると。

そこには、先日の委員会で、前で司会をしてくれていた先輩が、立っていたーー。




~ライラック~




ニコニコと笑いかけて声をかけてきてくれたその先輩の顔をじっと見て、なんとか名前を思い出す。

……えっと、確か、ルーシィ先輩。

「はい。そうです。」

「今から、図書館?
だったら一緒に行こうよ。」

ジュビアが返事をすると、ルーシィ先輩はニコニコと笑ってそう言ってくれた。

聞き取りやすい透き通るような高い声。
お日さまみたいなその笑顔に心が温かくなる。

ジュビアが、こくんと頷くと、ルーシィ先輩は

「ふふっ、じゃっ、行こ」

と言って隣に並んだ。


「今日、金曜日だもんね。
ふふ、私の周りに朝からソワソワしてる奴がいてさー」

「……?」

「…あぁ、何でもない。
こっちの話~」

ルーシィ先輩は、フンフンと鼻唄でも歌うように、楽しそうにクスクス笑いながらそう言った。

そして、ヒョイッとジュビアの顔を覗きこんで、

「…ね、ジュビアって呼んでいい?」

と訊いてきた。

「…あ、はい。どうぞ」

「ありがと!
私のこともルーシィって呼んでね。」

「……えっ、そんな。
先輩なのに、呼び捨てなんて、できません……」

ジュビアが消え入りそうな声でそう言うと、
「えぇ~いいのに~」
ルーシィ先輩は屈託のない笑顔でそう言った。

「…ジュビアは、今年から転入してきたんだってね。」

ルーシィ先輩のその台詞にちょっとビックリして、ジュビアはルーシィ先輩の顔を見つめた。

なんで、知ってるんだろう。

ジュビアがそう思ったことが恐らく表情に出たのだろう、
ルーシィ先輩は

「あぁ、リサーナに聞いたんだぁ」

と付け足した。

「何しろ、水曜日の委員会での様子は、私達の仲間内を駆け巡ったからね~」

ルーシィ先輩は心底楽しそうにそう言う。

そんな、何か駆け巡るようなセンセーショナルな出来事があっただろうか。
ジュビアの記憶にはないのだけど……。

ジュビアが、きょとんとして意味をつかめない顔をしていると、ルーシィ先輩はやさしい顔で、

「ふふっ、これからずっと、よろしくね!
ジュビア」

ニコニコと笑ってそう言った。





***




ルーシィ先輩と一緒に、レンガ造りの図書館の扉をくぐると。

閲覧室のちょうど真ん中辺りの椅子に、黒い髪をかきあげながら、積み上げられた本の一冊をパラパラと捲っている男子生徒が座っていた。


この間、初めて名前を知ったその人。


グレイ、先輩。


あの人だーーと、思った。

あの、ソラとウミを拾った日に、出会ったあの人。

突然ジュビアの前に現れて、そして、傘のないジュビアに、自分の傘を「…使って」と差し出してくれた人。

一度会ったら忘れられないぐらいとても整った顔立ちをした、でもその容姿以上に、見ず知らずのジュビアをそうやって優しく気遣ってくれる、とても、とても素敵な人だと思った。

もしもまた会えたら、あの時貸してくれた傘を返そうと、暫くはその傘を持ち歩いていたのだけど……、もう、あれきり会うことはなくって。

学校が始まると同時に、傘を持ち歩くこともなくなっていた。


……おとといは、ビックリしたな。
突然、もう会えないと思っていたその彼に、会えたから。

でも、きっと向こうはジュビアのことなんて覚えてない。

そう思ったから、何も言えなかった。

ホントは、ちゃんと、お礼を言わなくちゃいけなかったのに。
お礼が、言いたかった、のに。

とうしよう、どうしようと思っていたら。

ビックリする事が起こった。


あんまりたくさんの人と一緒なのはジュビアは苦手だから……。
だから、誰も希望者がいなかった金曜日を選んで名前を書いたら。
驚いたことに、グレイ先輩もそこに名前を書いた。

それを目にした瞬間に。
……どうしよう、という気持ちが頭の中をぐるぐるまわった。

だって。
また、いろいろ誤解があったり、上手くいかなかったりして、グレイ先輩に嫌な想いをさせてしまったら。

グレイ先輩は、あんなに優しい、いい人なのに。

ジュビアのせいで、迷惑をかけてしまったら、どうしよう。

曜日を変えてもらった方がいいかもしれない。

そう思って固まっていると、ルーシィ先輩の「曜日変更の希望はありませんか?」という声が聞こえてきた。

言い出すなら今だーー。

……なのに。

上げようとした手は、何故かわからないけど、どうしても上げる事ができなくて。

結局、何も言い出す事も出来ずに、そのまま委員会は進んでいった。


…ジュビアは、馬鹿だ。

きっとグレイ先輩に迷惑をかけてしまうのに。

後悔は、その日の夜になって、どっと押し寄せて来たけれど、もうどうしようもなかった。





人が入って来た音がしたのか、ふっと顔を上げてグレイ先輩がこちらを見た。

グレイ先輩は、ゆっくりと座っていた椅子から立ち上がった。
そして、おととい、委員会の教室で会った時と同じように、真っ直ぐに、じぃっとジュビアの方を見つめてきた。

その、吸い込まれるような瞳を見ているだけで、心臓がトクンと音をたてて、跳ねたような気がした。

ど、ど、どうしよう。
どうしたらいいの、これ。



「早いね。グレイ」

ルーシィ先輩が、その静寂を破るように、グレイ先輩に声をかけた。

グレイ先輩は、その時になって初めてルーシィ先輩に気付いたかのように、目線を横に移すと、

「…あー、ルーシィ」

と口にした。

そして、気まずそうに、ちょっとだけそっぽを向いて俯く。


「ふふ、なによ。
応援の委員だけに押し付ける訳ないでしょ。
どこで何するかを指示するのに、各曜日に本委員からちゃんと責任者が出てるのよ。
アンタ説明聞いてなかったんでしょ?」

ルーシィ先輩はそう説明したあと、続けて、

「…やだ、そんな顔しなくたって、やってもらう事指示したら、私はあっちのカウンターの中に行くから~」

そう言って、グレイ先輩に向かってヒラヒラを手のひらを振った。

「…っ、そんな顔って、べつに俺は…!」

グレイ先輩は焦って何だかワタワタとルーシィ先輩に噛みついていたが、ルーシィ先輩はどこ吹く風 な様子で、ケタケタと楽しそうに笑っていた。

…仲、いいんだな。

もしかして二人、付き合ってたり…するのかな。

そうだとしても、ちっとも不思議じゃないような気がした。

だって、二人ともすごく素敵な人だから。
美男美女で、お似合いだし。

そこまで考えて、そしたら、なんだか胸の奥がツキンと痛む感じがした。

と思ったら、それはものすごい加速度で拡がっていって、みるみるうちに胸の中がモヤモヤとした気持ちで埋め尽くされてしまう。

目の前で繰り広げられるポンポンとした小気味良い応酬に、何だかとても寂しくなってしまって。

もうその場にはいてはいけないような気持ちにもなったけれど、結局どこかに動くことも出来なくて、ジュビアは、一人でただそこで俯く事しか出来なかった。




***






指示されたプリント通りに、棚に本を並べていきはじめて、そろそろ小一時間が過ぎようかとしていた。


棚の上段の方を俺が、下段の方をジュビアが順に埋めていく。
もともと、種類毎に整理して箱詰めされていたようで、後はプリントの通りにジャンルと五十音順に並べてゆくだけだ。


段ボール箱から本を取り出す度に、チラチラと目線の中に、ジュビアの青い髪が目に入る。

本を抱えている細い腕も。

それから、真っ白な手元も。

真剣に、プリントを見つめている、キリッとした瞳も。

目の中にそれらの一つ一つが飛び込んで来る度に、ドキンドキンと心臓が脈打つような気がして。

何だかよくわからないが、これは多分ヤバい、と思って、
だから、なるべくジュビアの方を見ないようにして、
作業に集中だ!集中…!って思おうとしているのに、気が付いたら無意識にまた視界に入ってくる。

もう、どうなんだよ、俺。


ルーシィは、開始早々に一通り作業の内容を伝えると、本当にカウンターの中に入っていってしまった。

「重たい物とか高いとことかは、全部コレにやらせてね~。
コイツ、サッカー部のキーパーやってて、無駄に背と力“だけ”はあるから~。
女は甘やかされていいのよ。」

という台詞と共に。

だけ、ってなんだよ!だけって。

おーおー、オメーは確かにダダ漏れに甘やかされてるよな。
脳裏に浮かんだうちのキャプテンの顔を思い出し、ふっと笑う。


図書館にジュビアと共に入って来たルーシィを見た時には、それまでの緊張とか浮遊感みたいな物が一気に抜けて、何だか脱力しそうになったけれど、
よくよく考えると、居てくれて良かった、と思う。

この静かな空間に二人きりとか、ほんとありえねぇ…!色んな意味で。

…色んな、って、べべべ別にそんな変な意味じゃなくて、そりゃ、この折れそうな手首とか、艶を含んだ口許とかに、一気に目は奪われるけど、決してそれはそんなアレじゃなくて、何をしゃべったらいいのかわかんねぇとかそういう…っ!

…って、何を必死に言い訳してんだ、俺は。

自分で自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。

とりあえずは、ルーシィのおかげで、朝からの説明の付かないドキドキした気持ちも、少しだけ落ち着いたって事は事実だ、うん。


そうこうするうちに、棚の向こうから、ヒョイッと金色の頭が覗いた。


「…わぁ、ずいぶん進んだね。
ちょっと休憩しようよ。」

ルーシィは本の詰まった棚を見つめて、そう言ってニッコリと微笑んだ。

「…おぅ」

「私、飲み物買ってくる。
何がいい?ジュビア」

ルーシィがそう聞くと、ジュビアはワタワタと焦った様子で、

「…あ、…あの」

と答えた。

「何でもいいよー。私の奢り!」

「……じゃあ、…ミルクティー、お願いします。」

ジュビアが、おずおずといった感じでそう言うと、

「了解!
グレイはいつもの炭酸でいいよねー。
そっちのテーブルで座ってて」

ルーシィはニッコリ笑ってそう返事をしてから、颯爽と図書館から駆けていった。



「…行こうか」

ジュビアに向かってそう言うと、ジュビアは、こくん、と頷いて歩き出した。

テーブルに着いた所で、ジュビアが奥の椅子を引いてストンと座る。

俺は、向かいに座るべきか、隣に座るべきかを一瞬迷った後で、ジュビアの左隣に腰かけた。

すると。

隣で、ジュビアが一瞬身動いだのがわかった。
何だか、困惑しているような。

でもそのあと、何かを考えている様子で小さく俯いてから、ふっと身体の力を抜いて座り直した。

じっと、隣に座っているジュビアの方を見つめてみた。


『出来た…!』
そう言って、こぼれるように笑ったあの時の笑顔が、鮮やかに蘇る。

…もう一度、笑わねぇ、かな。

あの笑顔に、もう一度会いたい、という気持ちが、心の奥の方から持ち上がってくる。

無表情に視線を落としている彼女から、目を、離すこともできずにじっと見つめてみた。


…色、白ぇ。

睫毛、長ぇな。

ほんとに、華奢で、

……抱き締めたら、折れそうだ。

ふわりと靡くその青い髪に、そっと手を伸ばしそうになる気持ちに気付いて、あわてて膝の上でギュッと拳を握った。
そして、バッと顔を正面に戻す。

そうなると、ジュビアの方を見ることも出来なくて、
このままじゃダメだと思った俺は、そのまま前を向いたままで、
今、一番訊いてみたいことを訊いてみることにした。


「…あのさ、……俺の事、覚えてる?」

その辺の奴になら、なんのてらいもなく訊けるこのセリフ一つに、どんだけ緊張してんだ、俺は。

でも、ジュビアは、ちょっとだけ身体をびくっと動かして顔を上げたけれど、何の返事もしなかった。

どうやら答えにくいことを訊いてしまったらしい。
悪いことしたな。
でも、やっぱり覚えてたのは自分だけだったかと、少しへこんだ。

「…覚えてねぇよな、変な事訊いて、ごめん。」

こんなことで気にさせてしまっては申し訳ないので、一応謝っておく。でも、ジュビアは何だか気まずそうな顔をして、また俯いてしまった。


しーん、と、なんともいえない静寂に包まれる。

あのさ、あの時の猫、どうなったか知ってる?

そう訊いてみようと思ったその瞬間に、
ジュビアが、ガタンと席を立った。

ビックリして、ジュビアの方をみつめると、
すごく真面目な表情でその場に立ち上がっていた。
と、思ったら、徐にゆっくりとテーブルの向こう側に回り込んで、俺の向かいの席に腰を下ろした。


……えっと、どういう意味だろう。

普通に考えてこれは、俺の隣に座ってるのは嫌だった、ってことかな。

話し掛けられて、うざいって事かも。

そう考えると、もう、ますます落ち込んできて、訊こうと思っていた台詞さえ、口の中に飲み込んでしまった。


……くそ、…嫌われてんのかな。

胸の中に沸き上がったどす黒い気持ちにぐちゃぐちゃとかき回されて、自分でもどうすることもできなかった。


その時、向こうからガタンという音がしたので、図書館の入り口の方に目を向けると。


そこに、

長い黒髪で、両耳に3つもシルバーのピアスを着けた、柄の悪そうな男が立っていた。





*****





扉の所で凭れかかっているその男は、ぐるり、と図書館の閲覧室内を見回した。

あいつ、確か、隣のクラスの。
えーと、何つったっけ?…名前。

その目付きの悪いピアス男は、見回していた視線を、ピタッと俺達の座っているテーブルの所で止めた。

そうして、徐にポケットから自分の携帯を取り出すと、何やらパパッといじった後で、ふっと顔を上げる。

すると、俺達の座っているテーブルの上、目の前のジュビアのポーチから、ヴーッヴーッというバイブ音が聞こえて、中身が震え出した。
ジュビアが、ハッとして、ポーチの中から自分の携帯を取り出す。
そうして、その画面を確認すると、直ぐにパッと顔を上げて、図書館の入り口の方に視線をやった。


「ガジルくん」


そう言ったかと思うと、ジュビアはさっと立ち上がって、急いでピアス男の方へ向かって駆けて行く。

そして、たどり着くやいなや、あろうことかその男の袖口をギュッと摘まんだ。

突然の出来事に、驚いて目を見開く。

でも一瞬後には、駆け寄って行ったジュビアと、アイツの服を摘まんだその手を見て、とんでもなく不快な感情が沸き起こってきた。


なんだよ。俺の隣からは離れていったのに、そいつの所には、そんなに急いで駆け寄っていくのかよ…。

しかも、その手。どこつかんでんだ。

そんで、奴も、入り口まで来て、携帯でわざわざ呼び出すって何アピールだよ。

どうせ俺はジュビアの番号もアドレスも知らねぇよ。

入り口で話す二人を見ていて沸き上がってくるイライラした感情は、もう、破裂寸前のところまで来ていた。


すると、奴が、ジュビアの耳元で何かを言った。

ジュビアはそれに対して頬を赤らめて、

それから、奴に向けて

あの溢れるような笑顔で、…笑った。


ズゴン、と何かに撃ち抜かれたように、ショックを受けている自分がいた。

あいつには、見せるんだ。

その顔。


違う。


それは、俺の…!



何かを殴り飛ばしたい位の黒い感情が一気に心を支配する。


一瞬で、我慢の限界を、超えた。


ガタン、と立ち上がって、二人の方に足を向ける。

つかつかと、話している二人の方に近寄って行くと、二人が同時に顔を上げて俺の方を見た。

ジュビアの顔から、スッ、と笑顔が消える。

俺が、俺のために見たかった、あの笑顔が。



二人の側まで行って、それから、
じっとジュビアを見つめて、

「…彼氏?」

と、訊いた。


自分でも驚く位の、低くて掠れた声だった。


「…彼氏、って、ちち違います…!
ガジルくんは、あの、幼なじみで…!」

ジュビアは、心底ビックリした顔をして、
それからあわてて、
ピアス野郎彼氏説を否定した。

「…ふーん。…幼なじみ。
じゃあ…」

そう言うと俺は、ジュビアの手首をさっと掴んで、奴の服を握っていたジュビアの手を引き剥がした。


「…目の前で、こういうのほんとウゼぇんだけど。」


ジュビアの手を掴んだまま、目の前の男を睨み付けるようにそう言うと。

ピアス男は、そんな俺を上から下まで舐めるように見た後で、
何かを品定めするように、じっと俺の方を見てきた。

…なんだよ、コイツ。

俺達が、睨み合うように視線を交わしていると、俺に手首を捕まれたままのジュビアがオロオロと俺達二人を見ていた。

「あ、あの、グレイ先輩…!
ごめんなさい、ジュビアが、悪いんです、あの…」

「いいから、お前は黙ってろ」

「ガジルくん…!」


ジュビアが取りなすように何かを言いかけたのを、ガジルが一言で黙らせる。

そのやり取りにも心底ムカついて、ジュビアの手首をさらにくっと握りしめた。

半端ない緊張感で、その場がピキンとはりつめたその時。


「…何、やってんの?」

そこに挟みこまれた朗らかなその声に、全員がそちらの方を向いた。

するとそこには、ジュースのペットボトルを抱えたルーシィが不思議そうな顔をして、立っていた。

「あれ?ガジル?
珍しいね。図書館に来るなんて」

ルーシィは、能天気にそう言うと、ガジルに向かってニッコリと笑ってそう言った。

…知り合い、かよ。
まったく、どこにでも友達の多い奴だとは思っていたが、こんな所でもその才能は発揮されるって訳だ。

「…あぁ、いや、別に用事って訳じゃ…」

「あぁっ!?
ちょっと!グレイ、何やってんの!?」

何かを言いかけたガジルの声音を遮って、突然ルーシィが叫んだ。

その目は、ジュビアの手首を握りしめている俺の手に釘付けだった。

「…信っじらんない…!あんたの力でそんなにギュッってしたら、ジュビアの細い手首なんて折れちゃうでしょ!
しかも、会ってまだ2回目の女の子の手をいきなり掴んで怯えさせるなんて。
私はアンタをそんな子に育てた覚えはないっ。
……ホラ、早く離して」

ルーシィはそう言うと、ゆっくりと俺の手を解いてジュビアの手首を解放させた。

育てた覚えって、お前は俺の母親か!

しかも、会って2回目じゃねぇし。
3回目だし!

そう突っ込みたかったが、ふと隣のジュビアを見ると、もうどうしたらいいのかわからないといった様子で、
縋るようにルーシィを見ている瞳は少しだけ潤んでいるように見えた。

…ヤバい…。

沸き上がった感情に任せて、こんな。

…何した?俺。

泣かせてしまうつもりなんて、なかったのに。

ジュビアのその姿を見て、
俺は、一気に目が覚めたように、サーっと青くなった。

マジで、マジで、どうしよう…。

ただでさえ、何だか気まずい雰囲気だったのに、これ以上嫌われるような事になったら、俺は、いったいどうしたらいいんだよ…!

「…ジュ、ジュビア、あの、ごめん!
俺は、別にそんなつもりなんてなくて、
いやっ、あの、後先考えなかった俺が悪いんだけど…!」

焦って、必死でジュビアに向かって謝罪の言葉を並べる。

ジュビアは、そんな俺を見て、そんなことはないとでも言うように、フルフルと首を横に振った。

チラリ、と横を見てみると。

ガジルはそんな俺達の事を、ただ無言でじっと見ていた。

そして、何かを納得したように、ふうっと1つ息を吐くと、

「ジュビア」

と彼女の名前を呼んだ。

そして、少しだけジュビアとの距離を詰めると、彼女の頭をポスッと叩いて、

「…ま、頑張れよ」

そう言って、ギヒッと音がしそうな笑顔で、片手を上げて去っていった。

「ガジルくん~…」

ジュビアは、去って行くガジルの方を、まるで捨てられた仔犬のような目で追っていたが、やがてあきらめたのか、ふうっとため息をついたあとで、キッとあの大きなつり目に力を込めて顔を上げた。


「…何だかよくわからないけど。
折角ジュースも買って来たことだし、
まぁ、休憩にしよ! ねっ」

ルーシィは、その場を取りなすようにそう言うと、ジュビアを促して部屋の奥の方に入っていった。





***





それから、少しの時間3人で休憩を兼ねてお茶をした後は、またルーシィはカウンターの中に戻っていき、俺とジュビアとは本の整理の仕事に戻った。

休憩の間は、専ら俺とルーシィが馬鹿な話をしていただけで、ジュビアはただそれを興味深そうに聞いていただけ、だったが。

休憩の後、更に1時間ほど作業をした頃になって、ルーシィが
「御苦労様。
そろそろ終わりにしようよ。」
と声をかけてきた。

ふと時計を見るともう18時半前で、辺りも少し薄暗くなってきた所だった。

結構頑張ったよな。
確かに、そろそろ切り上げ時だろう。
これ以上遅くなると、本格的に暗くなってしまう。

後片付けも終えて、戸締まりをしてから、途中の職員室で鍵を返したあとで、3人で玄関の方へ向かった。

玄関ホールの所にたどり着くと、うちのクラスの下駄箱の所に、見慣れた桜色が凭れかかって立っているのが見えた。

ま、多分いるだろうとは、思ってたけどな。

あいつが、こんな時間にルーシィを一人で帰す訳がない。
どうしても自分が無理なら、俺の所に『送ってやってくれ』っていうメールが入るはずだ。
それがなかったので、部活の後、きっとここにいるだろうと思っていた。

「ナツ」
「おう、終わったのか。」
「取り敢えずな。
まだまだ、本は山積みだけどよ。
部活の方はどうだった?」
「あー、まぁいつも通り。
あと、お前とルーシィに連絡。
明日、部活なくなったから。
なんか、急遽グラウンドのメンテナンスが入んだって。」

俺とナツがそう話していると、

「えっ、明日部活ないの?」

という、ルーシィの浮き立つような声が入って来た。

「うそっ、ラッキー。
ねっ、ジュビアは明日、何か予定ある?」

そして、今度はジュビアに向かって、ワクワクする色を隠せない瞳でそう言って尋ねる。

「…いえ、明日は特に。」

「ほんと!?ヒマ?
よかった。
じゃあね、コレ、四人で行かない?」


そう言ってルーシィが出してきたのは、隣の市にある水族館のチケットだった。

よく見ると、有効期限が今週末までとなっている。
なるほど、それで、部活の休みを飛び上がって喜んだというわけだ。

チケットには【本券一枚で四名様迄有効】と書かれてあった。

「パパの仕事がらみで貰ったの。
でも、どうせ部活で行けないかなぁって思ってたんだけど。」

なんて、ラッキー!メンテナンス様々ね~、などとご機嫌にのたまっている。

「いいじゃん。行こう行こう。
グレイ、行くよな?」

ナツが、ニヤニヤ笑ってそう言ってきた。

…っ、なんだよ…!その何かを含んだような笑いは。

俺は、俺は、ともかくだな…。

俺は、ジュビアの方をチラッと見て、
一体彼女がなんて返事をするのかと、何だかまるで入試の合格発表をみるかの如く緊張して、聞き入った。

「…ねっ、ジュビア、だめ?」

ルーシィが、小首を傾げて頼み込むようにそう訊くと、ジュビアは、

「…あの、…いいんでしょうか?
グレイ先輩と、ルーシィ先輩のデートなんじゃ…」

と訊いてきた。


その、台詞を聞いた瞬間。

俺達3人は、ピターッと一斉に動きを停止した。

今、なんか、とんでもない誤解のあるフレーズがあったような…

俺とルーシィがピーンと固まってしまった中で。

「はぁぁ!?
なんッで、グレイとルーシィがデートすんだよ!
…んなわけねぇだろ!」

という叫び声と共に、一番最初に復活を遂げたのは、なんというか当然の如く、ナツだった。

「これは、俺んだから!」

独占欲の塊のナツは、ふがーっと威嚇するかのようにそう言って、ルーシィを自分の腕の中に閉じ込めた。

全く、誰に対する威嚇なのか知んねぇけどさ、
お前らの中に入る気なんか、さらさらねぇっつの!
面倒くせぇ…!

俺は、そんなナツを横目に見ながら苦笑して、それから、くるりとジュビアの方に向き合った。

「…ジュビア、何誤解してんのかわからねぇけど。
ルーシィの相手はコイツの方ね。

ナツ、ってんだ。
ウチのサッカー部の、…まぁ、一応キャプテンやってる。
こんな馬鹿だけどな。」

俺が、そう説明しながらナツを紹介すると、ナツは、相変わらずルーシィを片腕に引き寄せたままで、馬鹿とはなんだ、テメエにだきゃ言われたくねぇ!とかなんとか怒鳴っていた。

「…そう、だったんですか。
ジュビアは、てっきり…」

一連のやり取りをポカンとして見ていたジュビアは、納得したのか、誤解していた事を恥じるように少しだけ赤くなって俯いた。

「…そうなのよ~。
私は、コレの世話をしなきゃならないからさー、必然的にジュビアにはこっちの馬鹿の面倒を見てもらうことが多くなっちゃうんだけど…、……それでも良かったら、一緒に、行かない?」

ルーシィは、へにゃっと眦を下げて、もう一度確認するようにジュビアに尋ねた。

馬鹿とか世話とか、聞き捨てならない言葉が多々あったような気がするが、まぁそれはさておき。

ジュビアが、一体なんて返事をするのかと、どきどきしながら、その様子を見守る。

ジュビアは、しばらくの間、俯いてじっと何かを考えこんでいるようだった。

でもそのあとで、何かを決心したようにゆっくりと顔をあげると、ルーシィに向かってコクンと1つ頷いてから

「…あの、ジュビアでよければ…」

と、返事をした。

「ほんと!?
やったぁ。ありがと、ジュビア」

ルーシィは、心底嬉しそうにそう言ってジュビアの手をとってブンブン振っている。


行く、…って、マジで?

何だか顔の中心に熱が集まってくるような、そんな感覚が競り上がってきて、どうにも自分で止める事ができないのがわかる。

…ヤバい。

どうすりゃいいんだよ、コレ。


…明日、も、会えるんだ。

一緒に、出掛けられんだ…。

どーなの?…コレって、どーなの?

たかが水族館に、こんなに沸き立つほど、ワクワクするなんて、…おかしいんじゃねぇの?俺。

自分でもなんて言っていいかわからずに髪をかきあげながら俯いて、そしてチラッと横目で隣のナツを見てみると。

ニヤニヤと笑ってこっちを見ているナツと目があった。

…くそ、コイツ、マジでムカつく…。

でも、突っかかって行くと今回は怒涛の返り討ちにあいそうな、すこぶるイヤーな予感しかしなかったので、取り敢えずは黙っておくことにした。


ナツは、そんな俺の様子を見ながら、

「さぁ、帰るべー」

う~んと、伸びをしたあと、にかッと笑ってそう言った。

するとジュビアは、そのナツの台詞を聞いた途端、ピクンッと跳ねて、じっと固まってしまった。

何だろう、顔が能面のようにひきつって見えるのは気のせいか?

「ジュビア?」

俺がそう声をかけると、ジュビアはもう一度ピクンッと跳ねて、俺の方を見た。

そして。

突然くるっと向きを変えて、タタタッと少し向こうの方に走って行ったと思ったら、何かを掴んで、またタタッと俺の方に戻ってきて。

そうして、おずおずと手の中の物を俺に差し出した。


…傘…。俺の…。


「…あ、あの、グレイ先輩、
こここれ、ありがとう、ございました…」

俯いて、真っ赤になって、俺に向かって必死で傘を差し出していた。

「………」

「…せ、先輩は、覚えてないと思うんです、けど、あの、前に貸していただいたん、です…」

ジュビアはしどろもどろになりながらも、一生懸命に俺に向かってそう説明した。

それからジュビアは今度は自分の鞄の中から、可愛くラッピングされた小さな袋を取り出して。

「…そそそそれで、あの、これ…
お、お礼、です…」

そう言って、その袋を傘と一緒におずおずと手渡してきた。

受け取ったその袋の中には、どう見ても手作りの小さなチョコレートの焼き菓子が5~6つ。

「………」

目の前のジュビアは、これでもか、というほど真っ赤になって、ギュッと目を瞑ったまま一杯一杯になっている。


……覚えてて、くれた。

…こんなに、必死になって、こうやって、お礼を言ってくれた。

これ、…俺のために、…作ってくれたんだ。


胸の中に、熱い気持ちが沸き上がってきて、もうとても抱えきれなくて、溢れて、こぼれだしてしまいそうだ。

……かわいい。

…抱きしめたい。

他の、誰にも、見せたくない。


「…と、突然、ごめんなさい。
あの、…お礼が言いたかった、だけなん…」

ジュビアのその台詞の途中で、ふわり、とジュビアの頭を引き寄せて、そっと腕の中に閉じ込めた。

「…グッ、グレイ先輩…!?
あああの…っ…」


あぁ、もう、駄目だ。

溢れる、ってこういう事を言うんだ。


突然の、自覚。

こんな気持ち、初めてで、よくわからなかったけど。

俺、ジュビアのことが、好きなんだ。

これを、『好き』って言うんだ。



「~~グ、グレイ先輩、あのっあのっ」

腕の中で必死で手を突っ張って、ジュビアがワタワタ暴れた。

そこで初めて、自分がジュビアをふんわりと抱きしめていることに気付いて、ハッとする。

「…うわっ!?
ごごごめん!ジュビア」

そう言って、ばっと腕を離して、あわててジュビアから離れた。

「…ごっ、ごめん。
うわ、俺、何やって…」

~~っ、何やってんだよ、俺!

急に抱きしめるとか、ねぇだろ!…普通。

握りこぶしで顔を覆って、赤くなった顔を必死で隠す。

すると、ジュビアは、

「あ、あのっ、ジュビア、帰ります…!
し、失礼、します…っ」

そう言うと、くるっと踵を返して、ターッと脱兎の如く、走って逃げていってしまった。

…うわー、マジ、どうしよう。

…やっちまったんじゃねぇ?…俺…


俺が茫然としていると、横からハァーッと言う大きなため息が聞こえてきた。

「…グレイ、…アンタいきなり過ぎ…」

ルーシィが、やれやれ、とでも言いたげな顔でそう言う。

……だよな。

今まで散々ナツのいきなりすぎる行動力を見てきて、いやいやねぇだろ、とか思ってきたのに、ほんと何がって、俺の方がねぇわ…。

俺が、ガックリ頭を垂れていると、
今度はナツが俺の背中をガシッと蹴ってきた。

「…ってーな!何すんだ、テメエは!」

「バーカ。へこんでる場合かよ。
こんな時間に、好きな女一人で帰すとか、それこそねぇっつの!」

ナツは、そう言って、ホラさっさと行けと言わんばかりにシッシッと手を振った。


…あぁ、俺は、コイツのこういう所は、マジで男前だと尊敬する。

言わねぇけど!
悔しいから、絶っ対ェ言わねぇけどな!

ルーシィは大当たりでいい男を選んだ、と思う。


ぐっと顔を上げて、貰ったお菓子の袋をそっと潰さないようにポケットに入れて、傘と一緒に、鞄を握り直した。


「…送ってくる」


そして、そう宣言して、ジュビアの走って行った方に向かって駆け出す。

門からは、 長い桜並木の一本道だ。

追い付くはず。


『がんばれよー』
という二人の間延びした声を背中に聞きながら。

俺は、今こそ部活で培ったこの脚を生かす時だとかなんとか、意味のわからない事を考えながら、

ジュビアの跡を追って、玄関ホールを駆け出したーー。









~ライラック……恋の始まり~









∞∞後書き∞∞




学パロ、第2話、
おつきあいありがとうございました(*^^*)。

グレイ、ジュビアに振り回されて自覚する、の巻です。

今回、ナツが主役でしたか?(笑)
最後しか出てないのにね。

いえいえ、グレイも頑張ってたよ!お母さんは知ってるよ!

ガジルは、この先ちゃんとレビィちゃんと、もだもだする予定なので、ご安心ください。

決してガジジュビではありません(〃ω〃)
でも、保護者ガジル、大好物なんで、これからもバシバシ出ますけどね(笑)

またよろしくお願いいたします。