君と聴く光の雫 ③ ~エーデルワイス
グレジュビ学パロ第3話です。
少しずつメインのお話に突入していきます。
今回のテーマはエーデルワイス。
野に咲く強い花のイメージが、私には強いですね。
では、どうぞ。
ねぇ、ガジルくん、聞いて。
今日ね、会えたの。
あの人。
ほら、あの時の、傘の人ーー。
~エーデルワイス~
会えた……っていつ?
今日、委員会で。
ほら、図書館の整理にって運営委員選んでたでしょ?
……あぁ、チビがなんかそんなこと言ってたな。
……なに、おまえ、そんなんやることにしたわけ?
だって、図書館なら静かだし、人も少ないから、ジュビアでも役にたてるじゃない?
……、……そっか。
でね、そこに、いたの…!
ガジルくん、知ってる?
グレイ先輩っていう人。
……あー、まぁ、有名だからな。
直接は、知らねえけど。
…って、あいつ?
うん。
……あいつかよ…。
……一時、あんまいいウワサ……
傘、持っていきたい、けど。
……お礼、言えるかなぁ。
……俺から、返しておいてやろうか?
…ううん。
頑張って、言いたいの。
ちゃんと、自分で。
ねぇ、お礼言うくらいなら、大丈夫だよね?
……あたりめーだろ。
っつーか、そんなん……
あっ、でも。
……当番の曜日が、同じに、なっちゃったの。
…グレイ先輩に、迷惑かけちゃう、かな。
やっぱり、変わってもらえば、よかった。
…そんなん、気にすることねぇんだよ…!
お前が、頑張ってりゃそれでいいって、何回言わせんだ。
うん…。
頑張って、お礼言って、返してくるね。
当番も、頑張る。
……おう。
*****
ガ、ガジルくん、……どうしよう。
……何だよ、あのあとやっぱ、渡せなかったのか?
ううん…!
それは、渡せたの。
渡せたんだけど……っ…そ、そのあと…。
…そのあと?
ううん。…なんでもない。
………?
あ、あのね。
ジュビア、頑張った、よ?
ガジルくんが、来てくれる前。
……グレイ先輩が、隣に座ってくれたの。
びっくりしちゃった……
てっきり、ルーシィ先輩と並んで、前に座ると思ってたから。
……どうしようかと、思ったの。
でも、このままじゃダメだと思って、
ちゃんと、勇気出して、向かいの席に移動したよ。
……そっか。
…あの野郎さ、…顔が、マジだったよな。
……えっ?
なに?なんて言ったの?ガジルくん。
いや、……なんでもねぇ。
それよか、……席も、ちゃんと移動したっていうし、あの、必死で作ってた菓子も渡せたんだろ?
で、何が『どうしよう~』なんだよ?
…そっ、そそそんなの、ガジルくんでも言えないよ!
…ハァ!?何言ってんだ。
お前から、話振ってきたんだろーが!
…うん。…そういえば、そうだよね、…うん。
……あのね、その話はもういいんだけど。
いいのかよ!
……あのね、今日、帰り、グレイ先輩が家まで送ってくれた…。
……へぇ…。
いろいろ、話したよ。
ソラとウミのこととか。
子猫、見に来たいって、言ってた。
グレイ先輩も、動物好きなんだね。
……。……まぁ、純粋にそれだけかどうかはともかくな。
…えっ、何?
いや、……いい。……で?
……それでね、明日、水族館に行く事になったの。
二人でか!?
あっ、ううん。
ルーシ先輩と、ナツ先輩と、四人で。
ルーシィ先輩が誘ってくれたんだぁ。
……あぁ、あいつ、世話好きだからな。
そういえば、ガジルくん。
ルーシィ先輩のこと、知ってたね。
……あー、まぁ、うん。
去年、同じクラスだったから。
で、その四人で行くのか?
うん。
……水族館、って、おまえ…。
大丈夫。
………。
悩んだけど。
大丈夫だよ。ガジルくん。
……。
……なんかあったら、すぐに電話してこい。
それだけ、約束な。
うん…!
***
外に出ると、4月のうららかな日射しがキラキラと道路を照らしていた。
昨日のガジルくんとの会話を思い出す。
うん。大丈夫。
だってこんなに素敵な天気だもの。
きっと、素敵な一日になる。
朝から、張り切って、お弁当も作ってみた。
10時に駅前、だから、今から出たら充分間に合う。
昨日の夜は、ドキドキして寝付けなかったから、ちょっとだけ睡眠不足だけど。
だって、だって、
昨日の出来事は、ジュビアの許容範囲を超えていたから。
人から見たら、きっとくだらないことかもしれないけど、ジュビアにしたら精一杯の勇気で、グレイ先輩に傘のお礼を言った。
そうしたら、突然、グレイ先輩に、
……抱きしめられた。
そそそんな、ギューッとじゃないけど。
ふんわり、だけど。
でも、ジュビアにとったら、もう晴天の霹靂。
パニックになって、なにも考えることが出来なくなって……
で、その場から逃げ出した。
そしたら。
グレイ先輩が、追いかけてきてくれた。
息を切らせて、
「……ひ、久しぶりに、こんな全力疾走したわ、俺…」
そう言いながら、ジュビアの腕を掴んだ。
それから、
「……さっきは、ごめん。
…なんか、もう、抑えがきかなくて…」
そう言って、俯いて、ボソリと謝ってくれた。
「…送ってく、から」
顔をあげたグレイ先輩が、そう言ってくれて、
ジュビアは
『そんな、そんなの悪いからいいです!』ってお断りしたのに、
「…つか、こんな時間に、大事な子一人で帰せるわけねぇじゃん。」…って、
グレイ先輩は、そう言って、有無を言わさずジュビアを家まで送ってくれた。
……大事な子、って、どういう意味だろうか、なんて、ちょっとドキドキするようなことを考えてしまうジュビアは、ほんと馬鹿だなぁと自分で思う。
ガジルくんにも、そう言ったら、
「……そのまんまの、意味じゃねぇの?」
と、返されてしまって、
それでまた、少し気持ちがふわふわしてしまったりして。
ほんと、馬鹿みたい。
そんなこと、ジュビアには関係のない世界の出来事なのに。
送って貰った間に、いろいろ話をした。
あの時の猫、どうなったのかなぁって聞かれたから、
ウチに居ますよ、って答えた。
あの日、急いで用事を済ませて、公園に戻ったら、まだあの子達がちゃんと居てくれて、ホッとしたこと。
貰い手を探そうと思っていたけど、あまりにも可愛くて二匹とも飼う事にしたこと。
ソラとウミっていう名前をつけたこと。
ジュビアが一所懸命に説明している間、グレイ先輩は、ほんとに優しい笑顔でジュビアを見つめてくれていて、その瞳にものすごくドキドキした。
「……今度、見に行かせて」
そう言って、ジュビアを見つめてくれたその目は、また吸い込まれそうな位に真剣な眼差しだった。
ジュビアが、こくん、と頷いたら、
グレイ先輩は、ゆっくりと持ち上げた手を、一瞬止めてから、自分の髪の毛をクシャッとかきあげた。
……そういう仕草も、ほんとにかっこよくて素敵で、ジュビアはやっぱり見惚れてしまった。
そんなことをつらつら思い出しながら歩いていると、待ち合わせの駅前に到着した。
まだ、あと20分位時間がある。
よくよく考えると、昨日グレイ先輩が追いかけてきてくれたから、待ち合わせの場所も時間も聞けたんだなぁ、と思う。
あのまま逃げ出したままだったら、誰の連絡先もわからないままだったもの。
そうすると、こんなに素敵な一日を、大切な思い出を、ふいにするところだったということになる。
改めて、グレイ先輩に感謝しないと……、って、
いやいやそもそも、グレイ先輩がああいうことをしたからジュビアはパニックになって逃げ出したのであって…!
なんだかまた、結局最初の所に思考が戻る事になって、あぁ、こういうのを堂々巡りっていうのね、と思った。
「あのさ、今 何時かわかる?」
突然、そう声をかけられたのは、
駅について10分位たった時だった。
待ち合わせの噴水に座っていたジュビアの前に、全然知らない男の人が立っていた。
「…えーと、はい。
9時50分、ですよ。」
ジュビアがそう言うと、その人は
「そうなんだ。
あのさ、今からちょっとだけ時間ある?
ほんの5分位でいいんだけど」
と訊いてきた。
5分…位でいいなら、ないことはないけど…。
一体なんだろう。
知らない人なので、ちょっと、いやかなり、怖じ気づいてしまう。
「…ああ、そんなに警戒しないで。
いや、実は俺、モデルのスカウト、やってて。」
その人はそう言うと、にっこり笑ってジュビアの手をくっと握った。
「ちょっとだけ、あのビルに来てくれたら、パンフレットとか渡したいんだけ…」
そのセリフが最後まで言い終わらない内に、誰かが突然横からジュビアの腕を掴んだと思ったら、ぐんっとそちらに引っ張られた。
突然の事にびっくりして、ばふんとぶつかったその人を見上げると。
そこに、これ以上ないぐらい不機嫌な顔をして、少しだけ息を切らせたグレイ先輩が、立っていたーー。
***
駅前の噴水で、10時なーー。
昨日、ジュビアの家の前でそう言って、ジュビアと別れた。
ルーシィから、
『私とナツは、用事(叔父さんのお見舞いに行くねー)を済ませてから直接水族館の前に行くから、グレイとジュビアで待ち合わせて二人で水族館まで来て。11時にエントランスの前にいるね!』
とメールが来ていたので、二人で待ち合わせの時間を決めた。
そのメッセージに、何やらルーシィの策略的なものを感じない訳ではなかったが、もう、なんか色々醜態を晒した後だったし、いっそラッキーと思おう、ぐらいの気持ちになっていた。
晴れて、良かったな。
春のいい気候の中、楽しい一日を過ごせそうな気がして、ちょっとばかり浮かれながら歩いていると、遠目に約束の噴水が見えた。
あ、ジュビア、もう来て座ってる。
やばい、まだ時間にはちょっと早いけど、ひょっとして待たせちまったかな。
そう思って、急ぎ足で噴水に向かおうとしたら、ジュビアの目の前に知らねぇ男がやって来た。
どうみても社会人な、ニヤケた面を見て、何だかヤバイと思ったその時。
そいつが、ジュビアの手を、握った。
目の前のその様子に、足は一気に加速する。
そして、その場にたどり着いた瞬間に、そいつの手からジュビアを引き剥がして、思いきりこっちに引き寄せた。
ぼすっ、と俺の胸元に倒れこんだジュビアが、
何事かとその顔を持ち上げる。
「……!! グレイせんぱ…」
「…何、やってんだよ?」
男に向かって出てきた声は、とんでもなく冷たく響いた。
「こいつに、なんか用?」
ジロリ、と男の顔を睨み付けて、そう尋ねる。
「…あー、いや、怪しいもんじゃないよ。
彼女、カワイイから、モデルのバイト、やらねぇかなーって。
スカウトだよ、スカウト。」
男は、半分にやけたような顔で、ヘラヘラとそう言った。
見るからに怪しさ全開だ。
スカウトだ、とか言われて、嬉しくなってヒョイヒョイついて行こうもんなら、そのままAV一直線じゃねぇのかっていう位に。
「そういうの、興味もねぇし、
こいつにさせる気もねぇから。」
俺は向かいの男を睨み付けてそう言った。
たとえ、マジもんのちゃんとしたスカウトだったとしても、なんでモデルなんて、わざわざジュビアを衆人環視に晒すようなことさせなきゃなんねぇんだ。
ありえねぇだろ、アホか。
ましてや、テメェ怪しさMAXだろうが!
俺は、不機嫌度合いを更に急降下させて、再度目の前の男をぐっと睨み付けた。
すると、そのムカつく野郎は、チッと舌打ちをひとつしてから、苦々しそうな顔をして、向こうの方へ去っていった。
イラッとした気持ちそのままに、ジュビアの腕を引いて駅の構内の方へ歩きだす。
ジュビアは困惑した様子で俺と男のやりとりを見ていたが、俺に引きずられてあたふたと一緒についてきた。
「…あの、グレイせんぱ…」
「…っ、おまえなぁ!」
「はっ、はい?」
「なんであーいう奴と普通にしゃべってんの!?
明らかに、怪しいだろうが!」
しばらく進んだ所で歩を止めて、ガッとジュビアを怒鳴り付けた。
あまりにもムカついたので、どうしても言葉尻がキツくなってしまったが、これだけは言わずにはいられなかった。
ジュビアは、怒鳴られたことにビクーッとなりながらも、
「ふっ、普通にって、時間、聞かれただけです…」
と、消え入るような声でそう言った。
「時間なんて誰に聞かれても教えなくていい!
ほっとけ!
つーか、見ず知らずの男と喋んなよ!」
「…だっ、て」
「だってもクソもねぇ!
しかも、なんで手とか握らすわけ!?」
「あ、あれは、向こうが勝手に…」
ジュビアは、またしてもあたふたと小さく言い訳した。
わかってるよ!そんなこと。
あの、クソ野郎が、勝手にやったってこと位。
でも、そういうのは関係ねぇの!
この手に他の奴が触ったっていうだけで、もう全部ムカツくんだっつの!
だいたい、俺が昨日の夜、何回も何回も我慢したっつーのに、なんっでそんなどこの誰ともわからねぇような奴に先越されなきゃなんねぇの!?
ありえねぇだろ。
…あぁ、クソ、ムカつく…。
さっきまであんなに浮かれた気分だったのに、一気に不機嫌テンションを最大値までもっていきやがってあの野郎…。
ジュビアは、俺がかなりの不機嫌モードに突入したのがわかったのか、少しだけシュンとしていたが、
そのうちに、どうやら自分が怒られているのは理不尽だと思い始めたのか、
じとっ、と上目遣いに見つめ返してきた。
…………。
……くそ、…そういう顔したって、…怒ってるんだから、な。
「…ジュビア、そんな知らない人に付いていったりしない、ですよ」
そう言って、さらにジィーッと見つめてくる。
……そんなふうに、少しだけ威嚇してくるその顔も、…たまんなく、かわいいんですけど、くそ…。
ジュビアのその様子に、さっきまでの不機嫌はどこへやら、今度は急に、心臓がドキドキして跳ね上がり始めた。
ムカつかせたり、こうやって跳ね上げさせたり、おまえは一体俺をどうしたいんだ!と言いたくなる。
相変わらず、じとーっと俺を見ているジュビアを見て、ふぅーとため息をついて苦笑する。
掴んでいた腕を離して、
それから、触れていいかどうか、少しだけ悩んでから、また、フッと自嘲って
ジュビアの頭をポンポンと叩いた。
触れていいか、なんて、それまで思いきり腕を掴んでた癖に、どんだけ矛盾してんだろ俺……と、自分で、突っ込みながら。
ジュビアといると、どんどん知らない自分が出てくる。
信じられない位浮かれてみたり、
必死になって焦ってみたり
とんでもなくムカついてみたり。
気がついたらむちゃくちゃな行動して、自分で自分に呆れてばっかだ。
昨日だって、
ぎこちなく緊張したような顔をしながらも
ほんとに愛しそうに仔猫達の話をするジュビアを見て、
何度も、何度も、手を……伸ばしそうになった。
さっき急に抱きしめたりして、ビビらせた後なんだからダメだろ、って、自分に言い聞かせて、必死で我慢した。
溢れる気持ちのまま、……今度見に行かせて、と、どうにかそれだけ言うと、こくん、とジュビアが頷いてくれた。
無意識に触れそうになった手を、なんとかこらえる。
不自然に上がった手は、自分の髪をかきあげるしか持って行き場がなかった。
頭をポンポンされながら、
不思議そうにジュビアが「…グレイ先輩?」と訊いてくる。
「…行こうか」
そう言うと、何だか納得した様子で、またこくんと頷いてくれた。
……もう、朝イチから、こんなに振り回されてる俺ってどーなの? と思いながら、
ジュビアと二人で改札に向かって歩きだした。
***
「飲み物、買って来ますね」
お昼に作ってきたお弁当を広げてジュビアがそう言うと、ルーシィ先輩は、
「待って。私も行く~。」
と言って一緒に付いてきてくれた。
水族館に着いて、あちこちを見て回って、ちょうど13時を過ぎた位に、遅めのお昼を食べる事になった。
ジュビアがおずおずと『お弁当、作ってきたんです…』と言うと、先輩達は皆、これでもかっていうくらいのオーバーリアクションで喜んでくれた。
良かった。
めんどくさいなぁと思われたらどうしよう、と思っていたの。
ただ1人、グレイ先輩だけは
「それでその大荷物だったのかよ。なんでもっと早く言わねぇんだ。」とぶちぶち言っていたけれど。
水族館を見て回っている間は、ほんとにとても楽しかった。
きれいに泳ぐお魚達にもワクワクしたし、
横を歩いてくれたグレイ先輩にもドキドキしたし、
前を歩いているナツ先輩とルーシィ先輩のやりとりにはニヤニヤが止まらなかったし。
今日だけ。
こんな素敵なご褒美。
人混みに出ることのなかったこの2年間を思い出して、自分がこんなところにいることに不思議な気持ちを隠せなかった。
隣を歩くルーシィ先輩の顔を見て、ふふっ、と笑みがこぼれる。
「どしたの?」
「いえ、なんでもないです。
ただ…」
「……?」
「ナツ先輩って、ほんとにルーシィ先輩の事が好きなんだなぁって」
キョトンとしているルーシィ先輩に向かってそう説明すると、ルーシィ先輩は、
「ええっ? きゅ、急に、なんで?」
とびっくりした顔で訊いてきた。
なんで、って…。
「だって、あんなにもあからさまじゃないですか。」
ジュビアがそう言うと、
「えぇ~。…あー、まぁ、うん。」
ルーシィ先輩もジュビアの言わんとするところは解ってるみたいで、照れてポリポリと頬を掻いた。
前を歩いている先輩達二人は、本当にほほえましかった。
ルーシィ先輩が、キャラキャラと笑いながら歩く度に、周りのいろんな男の人がルーシィ先輩の方を振り向く。
当然よね、だって、こんなにきれいなんだもん。
ううん。きれいなだけの人は他にもいるけど、ルーシィ先輩はそうじゃなくて、なんというか可愛くて誰からも愛される才能のある人だ。
ナツ先輩は、周りの男の人からのそういう視線を片っ端から威嚇して撃退していた。
途中で、あまりにも真剣にルーシィ先輩を見ている同い年位の男の子に気付いた時は(ルーシィ先輩はその子には気付いてなかったけど)、ルーシィ先輩の髪をかきあげて額にひとつキスを落としていた。
まるで、これは俺のだと見せ付けるように。
突然過ぎるその行動に、見ていたジュビアの方が真っ赤になってしまう位だった。
グレイ先輩は、
「……まぁ、あれが日常だから。
ジュビアも、嫌がらねぇで、慣れてくれると助かる。」
と苦笑しながら、そう言っていた。
嫌がるなんて、そんな。
あんな風に想われたら、きっとどれだけ幸せだろう、って思ってしまう。
「…後ろで見てて、微笑ましくて笑っちゃいました。」
ジュビアがそう言うと、
「えー、私とナツは、ずっと後ろのグレイを見て、クスクス笑ってたんだけどなぁ~」
ルーシィ先輩は、小首を傾げてニヒャッって笑いながらそう言った。
「…えっ? グレイ先輩、何か変な事してましたか?
ジュビアは、全然気付きませんでした。」
「ふふふっ、ジュビアってホントかわいい~。
グレイじゃなくても、もうギューッってしたくなっちゃう。」
ルーシィ先輩は、ニコニコ笑ってそう言いながら、自分のお財布をギューッって だきしめたりしていた。
グレイ先輩を見て笑ってたって話と、ジュビアをギューッってしたくなるっていう話との関係がよく解らなかったけれど、ルーシィ先輩がご機嫌なのでまぁいいかと思って、それ以上は聞かなかった。
紙カップのジュースを4つ、トレイに載せてもらって売店を出る。
「ジュビア、私ちょっとトイレ行ってくる。
これ、頼んでもいい?」
ルーシィ先輩がそう言ったので「はい」と返事をして、先にグレイ先輩達のいるテーブルの方へ戻るために、トレイを受け取った。
***
「ちょっとは俺の気持ちがわかったか?」
テーブルの隣にあるスロープ広場で、子ども達がトロッコのような乗り物で滑り落ちてくる音を横に聞きながら。
ナツが、フフンというようにせせら笑いをしてこっちを見てきた。
うるせぇな。
ただでさえイラッとしてるのに、そういう事言うなよ。
俺は、フンとそっぽを向いて返事をしなかったが、ナツにとってはそれで充分に返事になっていたようで、
「ははっ、お前も進化したじゃん。」
と楽しそうに笑っていた。
「…って、人のこと進化前のサルみてぇに言うな!」
そのナツの言葉にもムカついたので、一応怒鳴っておく。
進化って……。せめて進歩にしてくれ。
でも、確かに、ナツの言いたいことはよくわかった。
水族館の中を見て回っている間、何度も何度も周りの男共が、ジュビアの方にチラチラと視線を送ってきた。
その度に、そいつらに絶対零度の睨みを浴びせてやったが、自分が側にいなければあの内の何人かはきっと声を掛けてきたに違いないと思う。
ルーシィも同じように見られていたが、ルーシィは時々は自分でも見られていることに気付いていて、ちょっと困ったような顔でナツの方を見ていたり、そして、ナツ自身も、いつものように、ルーシィの肩を抱いたり、頭を引き寄せてみたり。
…おぉ、何だか熟練の技を感じるな…と思った事は言わねぇけど。
それに引き換えジュビアの方は、鈍感なのか天然なのか、自分に注がれている視線には全く気付くこともなく、ただ純粋にキラキラとした顔で水槽を見ていた。
コイツ、警戒心が無さすぎる…!
そう思うとジュビアにまで、ほんのりイラッとするし。
でも、まだジュビアは、別に俺の彼女だって訳でもねぇから、ナツみたいに、抱き寄せたりして周りにアピることも出来ねぇし。
そもそも、昨日怖がらせたから……触れねぇし。
でも、水槽を見つめてるその表情が、とりあえず、その、どうにもかわいくて、触れたくなる気持ちが止まんねぇし…!
そんなことを思い出しながら、小さなため息をついて髪をかきあげた俺の表情を見て、ナツは、楽しそうに、フハハ、と笑って。
でも、その後、ちょっとだけマジな顔をして、
「よかったじゃん。」
と言った。
「その方が、ずっといいよ。
あんな、ロキと馬鹿やってた頃に比べたら。」
満足そうなナツのそのセリフに少しだけムズ痒くなった。
あの頃のことを持ち出されるとなんも言えなくなる。
ルーシィのことも、泣かせちまったしな。
「…まぁ、お前やロキの気持ちも、少しはわかるようになったよ。
…俺だけ、欠陥品じゃなくてよかったわ。」
チラリとナツの方を向いて、一応殊勝にそう言っておいた。
「お、戻って来たんじゃん?」
ナツの台詞につられるように見てみると、ジュビアが、トレイを持ってこちらに歩いてくるのが見えた。
ルーシィは、どこかに寄ったのか、近くにはいないようだった。
ジュビアが戻ってくるまで、後20~30メートルという時になって、
突然、上の方から、ガゴッッ、というドでかい音が聞こえた。
その音にビックリして、なんだ!?と見上げると、子ども達が乗ったトロッコが、何故だかわからないが規定のコースを逸れて、こちらの方に滑り落ちてくるのが見えた。
乗っている子ども二人も突然のコース変更にパニックになっているのか、ただ喚いているだけで、どうにも止まる気配がなかった。
周りの、キャァァ、という声も響く。
ハッとして下を見ると、トロッコの進行方向真っ直ぐの所に、
ジュビアが、いた。
気付いていないのか、トレイを持ったまま、避けようともせずにただ普通に歩いている。
……! 当たる…!
このままじゃ直撃する…!
瞬間的に、身体が、動いた。
ジュビアに向かって必死で駆け出す。
そして、ジュビアの腕を思いきり引いて、自分の身体に抱え込んだ。
ジュビアの持っていたトレイごと、ジュースがバシャッと地面に叩きつけられる。
その直後に、ガスンッ、という音と共にトロッコが俺にぶち当たってきた。
その衝撃で、ジュビアを抱えたままなぎ倒された俺は、とにかく必死でジュビアを抱いたまま自分がクッションになるように地面に倒れこんだ。
トロッコは、俺の身体に当たった事で、かなり失速してさらに左へ逸れていったらしい、
倒れこんだままそちらに目を向けると、どうやらナツが受け止めて、きちんと止めたようだった。
「ジュビア!!
怪我は!?」
ガバッと起き上がって、腕の中のジュビアに向かって叫ぶ。
ジュビアは、がたがたと震えながら、茫然と俺の方を見つめて、
そうして、ブンブンと首を横に振った。
抱き込んだジュビアの身体にざっと目を向けると、確かにどこにも怪我をした様子はない。
ホッとして、…それから、一気に脱力して、
ハァァ~、と息を吐き出す。
「……よかった…」
そのままジュビアの頭を引き寄せて、ギュッと抱きしめた。
「グレイ!
大丈夫か!?」
ナツがそう言ってあわてて走り寄ってくる。
そっとジュビアを抱いていた腕をほどいて、
「あぁ、大丈夫…」
と答えたその瞬間。
「グレイ先輩…!手が…!」
っていうジュビアの叫び声が聞こえた。
「…えっ? 手?」
ジュビアの声にびっくりして、ふと自分の腕を見ると、着ていたシャツの肘から先が裂けていて、その中の腕に長さ20センチ位の紅い切り傷が、ざっくりと通っていた。
そこから、結構な勢いで血が流れている。
…あぁ、切れたのか。
釘か金具か何かが当たってザァーっと切ったんだな。
「…大丈夫だよ。そんなに深い傷じゃないし、舐めてりゃ治る。」
俺はとりあえず血止めをしようと、その裂けたシャツをそのキズの部分に当てた。
「……ごめん、なさい…」
その様子を震えながら見ていたジュビアは、ボツリと一言そう言ったかと思ったら、
今度はものすごい勢いで
「…ごめんなさい…!
ごめんなさい!…、ジュビアのせいで、こんな…、」
そう言って俺のシャツを掴んで必死で謝り始めた。
瞳から、ポロポロと大粒の涙も溢れてくる。
「ごめんなさい…。…ごめんなさい…!」
「ジュビア!大丈夫だから!」
何回も何回も謝るジュビアの手を取って、そう言った。
「…ごめんなさい…!」
「ジュビア、ホントに大丈夫だから!
こんなん直ぐ治るし、怪我なんて部活でもしょっちゅうだから…!」
サッカーはぶつかり合いだから、ホントに小さな怪我はしょっちゅうだし、まぁ、さすがにこんなに長くはないけど、切りキズを作ることだってある。
実際今も、この切ったキズよりも、おそらく打ち身だと思われる背中と二の腕の方が痛かったが、まぁそれも放っときゃ治るだろうし、たいした怪我ではなかった。
そんなことよりも、ジュビアにアレが当たっていたらと思うと、そっちの方がよっぽどゾッとする。
俺はとりあえず気付いて受け身も取っていたし、身体も頑丈に出来てるが、ジュビアのこの細い身体で、何の防御もなくぶち当たっていたら、一体どうなっていただろうかと、それを想像しただけで、頭の奥の方がゾッとした。
「…ごめ、…なさ…」
ジュビアは、しゃくりあげながら、まだ泣いていた。
「……とにかく、泣くなよ…
こんなのホントになんでもねぇんだよ。
ジュビアのせいでもない。」
「そうだよ、ジュビア。
コイツ、頑丈だから大丈夫だって!
それよりジュビアに怪我がなくてよかったな。」
ナツも同じように言って取りなしてくれたが、ジュビアはやっぱり俯いたままだった。
そうこうする内に、水族館の係員や、暴走トロッコに乗っていた子供の両親なんかが飛んで来て、またしても平謝りに謝ってくれた。
やれ手当てに行きましょうだの、お詫びの品がどうだのと、喧しいことこの上ない。
ルーシィも戻って来て、ジュビアを宥めてくれている。
俺は正直、謝罪なんかどうでもいいから、早くこの場から解放して欲しかった。
これ以上、騒ぎを大きくしないでくれ。
周りの喧騒にジュビアの頭がどんどん下に下がって行くのがわかる。
瞳に浮かぶ涙も、噛み締めた唇も、ギュッと組んだ手も目に入ってきて、身体の傷みなんかより、そっちの方がよっぽど痛かった。
無理矢理連れていかれた医務室から戻ると、
元のテーブルにナツとルーシィとジュビアが座って待っていた。
二人がなんとかジュビアを宥めてくれたらしく、もう涙は止まっていたが、
でも、ジュビアはなんとも言えない悲しそうな瞳で俺を見ていた。
「大丈夫だった~?」
ルーシィが明るい声で聞いてくれた。
「全然、余裕。
縫うほどでもねぇって。」
そう言って、一応手当てしてもらって包帯を巻いてもらった腕を見せて笑った。
「去年の冬の大会の時の怪我のがすげぇよ。
あんときゃ3針も縫ったんだからさ。」
「あぁ、あれはかなりバックリいったもんね…」
相手のスパイクが接触して脚に怪我をした時の話を持ち出してもう一度明るく笑う。
こんなことは何でもないことだ、と、ジュビアに思ってほしくて、
とにかく、ジュビアを朝のあのキラキラしていたジュビアに戻してやりたかった。
「弁当食おうぜ!ジュビアの弁当~。
ルーシィには逆立ちしても作れねぇ奴な。」
ナツが明るくそう言った。
「失礼ね!私だって料理ぐらいできますー!」
「…ルーシィ、お湯を入れて3分待つ奴は料理とは言わねぇんだぜ。」
「それ以外にも出来るわよ!」
「…ほぉ~、例えば?」
「サンドイッチとかさ。」
「……挟むだけじゃん。」
ナツがケタケタと笑いながらルーシィをからかう。
その会話にジュビアが申し訳なさそうに笑顔を作った。
俺は、
何だか見えないカーテンの向こう側に、ジュビアが行ってしまったような気がして、
どうしようもなく落ち着かない気持ちで、ジュビアの隣の椅子に、腰を下ろした。
***
「送ってくよ」
駅に着いてから、ジュビアに向かってそう言うと、予想通りというか、予想以上の勢いでジュビアに拒否された。
大丈夫です、一人で帰れます、グレイ先輩は怪我をしてるのに送ってもらうなんてできません、という絶対そう言うだろうと思っていた台詞を並べられて俺は苦笑した。
「いいから。
…昨日も、言ったけどさ、一人でなんか帰せる訳ない。」
「でも…っ
だ、だったら、迎えに来てもらいます。」
「……誰に?」
「…ガジルくんに、電話し…」
「却下」
なんで、わざわざ別の男呼んでお前の事任せなきゃなんねぇんだ。
当然のように、アイツの名前を出してきたジュビアの台詞は、最後まで聞く前に即答で切り捨てた。
「グレイ先輩…!」
「他の奴に、なんて、ありえねぇだろ。
…いいから。
送らせて。頼む。」
「せんぱい…」
ジュビアが心底困った表情を浮かべていたのははわかっていたが、俺は、折れる気は全くなかった。
「…ほら、行くぞ」
そう言ってジュビアを促して歩き出す。
俺が勝手に進み始めたので、ジュビアも仕方なく俺の隣に追い付いて歩き出した。
今日の昼からは、ずっとこんな感じでジュビアはほとんど笑みを見せなくなった。
俺やナツが何かを言うと、一応はぎこちない笑いは浮かべるものの、瞳の奥の方は何だか影を落としたままで。
イルカショーを見たり、アトラクションに行ったりしている間も、明らかに無理している様子だった。
こんな状態のまま、別れるのはどうしてもイヤだった
口数も少ないままで、ジュビアの家までの道を進んでいく。
時々チラッとジュビアが腕の包帯を気にしているのが見えた。
服が裂けてしまって、しかも血も付いてしまったから、仕方なく腕捲りをしているせいで、包帯が丸見えになっているから目がいくのは仕方ないことだが。
そんな顔、しないでくれ。
ジュビアのその顔を見るたびに、この手の中から大切なものがポロポロとこぼれ落ちてゆくような気がするんだ。
なんだか、ジュビアが俺の手の届かない所に行ってしまいそうで、怖くなるんだ。
少しずつ膨らんでくる焦った気持ちが、俺を突き動かした。
「…ジュビア」
「…はい?」
「……。手。
繋いで、いい?」
もうすぐ、ジュビアの家に着くという時になって、俺は包帯の撒かれた方の左手を差し出した。
「………。あの」
「嫌だったら、振りほどいて。」
そう言って、ジュビアの右手に手を伸ばして、そっとその手を握りしめる。
「…グレイ、せんぱい…」
「……怪我をしたのが、ジュビアじゃなくてよかった。
俺にとっては、それだけだよ。
そんなことになったら、俺が、自分で自分を許せない。」
「……。」
じっと、こちらを見つめてきたジュビアに向かって、緩く微笑む。
ジュビアの家の前に着いてしまった後も、俺は、その手を離さなかった。
そのまま、立ち止まってジュビアと向かい合う。
もう、今日が終わってしまう。
「…ありがとう、ございました。」
ジュビアがペコリと礼をして、そう言ってそっと繋いだ手を離そうとした、から。
衝動的に、そのままぐっとジュビアを自分の方へ引き寄せた。
「せんぱ…」
「今度は、二人でどっか行こう。
映画でも、買い物でも、何でもいいから。」
「……!」
ジュビアが、ばっと顔を上げて目を見開く。
「来週。
それまでに、どこ行きたいか考えといて。」
「…あの、…ジュビアは、」
「約束な。…絶対、だからな。」
ジュビアが何かを言いかけたのを遮って、
強引に話を決める。
ジュビアの瞳が、やるせない色を浮かべてユラユラと揺れていた。
絶対に、この手から、すり抜けさせたりしない。
どこにも、行かせない。
何度も心の中でそう繰り返して、それから、ゆっくりと手を離す。
そして、なにも答えないジュビアの頭をポンポンと撫でてから、
「…じゃあな。また、メールする。」
そう言って、くるりと踵を返した。
昨日と同じように、元来た道を戻りながら、
昨日とは全く違う、なんとも言えない不安で胸が締め付けらそうになっていることに、
俺は、必死で見ないふりをしたーー。
~エーデルワイス……大切な思い出・勇気~
∞∞後書き∞∞
学パロ第3話、お付きあいいただき、ありがとうございました。
少しずつ、本筋の方へ入っていきはじめました。
皆さんから『グレイ先輩可愛い』っていう感想をいただくのでうれしいです。
きっとこれからは、可愛い、から、カッコいい、に変わっていくはず(予定)
そして、毎回出ます。保護者ガジル…!
まだ完結まではだいぶかかりそうですが、
よろしければ、気長にお付きあいくださいませ。