glazed frost

FTのグレジュビ、OPのサンナミをこよなく愛するブログ。

君と聴く光の雫 ④ ~クローバー 前編~

グレジュビ学パロ第4話です。

頑張るグレイ先輩のお話。

クローバーは、前編と後編に分けますね。

ストーリーも佳境に入ってきました。
この、前後編と、次の前後編とで、第一部終了、ですね。



それでは、どうぞ。










今、どうしてる?

何、考えてる?

週末、どこかに行こうって、考えといてって、言ったの、ちゃんと覚えてる?

あれから何度かメールしたけど、返事が返ってきたのは最初の一回だけ。

なぁ、ジュビア。

…俺のこと、どう、思ってる?






~フォー・リーフ・クローバー~





「お疲れさまっす」
「お先でーす」

後輩たちが着替えを終わらせて、次々と部室から出てゆく。

俺とナツ、それからロキは、それに「おう~」と返事をしながら、部室のテーブルに座って一枚の紙とにらめっこ中だ。

そんな中で、2年のスティングとローグがヒョイとそれを覗きこんで来た。

「…なんすか?それ」
「進路調査。
明日、提出の奴」

俺がそう応えると、スティングの野郎は、

「うわー…3年って感じっすねー」

と苦虫を潰したような顔でそう返事した。

「ああ~っ!…めんどくせぇ!
もうこれでいいや。」

ナツは突然隣でそう叫んだかと思うと、用紙の中央にでかでかと、
“どこでもいい。推薦とれるとこ!”
と書いた。

「ゲッ、ナツさん、男前…」
「お前…これ絶対呼び出しくうぞ?」
「…だって、ないもんよ!
とりあえず理系だから、工学部か理学部かで、あとはどこでもいいんだもんよ!
何がしたいかなんて、行ってから考える!」

ナツは、堂々とそう宣言して「もう俺はこれでいい。」と笑ってペンを置いた。
まぁ、こいつなら担任も仕方ねぇと思って、最終的にはそれで通ってしまいそうな所が怖い。
でもまぁ、何回かは呼び出しだな、こりゃ。

「ロキは?」
「まぁ、僕も推薦狙いでとりあえず光学系かな。第二志望の外部に悩むけど。
とりあえず決まってることは、たとえ家から通える所にしろ『家を出る』ってことだけだよ。」

ロキが苦く笑ってそう言った。
俺もナツも、なにも答えることが出来なくて黙りこむ。
そんな俺達の様子にロキは笑って「グレイは?」と話を変えるように訊いてきた。

「…俺も、特にこれといってねぇけどさ。
まー、モノ造るの好きだし、…建築科かなって今は思ってっけど。」

俺がそう応えると、今度はローグが

「グレイさんも、内部推薦ですか?」

と訊いてきた。

「…まぁ、無難だしな。」

うちの高校は、県外にも名の売れた言うなればかなりの有名進学校で、上にエスカレーターの大学も付いている。
その大学もまぁかなりの自慢できるレベルの有名大学だ。
在校生の半分は内部推薦で、そのまま上の大学に行き、残りはそれこそ本気で勉強して有名国立大に進学していく。

俺達はとりあえず内部推薦でこのまま進学しようと思ってはいるのだが、やれ行きたい学部や学科を決めろだの、第二志望や第三志望を決めろだの言われると、ウンウンと悩んでしまうのだ。

「じゃあ、先輩たち部活は夏まではいてくれるんすね?」

スティングが、ちょっとだけ嬉しそうな声を出してナツにそう訊いた。

「うん。そのつもり。
って、お前らにとったら早く引退してほしーんじゃねぇの?」
「そんなことないです!
出来るだけ長くナツさん達と一緒にプレーしたいし!」

ナツにとことんなついているスティングは、ニコニコと笑いながらそう言ってきた。
まぁ、こういうとこはかわいい後輩達だよな、こいつら。

サッカー部は3年になると自分で引退の時期を選べる。
5月のインターハイで引退していく奴は、そこからマジ勉強の受験に突入するやつで、大体が有名国立大を目指す奴等だ。
8月の夏の大会まで、と思う奴は8月まで、冬の高校サッカー選手権まで、と思う奴は冬までと色々だが、内部推薦組は大抵8月までで引退するパターンが多かった。


「……もう、いいや。これで。」

貰っていたプリントの資料の中から適当に家から通えそうな範囲で大学名を書く。
こんな急に決められる訳もねぇし、どうせ何回も聞かれんだから、変更になったらその時言えばいいよな。

そんなことより、今はもっと他のことで頭も一杯だっつーの。

「ふふ、グレイはそれどころじゃないよね。
行きたい所ってトコに『映画』とか『遊園地』とか書いとけば?」

ロキが俺の顔を見てニヤニヤ笑いながらそう突っ込んで来たので「…アホか」とげんなりして応える。

「おっ、グレイさん、彼女っすか?」
「…ちげーよ…」

スティングがこれまたニコニコと笑いながらそう訊いてきたので、俺の機嫌はまたさらに降下していった。

そんな俺の様子にはお構いなしに、スティングは、

「あっ、そういえば、先輩達聞いてくださいよ。
なんと、とうとうコイツにも好きな女の子が出来たっぽいんすよ。」

そう言いながらニヤッと笑ってローグを指差した。

「…また、おまえはそういうことを…。
あー、気にしないでください。
こいつが勝手に言ってるだけなんで…。」

ローグはそう言って否定しているが、スティングの野郎はそんなことは気にもせずに、楽しそうに話を続けている。
どうやら、堅物ローグに好きな子ができたって話を誰かに喋りたくて仕方なかったらしい。

「へぇ、どんな子?」

こういう話題になると俄然パワーを発揮するロキがそう尋ねる。
するとスティングは
「今年の春にうちのクラスに転入してきた子なんすけどね。スゲー透明感のあるキレイな子で。」
と、待ってましたと言わんばかりにそう答えた。

その台詞に俺は、ピタリ、と動きを止めてしまった。
ナツとロキの顔からも今まで笑っていた表情がすっと消える。

「…おまえ、リサーナと同じクラスだったっけ?」

ナツが少しだけ真顔になってそう尋ねると、スティングは「あ、そうっす」となんの邪気もない顔でそう答えた。

…リサーナと同じクラスで、転入生って…。
つぅか、うちの高校に転入生なんて、そもそもめったにいねぇんだから、その時点でもうほぼきまり、だが。

俺の表情が一気に固まって、取り巻く空気が悪くなったのを見てとったのか、ロキが取りなすように、
「…へぇ。まぁ、頑張りなよ、ローグ。」
とスティングとローグに向かって返事をした。
それから急に、まるで今思い出したかのように、
「あれ、そういえば二人とも今日塾の日じゃなかった? 後は僕達でやっておくからさ、もう帰っていいよ?」
と二人に水を向ける。

するとスティングが、
「…あっ、そうだった。
すいません。それじゃ」
パッと時計を見てそう言って、自分の鞄を肩にかける。
ローグも、同じように肩に荷物を背負いながら、
「…すいません。
あの、ホントにこいつが勝手に言ってるだけなんで…。」
少しだけ赤くなった頬で、そう一言言い訳してから、スティングの後を追って部室から出ていった。


二人が出ていった後、ナツとロキが、ジィーッとこっちを見ているのに気づく。

「…なんだよ」

俺がそう言うと、ナツはふうっと1つため息をついて片脚を行儀悪く椅子の上に乗せて、

「…さっさと、告った方がいいんじゃねーの?」

とのたまった。

「同感だね。」

ロキもニッコリと微笑んでそう言う。

「………。」

俺が、ブスッとして黙りこんでいると、ナツはさらに大袈裟にハァーと息を吐いて、

「…ま、いいけどよ。
誰かにかっ拐われてからじゃ遅ぇんだぞ?」

と至極真面目な顔でそう言った。

わかってっけどさ…。

俺が黙って俯いていると、今度はロキが、
「…なに?…まだ、返事ないの?」
と訊いてきた。
仕方がないので、黙って首を縦にふる。

「…もう、何回目かな。
さすがの俺も大概へこむわ…」

二人の前で情けねぇかなとも思いつつ、現在のへこみまくっている心情を口にしてみた。

あの水族館の翌日の日曜日、1日たって少しは気分もマシになったかと、ジュビアにメールしてみた。
『本日のバイト終了!
怪我は大丈夫だから心配しないで。
それより、来週の件、考えといてくれた?
行きたいとこ決まったらメールして』

そう送ると、しばらくしてから、ジュビアから
『お疲れ様です。
バイト行ったんですね。
怪我は大丈夫でしたか?
ジュビアのせいでホントにすみませんでした。』
と返事がきた。

『怪我はホントに大丈夫。
それより、来週楽しみにしてるから、ちゃんと考えといて。』
もう一度そう送ったけど、今度は返信はなかった。

あんまり続けてメールするのもなぁ、と思って今度は1日あけて火曜に。
『元気?学年違うと意外と会わないもんだな。週末の件、ジュビアの行きたいとこでいいから。もし決められねぇようなら映画でもどう?…返事、待ってる。』

それから、次は昨日、水曜に。
『今日、ジュビアのクラスが体育やってるのが窓から見えたよ。リサーナが走ってた。ジュビアを探したんだけど見つけられなくて。…ひょっとして体調悪かったりする?…心配しています。もしかして体調悪いなら、今週末無理しないでいいから。でも、二人でどこかに行こうっていうのがなくなるのはナシな。』

そして、今日の昼休みに
『ジュビア、どうしてる? もしかしてまだ怪我のことを気にしてる?怪我はもう、ホントに大丈夫だよ。
今日さ、もしよかったら、一緒に帰らねぇ?
…返事、待ってるから。』

何度も何度も打ち直して、これでいいかと確認して送ったメール。
でも、そのどれにも、ジュビアからの返信はなかった。

たかがメール、かもしれねぇけど。
でも、うぜぇって思われてんのかな、って思いながらも必死で勇気振り絞ってこんだけメールして、一切返事がなかったら、どんな奴でも間違いなくへこむと思う。
こんな状態で、今告れって言われても、どうにも上手くいくような気はしなかった。

「なんでかなぁ…ジュビアの奴。
やっぱ、怪我のことを気にしてんのかな?」

ナツが、首を傾げながらそう言った。

知らねぇよ。俺が訊きたいよ、そんなこと。

「一回会いに行ってみたら?」

今度はロキがそう提案してきたので、
「…火曜の放課後に一回行ったけどさ、もう教室にいなかった…」
と応えた。

「…そっか。」
「もっと、ガツガツ行ってもいいんじゃね?」
「…ガツガツ、つってもなぁ…」

俺なりに頑張ってるつもりなんだけどな。

「まぁ、あの頃のナツを見習ってみるとか」

ロキがちょっとばかり笑いながらそう言う。
ルーシィに突撃一直線だったころのナツの話は、今でも笑い話を通り越して呆れる話になっている。

すると、ナツは、

「俺、あの頃焦ってたから。」

と、急に真顔になって、そう言った。

この話の時にナツが真顔になったことなんて今までなかったから、俺もロキも、面食らってしまった。

「今だから言うけど。
俺、あの頃マジで焦ってた。
だから、あんなに必死だった。」
「…なんで?」
「おまえと、ロキが、いたから。」

ナツは、ホントに真剣な顔でそう言った。

「…へ?」
「…俺たち?」

キョトンとした俺とロキの二人に向かって、ナツはちょっとだけ苦く笑って頷く。

「他の奴なんて、屁とも思ってなかったけどな。
グレイとロキがいたから、本気にならなきゃ勝てねぇと、そう思った。
いつお前らがルーシィのことを好きだって言い出すか、いつルーシィがお前らのことが好きだって言い出すかって、いつもいつもビビってた。」

「…ナツ」

ナツのそんな弱気な顔を見たのは初めてだったから、俺とロキは二人して顔を見合わせて呆然とした。
そんなことを思ってたなんて、全然知らなかった。
こいつはいっつも自信満々に、ルーシィに向かって行っていたから。

「俺達、別にルーシィにどうこうっていうのはなかったけどな。」
「…だね。
まぁ、僕にとってはルーシィはあのときから、特別な人ではあるけれど。」

俺達がそう言うと、それは今はもうナツにも解っていることなのだろう、ナツはただゆったりと微笑っただけだった。
そして。
そのまま、俺の顔をじっと見て、

「…だから、コイツだって決めたんなら、行かねぇと後悔する、きっと。」

そう付け足して、それから、いつものようにニカッと笑った。

「…そうだね。
グレイは、告えるんだから。
…僕と違って、さ。」

ロキも、ゆっくりと微笑いながらそう言った。
だから、告わなきゃ駄目だよ、と、ロキの目がそう言っていた。
こいつが、こんな笑顔で、こういう風に言えるようになるまでの事を、俺達は知っているから。
だから、その台詞にツキンと胸が痛くなった。

「…明日、金曜だし。
まー、頑張ってみるわ。」

明日には、図書館でジュビアに会えるはずだ。
告る事が出来るかどうかはともかく、少しでもこの距離を縮められるように。

二人の気持ちが嬉しかったので、
俺が前向きな姿勢でそう返事をすると、
二人はニヤッと笑って頷いてくれたー。




翌日の金曜日、
なんとなく落ち着かなくて、授業か終わるとすぐに図書館に行った。

…やっと、会えるかな。

会えたら、とりあえず怪我はもうほぼ治ったって事を説明して、それから…。

…とにかく、会いたい。
声が、聴きたい。
こんなに抱えきれないほどの想いで、誰かに会いたいと思った事なんて、今までなかった。


図書館で、ぼーっと たまたま目の前にあった本を眺めていると。
入口の方から、
「グレイ!早いね~」
という朗らかな声が聴こえてきた。

この、声…。

まさか、と思って顔をあげると、やはりそこには、笑顔のリサーナが立っていた。

「…リサーナ?」

リサーナの態度と醸し出す雰囲気に、イヤな予感は一気に加速してゆく。

「…今日、なんで? …ジュビアは?」

「あれ?ジュビアから聞いてない?
なんか金曜日都合が悪くなったから、当番の曜日を変わってほしいって言われたんだけど。」

リサーナはニッコリと笑ってそう言った。
だから、ジュビアが火曜で私が金曜になったの~と、無邪気な笑顔でそう続ける。

当たってほしくはなかったイヤな予感は、ど真ん中で大当りした。

当番の曜日すら、変えてもらう。
…つまりは、ジュビアは徹底的に、俺との交流を絶とうとしている、とそういうことなのだろう。

…あぁ、そうかよ。
…そういうことかよ。

なんだか、頭の中で、プツッ、と何かがキレたような気がした。

ガタンッと大きな音を立てて、まるで蹴り倒すかのように椅子から立ち上がる。

「グ、グレイ?」

リサーナが、びっくりした顔で俺の顔を覗き込んできた。

「きゅ、急にそんな真顔になって、…一体どしたの?」

「…ちょっと、行ってくる。」

「…えっ?
行ってくるって、あの、どこに…」

後ろでリサーナが慌てた様子で問いかけていたのも無視して、自分の鞄を乱暴に肩から下げると、そのままガツガツと大股で図書館の扉に向かって進んでいく。


…お前がその気なら、いくらでも逃げればいい。

その代わり俺も、このままでなんか絶対終わらせねぇ。

なにがなんでも、捕まえてやる。


絶対、逃がさねぇからなーー。








***









自分の部屋のベッドに寝転がって、携帯の画面を何度も開く。
それが、最近の、ジュビアの日課ー。


この間の水族館の帰り、グレイ先輩がまた家まで送ってくれた。
ジュビアのせいで怪我をしたのに、グレイ先輩はどこまでも優しかった。

ごめんなさい。
ジュビアが、『一日だけ』とか思ったジュビアが、悪いの。

グレイ先輩は、今度は二人でどこかに行こうって、そう言ってくれた。
約束だからな、って。
次の日は、メールもくれた。
絶対に返事はしちゃ駄目って決めていたのに、
怪我の事が気になって、もう一度謝りたくて、一言だけ返信を送った。

その翌々日の火曜も、それから水曜も木曜も、またメールをくれた。

映画でもどう?って言われた時は、……唇を噛み締めて泣いてしまった。

体調悪いの?と心配してくれた時は、心がじんわりと暖かくなって、また涙が出た。

そして、一緒に帰ろうと言ってくれた時には、手を繋いでくれたあの日の帰り道を思い出して、胸が痛くなった。


見るたびに泣けてくるのに、それでも何回も何回も画面を開いて、メールを読み返す。

…これは、宝物だから。
ジュビアが、神様からもらった宝物。

何度も、返事を打ちそうになって。
駄目だと思い留まって。
今日の図書館も、ほんとはグレイ先輩と一緒に委員の仕事に行きたかった。

でも、これ以上一緒にいたら、もっと駄目になる。どんどんどんどん、グレイ先輩の事を、好きになっていってしまう。

こうやって、いつまでも返事をしなければ、
もう、会うこともない。
グレイ先輩も、ちょっと可愛がっていた後輩がいたけど愛想も何もない失礼な奴だった、程度にしか思わなくなる。
…それで、いい。
この宝物は、この先ジュビアが1人で温めていければ、それで。


携帯につけているマスコットがユラユラと揺れる。
ソラとウミが、それに必死でじゃれて遊んでいた。
ねぇ、ソラ。
ソラがおうちに来た日に、グレイ先輩と初めて会ったの。
思えばあの日は、出会いの日だったんだね。
ウミ。
ジュビアね、雨の日は嫌いだったの。
雨が、ジュビアの世界をかき消してしまうから。
でも、ソラとウミと、それから、グレイ先輩と会えたから。
素敵な、傘の思い出も、出来たから。
ちょっとだけ、雨の日もすきになったよ。


二匹が、必死で遊んでいるので、ぷらぷらと携帯を振ってやっていたら、突然、携帯の着信音が鳴り響いた。

電話。

誰からかな、と思って画面を確認したら、
ルーシィ先輩からだった。

なんだろう?

出るべきかどうするか、一瞬悩んだ。
でも、やっぱり失礼なことは出来ないと、着信ボタンを押す。

「…もしもし。」
『ジュビア?』
「…はい。」
『あぁ、…よかった。
あのね、今、家?』
「あ、はい。そうです。」
『そうなんだ。
急にリサーナと当番を変わってたからさ、
心配したよ?』
「…ごめんなさい。
ちょっと、金曜日は都合が、悪くなって…」

心配してくれたルーシィ先輩に、申し訳ない気持ちが湧いてきて、おずおずと謝った。

『……そっか。
…あのね、実は今、ジュビアの家のすぐそばにいるの。』
「…えっ?」
『ちょっとだけ、出てきてくれない?』

ルーシィ先輩のその台詞に自分の部屋の窓から、見える範囲を見回してみたけど、そこからは誰の姿も見えなかった。
玄関の向こう側かな。
そう思いながら、パタパタと玄関の方に足を進める。

『出て、これる?』
「あ、はい。
すぐ、行きます。」

そう言って、靴を履いて玄関を出る。
どこかな?
キィ、と金属音を立てて、門を開いた、その時。

「…捕まえた。」

突然、横からグッと、腕を掴まれた。

びっくりして見上げたら、そこには、睨みつけるようにジュビアを見つめながら、ジュビアの腕を掴んでいるグレイ先輩が、立っていた。

「…先輩…!」

ジュビアが驚いて立ち竦んでいると、グレイ先輩は、ジュビアの手からサッと携帯を取り上げた。そうしてサッとスピーカーボタンを押す。

「…サンキュー、ルーシィ。
助かった。」
『ジュビアっ、ゴメンね!
ホントにゴメ…』

電話口から、ルーシィ先輩が、叫んでいるのがかすかに聴こえていたが、グレイ先輩は構わずそのままブチッと電話を切った。そして、ポンとジュビアに携帯を返してくる。

「グレイ先輩…!」

「ルーシィに無理矢理頼んで、協力してもらった。
……俺から、だったら、出てこないだろ?」

「……!」

グレイ先輩が、ジュビアの腕を掴んだまま、射すくめるような瞳で、そう言った。

やられた。
何の疑いもなしに、ルーシィ先輩だと思ってた。
確かに、画面に出たのがグレイ先輩の名前だったら、…きっと、電話に出なかった。

じっと見つめられて、どうしようもなくなって俯く。
すると、グレイ先輩はぐっともう一度、ジュビアの腕を掴んだ手に力を込めた。

「こっち見て、ジュビア」
「………」
「見て。
…見ないなら、無理矢理、上向かすよ?」

まるで脅すかのような台詞なのに、とても優しい声に聴こえるのは何故だろう。
ビクッとして顔をあげると、泣きそうに切ない顔のグレイ先輩と目があった。

「…なんで、…俺から逃げんの?」

「…先輩…」

グレイ先輩は、ホントにつらそうな瞳で、じっとジュビアを見つめながらそう言った。

「……会いたかった。
俺が、どれだけ、ジュビアに会いたかったか、
どれだけ、ジュビアの声が聞きたかったか、
ジュビアに、わかる?」

真剣にそう伝えてくれるグレイ先輩の声に、何も言うことが出来なくなる。
瞳の奥がどんどん熱くなってゆく。
でも、駄目。
絶対に、ここで泣いたら駄目だ。

「…なんで、俺から逃げんの?
俺、何かした?ジュビアに、嫌われるようなこと。
だったら、教えて。
…謝るし、直すから。」
「ちが、違います…!」
「…じゃあ、なんで?」

グレイ先輩は、ジュビアの目を見つめながら静かに問い詰めてきた。
まるで、一歩も退くつもりはないとでも、言うように。

「…なんで、当番の日も変わってんの?」

「そ、それは、…あの、
ちょっと、金曜日が、都合が悪くなって…」

「…メールも、何本も送った、よな?」

「…っ、あの、ごめんなさい。
返事するの、忘れてて、それで…」

「…そう。
じゃあ、今、返事聞くわ。
週末、どうしようか?」

「……っ、…」

問い詰めてくるグレイ先輩は、どんな言い訳も許さないという口調で、畳み掛けるように次々とそう言うと、射ぬくような瞳でジュビアを見つめた。
ジュビアは、結局答える事が出来なくなって、目を伏せるしかなかった。
二人ともが何も言うことが出来ないままの、沈黙の時間が、静かに、流れた。



「…ごめん。
意地の悪いこと、言った…」

小さくそう謝って、先にその沈黙の時間を破ってくれたのは、グレイ先輩だった。

それを聞いて、ジュビアも、ふるふると首を横に振る。

違うの。グレイ先輩が、謝ることなんて何もないの。
全部、ジュビアが悪いの。

「…ジュビア」

グレイ先輩が、優しく、でも胸がしめつけられるほど切ない声で、ジュビアの名前を呼ぶ。

「…言いたいことも…聞きたいことも、たくさんあるけど。
でも、とりあえず、今一番言いたい事を、言っていい?」

グレイ先輩はそう言うと、ジュビアの腕を掴んでいない方の拳を、ぐっと握りしめた。
そして、もう一度

「…こっち見て、ジュビア。
ちゃんと、ジュビアの目を見て言いたい。
…頼む。」

掠れるような、低い声で、そう言った。

その声を聞いて、胸がしめつけられない人なんて、どこを探しても絶対いない。
そのぐらい、温かくて切ない声だった。

ゆっくりと顔をあげて、グレイ先輩を見つめた。


「…ジュビアが、好きだ。」

グレイ先輩は、これ以上ないくらい真剣な眼差しで、そう、言った。

「…多分、初めて会った時から、ずっと。
今は、もう、…自分でも、どうにも出来ない位。
そのぐらい、ジュビアの事が、好きなんだ。」

「…先輩」

「…だから、俺と、つきあってほしい。」

グレイ先輩の真剣な瞳が、ユラユラと揺れていた。
自分の眦に少しずつ雫がたまっていくのがわかる。
駄目。…泣くのは、絶対に駄目。

好きだ、って、ジュビアの事が好きだ、って。
グレイ先輩が、ふざけている訳でも、雰囲気やノリでそう言っている訳でもない事は、もう十分すぎるほど伝わってきた。

グレイ先輩と再会できたあの日からずっと。
そうであったらどんなに嬉しいだろうという想いと、でも、出来るならそうであっては欲しくないという願いとが、出口も見つけられずに絡み合っていた。

でも、もうこうなってしまったら、出口はたった1つしか、ないのだ。

「…ごめんなさい。
ジュビア、グレイ先輩とは、お付き合いできません。」
「…なんで?」
「…ごめんなさい。」

グレイ先輩の目を見て、きっぱりとそう言った。

「…他に、好きな奴がいんの?」

グレイ先輩の言葉に、ふるふると首を横に振る。

「だったら…!」
「…ごめんなさい。
ジュビア、今は誰ともお付き合いするつもりはありません。
だから…。」
「……っ、」

グレイ先輩の表情が、くっと歪む。
それから、ほんの少しだけ、ジュビアの腕を掴んでいる力が弛んだ。
そのまま、ゆっくりとグレイ先輩の手から逃れる。

「…ごめんなさい。」

そう言ってグレイ先輩の顔から目を反らした。

そして、くるりと踵を返して、門の中に入る。

これ以上一緒にいることは、もう出来なかった。

「ジュビア…!」

グレイ先輩が絞り出すように、ジュビアの名前を呼んでくれたのを背中に聞きながら、
でも、一度も振り向かずに、そのまま歩を進める。
バタン、と、玄関のなかに入った瞬間に、ドアに背を預けて、ズルズルとしゃがみこんだ。

もう、泣いてもいい。

瞳から、ぼろぼろと、大粒の涙が零れて落ちる。

グレイ先輩の気持ちに応えられない癖に、グレイ先輩の前で泣いてしまうなんて、そんな卑怯な自分にはなりたくなかった。

なってはいけない、とも思った。

これでいい。

グレイ先輩は、あんなに素敵な人だもの。

直ぐにジュビアのことなんて忘れて、別のもっと素敵な、そう例えばルーシィ先輩みたいな人を見つけるにちがいない。

ぼろぼろと、零れ落ちる涙を、両手で必死に拭う。

きっと、もう会うこともない。

これで、よかったんだ…。







***





文字数が多すぎるので、

クローバー前編は、ここまで。

後編に続きます……!