君と聴く光の雫 ④ ~クローバー~後編
グレジュビ学パロ。
君と聴く光の雫 ④〜クローバー の後編です。
切なさ加速注意報。
ではでは。
***
コンコン、と部屋をノック音がしたので、読んでいた小説から顔をあげると、扉を開けてヒョイと、金茶色の頭が覗いた。
「ロキ」
「ごめん、急に、押し掛けて」
ロキはそう言って慣れた様子で俺の部屋の中に入ってきた。
「いや、全然」
俺も読んでいた小説をパタンと閉じて、ロキを迎え入れる。
少し前に、ロキからメールが来た。
『今近くにいるんだ。ちょっと行っていい?』
なんとなくそう来るんじゃねぇかなと予想していた事だったので、そう戸惑う事もなく『いいよ』と返事をした。
「…悪りぃ。今日、部活…」
「あぁ、大丈夫だよ。
ルーシィが『体調悪いって連絡ありました』ってコーチに言ったから」
ロキはにっこり笑ってそう言った。
…そっか。
インターハイ前になんも言わずに無断欠席だったのに、ルーシィが、機転効かせてくれたんだな。
「…心配してたよ?
ナツも、ルーシィも」
ロキの言葉に、何も言うことが出来なくて、ただ黙りこむ。
「…昨日、例の彼女の所、行ったんだろ?
ルーシィから聞いた。」
「………」
「…でも、そのあとどうなったのかわからないって、気にしてたよ?」
ロキが、言葉を選びながら、ゆっくりとそう訊いてきたので、
「…あー、うん。
……フラれた。ガッツリ」
俺は、苦笑いして、そう答えた。
「…フラれた、って」
「…うん。
これ以上ねぇ位に、クソマジに告って、
…で、きっぱり言われた。
つきあう気はない、って。」
「…グレイ…」
俺がそう言うと、ロキは半分予測していただろうに、それでもショックを隠しきれない顔で俺を見た。
「…そんな顔すんなよ。
今言っても駄目だろうなって、…わかってて、言ったんだ。
…どうしても、止めらんなかった。」
「………」
「…言わなきゃ、始まんねぇ、とも思ったし…。
…でも、わかってたけど、やっぱ辛ぇな…。
…こんなに辛いんだって、初めて知ったよ。」
俺は、そう言って、ふっと苦笑った。
ロキは、何も言わずに黙って、俺が伏し目がちに話す台詞を聞いていた。
中学の頃、周りの奴らが、やれ好きな子が出来たのどうのと騒ぎ出したが、自分には全くそういう感覚がわからなかった。
中学もあと数ヶ月で卒業かという時になって、ナツの3つ歳上の姉のエルザのことを、好きなんだ、と思った。
3つも歳上の女に向かって、偉そうに一人前の恋をしているつもりだった。
でも、エルザは、高校を卒業すると同時に、子供の頃からずっと好きだった1つ歳上の男を追って、何の躊躇いもなく外国の大学に留学していった。
そんなエルザを見て、自分の中に湧いてきたのは、ただエルザを応援してやりたい気持ちだけで、辛いとか悔しいとか、そんな失恋的な気持ちは全くと言っていいほど出てこなかった。
高校に入って、ルーシィに出会った。
かわいいな、とも、まぁ好みのタイプかな、とも思った。
でも、これが好きだって気持ちか?なんて、自問自答し始めた、そんな時にナツが、皆の前で突然ルーシィに告白した。
そして、そこからナツのルーシィに対する怒濤の猛攻撃が始まった。
俺は、もう呆気にとられてしまって、あぁコイツの気持ちには到底かなわねぇなとも思って、そこからは純粋に二人を見守る気持ちになった。
それから、二人ほど告白してきてくれた女の子と付き合ったけど、結局すぐにいろんな事が面倒になって、誰とも続かずあっという間にその付き合いも終わった。
俺って、何かおかしいのかな。
必死に恋する気持ちが全然わかんねぇんだけど。
ずっとそれが疑問だった。
2年の夏頃から『恋は場数だよね』と豪語していたロキと一緒になって、片っ端から女遊びをし始めた。
俺とロキと二人でつるんでいたら、寄ってくる女には困らなかったし、来るもの拒まず去るもの追わず、で、それこそ複数の女の子達と同時進行でめちゃくちゃな付き合い方をしていた。
最初はロキへの付き合いだった。ロキが、そんな行動をとっていた理由も知っていたから。
ロキは、親の再婚で出来た1つ年下の妹の事を、ずっと本気で好きだった。
でも、その気持ちが、苦労してきた母親がやっと掴んだ幸せも、よくしてくれる義父親や純粋に兄として慕ってくれる義妹との仲の良い家族も、全部壊してしまいそうで怖かったのだろう。
『…あいつ、無防備すぎるんだよね…』
絶対に好きだと告えない相手と、年頃になってもひとつ屋根の下で毎日一緒に暮らさなければならない色々な苦痛が、ロキを少しずつ家から遠ざけていった。
そして、日に日にロキはどんどんと荒れていった。
俺は俺で、どんだけ遊んでも、やっぱり誰一人本気で好きになれない自分に、ほとほと嫌気がさしていた。
自分は、きっと欠陥品なのだ。
ロキやナツのように、一人の女の子を必死で好きになる自分なんて、まるで想像できなかった。
ロキとそんな生活を始めて2~3ヵ月を過ぎた頃、俺が、もうそろそろこういうのも面倒になってきたなと思い始めた頃だった。
ロキが、突然、3日続けてどこに行ったかわからなくなってしまった事があった。
勿論学校にも、家にも、しょっちゅう入り浸っていた俺ん家にも顔を出さず、メールをしても電話をしても一切連絡がつかなかった。
後になって、その時に家で自分で自分を抑えられなくなって、…いろいろ、あったのだと聞いた。
さんざん皆に心配をかけたあと、3日目の放課後に、フラリと部室にやって来たロキに向かって、
ルーシィが、キレた。
パンッと一回ロキの頬を叩いた後、わぁわぁと大泣きに泣いて、喚き散らした。
『アンタ、馬鹿じゃないの!?
どんだけ心配かけたら気が済むの!?
そんなに自分を苛めて、一体自分をどうしたいの!?』
『グレイ!アンタもアンタよ!
アンタがロキを止めなくてどうすんの!?
何一緒になって馬鹿なことやってんのよ!』
『ロキ!
ねぇ、私の声、ちゃんと聞こえてる!?
ちゃんと、気持ちがここにいる!?
答えてよ、ロキ!』
ずっとずっと心配していたのだろう、ロキにしがみついて、わんわん泣きながらそう怒鳴り付けた。
普段は、ルーシィが他の男に触れるのなんか決して許さないナツも、その時だけは何も言わなかった。
ただじっと、ルーシィと、それから茫然と立ちつくしてルーシィの事見つめているロキを見ていた。
その日を境に、ロキは憑き物が落ちたみたいに元の穏やかなロキに戻っていった。
俺も、何も産み出さない馬鹿な事をするのもやめた。
『ルーシィがあんなに泣いてくれたから、僕の中の澱んだ感情を洗い流してくれたのかもね』
『もう仕方ないからさ、…この気持ちと、ずっと付き合っていくことに決めた』
ロキは、しばらくたってから、苦笑しながら俺とナツにそう言った。
結局、欠陥品なのは俺だけか。
でも、いつか、俺にもできるかな。
ナツのように、なにがなんでも手に入れたいと思える子が。
ロキのように、どうやっても諦められないと思える子が。
そんな風に思っていた自分を今になって思い出す--。
「…で、どうすんの?
これで、終わり?
諦めんの?」
ロキがじっと俺を見てそう訊いてきた。
「…まさか。」
俺も、そのままぐっとロキを見返してそう応える。
諦める、なんて、冗談じゃねぇ。
俺にもやっと、そういう子が出来たんだ。
俺みたいな奴、これを逃したら、また次はいつそういう出会いがあるかなんてわかんねぇじゃん。
ジュビア。
今日一日、ずっと考えたけどさ、やっぱり駄目だわ、俺。
このまま諦めるなんて到底できそうもない。
「…とりあえず、ナツを見習ってみっかな…。
たったの一回フラれた位で、諦められる訳もねぇし。…何回でも、ジュビアが振り向いてくれるまで、…俺を、好きになってくれるまで、がんばるしかねぇよな。」
俺のその台詞を聞いて、ロキはクスッと笑って。
それから、
「…無駄な努力はやめなよ、って言いにきたんだけどさ、それこそ無駄足だったみたいだね。」
穏やかにそう言った。
「…無駄な努力、ってお前なぁ…
さすがにグサッときたぞ…」
「違うよ。逆だよ。」
逆?…逆、って、あぁ。
「僕も、やめたからね。
諦めるっていう、無駄な努力。」
「……うん。」
「多分、グレイも無理だよ。
グレイみたいなタイプは、それはそれはややこしいタイプだからね。
なかなか本気になれない代わりに、本気になったら絶対に替えのきかないタイプっていうの?…まぁ、一種ストーカー的な…」
「誰がストーカーだ!」
ロキはニヤニヤと笑ってそう言った。
人を犯罪者みたいに言いやがって、テメェもその要素たっぷりだろうが!
まぁ、ストーカー云々はともかくとして。
ジュビア。
俺、やっぱり、お前が、好きなんだ。
他の奴なんて、目にも入らない位。
自分でもどうしようもないんだ。
だから、頑張るから、俺。
…頼むから、俺の事、好きになって--。
***
図書館での、委員の仕事が終わって、ゆっくりと玄関ホールに向かって歩いて行く。
火曜日の当番は2回目だったけど、他の3人もいい人達ばかりで、本委員のレビィ先輩もとても優しくて、何とか上手くやっていけそうだとほっと胸を撫で下ろした。
レビィ先輩は、どうやらガジルくんと同じクラスらしい。
「幼なじみなんだって、ガジルに聞いたよ。」
そう言って、とても親しみやすく話しかけてきてくれた。
きっと、ガジルくんが、いろいろ頼んでくれたのだと思う。
片付けも終えた後で、皆がバラバラになって解散していく。
それぞれに約束があるらしかった。
ガジルくんも、終わるの待っててやろうか?と言ってくれたけれど、大丈夫だと言って断った。
ガジルくんは、最近ますます心配症になった。
ジュビアが、グレイ先輩の話をしたからだと思う。
『ほんとに、それでいいのか?』
と、何度も何度も聞かれた。
それでいいも何も、ジュビアにとってはそれ以外の選択肢なんかない。
そう言うと、ガジルくんは、何かを言いたそうな顔をしたけれど、結局はそのまま、何も言わなかった。
玄関ホールで、1人靴を履き替えてふっと顔をあげると、目の前に突然、誰かの腕がダンと靴箱の枠に向かって伸びてきた。
「…送ってくよ。」
「……! …グレイ先輩…!」
びっくりして見上げると、なんとそこに立っていたのは、グレイ先輩だった。
ウソ…。なんで…?
「火曜日、リサーナと変わったって言ってたから、待ってた。
もう遅いし、家まで送る。」
「い、いいです…!
大丈夫です。…一人で、帰れます…。」
「…こんな時間に、大事な子一人で帰せないって、同じこと何回言わせんの?
ほら、行くぞ。」
「先輩!」
なんで?どうして?
ジュビアはこの間、ちゃんとお断りしたはず。
好きだって告われて、…ごめんなさいを、した。
だから、もう先輩と関わることはないと思っていたのに。
ガジルくんを断るんじゃなかった…。
失敗した。
ジュビアが立ち止まったまま動かないでいると、グレイ先輩は、
「…何?…もしかしてまた、ガジルの奴を呼ぶとか言い出そうと思ってる?
それなら、もう話は済んでるから。
…夕方、部活中に、帰るアイツを見かけたから『これから火曜は毎週俺が送るから』って言っといた。
アイツも『…わかった。』って言ってたよ。」
と、とんでもない事を言い出した。
なんで、そんな話になるの。
ガジルくんも、わかった、なんて、どうして?
ジュビアが困惑していると、
「…だから、諦めて送られて。
ほら、行くよ?」
グレイ先輩は、そう言ってさっとジュビアの鞄を手に取って、そっとジュビアの背中を押した。
鞄まで奪われてしまっては、どうすることも出来ない。
仕方なくそのまま、グレイ先輩の左側に並んで歩き出した。
***
門を出てからの長い桜並木の一本道を二人で並んで歩く。
まっすぐな一本道を暫く歩いて、そこから右に商店街を抜けるといつも使う駅にたどり着いた。
俺やジュビアの住む町の駅までは、ここから電車で3駅だ。
駅までの道を歩いている間も、電車に乗っている間も、俺がクラスの話や部活の話をしているのを、ジュビアは一生懸命聞きながら、ちゃんと返事をしてくれた。
勝手に待ってて、強引にこうして送っていってる俺の事なんか、実は無視したって構わねぇのに。
こういう所が律儀で、ジュビアの澄んだ心の所以だと思った。
電車を降りて、駅を出る。
東に進むとジュビアの家、南西に進むと俺の家。
駅の前の大通りを南に行くと、大通公園。
俺が、初めてジュビアに出会った、あの公園がある。
「…ジュビア」
「…はい?」
「ちょっとだけ、寄ってかねぇ?」
そう言って、南に見える公園の時計塔を指差した。
「………」
「…ゆっくり、話したい事があるんだ。」
どうしようか、ジュビアの表情が、そんな風に悩んでいるのがわかった。
でも、きっと付いてきてくれると、そう思った。
ジュビアの優しさにつけこむ自分を、ズルい、とも。
公園に入って少しの所に、あの日のベンチがあった。
あの日、ここで必死に傘を立て掛けているジュビアを初めて見たときから、もうこうなることは決まってたんだなと、今は思う。
立ち止まって大きく1つ深呼吸して、それから、自分の気持ちを伝えるために、まっすぐにジュビアに、向き合った。
「…ジュビア」
「…はい?」
「…俺さ、…今まで、人を好きになるって気持ちが、よく分かってなかった。」
突然に、自分の話を始めた俺の事を、ジュビアは少し戸惑った顔でじっと見つめてきたが、でも、黙って俺の話を聞いてくれていた。
「…中学の時に、ちょっと好きかもって思ってた人が、別の男追っかけて海外に留学してった時も、
…高校入って、ちょっといいかなって思った奴が、別の男と付き合い出した時も、
…正直、へぇ~位にしか思わなかった。」
「………」
「…告ってきてくれた子もいたから、ちょっと付き合ってみたり、…それから、…今思うとひでぇなって思うくらいに、遊びまくってた時もあった。
…でも、やっぱり誰に対しても本気で好きになんかなれなくて…、俺、自分で自分のこと、どっかおかしいんだなって、ずっとそう思ってた。」
「…先輩…」
ジュビアは、黙って俺の話を聞きながら、じぃっと食い入るように俺の事を見つめてくれていた。
その、ジュビアの顔を見ているだけで、心の奥の方から、気持ちが溢れ出してくるのがわかる。
「…ごめん。…ギュッってしていい?」
「…えっ?」
ジュビアの戸惑った声が聞こえたのは無視して、そのままそっと腕を引いて、ふわりと腕の中にジュビアを閉じ込めた。
折れそうに細くて柔らかいその身体を抱き込んだその瞬間、とても我慢ができなくなって、ギュッと思いきり抱きしめる。
「…せんぱ…」
「…好きだ」
「……!」
ジュビアの肩口に顔を埋めて、気持ちを吐き出すようにそう言った。
「…好きだ。
…他の男になんか、絶対渡したくない位に。
…ジュビアが、俺を置いてどっか行くって言い出したら、全力で引き留めて絶対行かせねぇって思う位に。」
「…先輩」
「…このまま諦めるなんて、絶対できない。」
そう言って、少しだけ腕を弛めてジュビアの方を見た。
ジュビアの瞳にみるみる雫がたまってゆく。
そんな顔して泣くなよ。
困らせてるのは自分でも痛いほど自覚してる。
でも、頼む。
伝わって。
「…何度でも、言うよ。
ジュビアが、俺のこと好きになってくれるまで。」
ジュビアの目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちるのを、親指でそっと拭った。
「…ぜってぇ大事にするから。
…だから…」
「……っ」
「…俺の、もんになって。ジュビア…。」
~フォーリーフクローバー
……be mine 私のものになって~
∞∞後書き∞∞
第4話、お付き合いいただきましてありがとうございました。
今回は頑張る男子達の恋模様、の巻。
エルザ、3つ歳上のナツの姉貴、です。
事情があって一足先にエルザから逃げるように留学したジェラールを、男前に追っていきました。
ロキの妹、明記はしませんでしたが私の中では一応レオアリ(ロキアリ?)です。
ロキの恋もエルザの恋もいつか描けたらなぁと思っています。
次の前後編で、1つ目の区切りとなります。
出来ましたら最後までお付き合いくださいませ。