glazed frost

FTのグレジュビ、OPのサンナミをこよなく愛するブログ。

君と聴く光の雫 ⑤ ~ハートピー前編

グレジュビ学パロ、第5話、最終話です。

ここで、一旦、第1部終了となります。

長いので、前後編に分けますね。

では、どうぞ。









「ジュビア~」

「ルーシィ先輩」

「ごめんね。呼び出しちゃって…!
待った?」

「いえ、全然、大丈夫です」

「でも、待ったよね…、ごめんね。
部活がちょっと長引いちゃって…」






~ハートピー~




ほんと、ごめん!
ルーシィ先輩は、そう言ってまた謝ってくれた。

ホントに、大丈夫なのに。
待ったって言ってもほんの20分位だ。

「今日は、ナツ先輩は?
いいんですか?」
「あー、アイツ、進路指導で呼び出し食らってるから、アハハ。
それに、そんなに毎日毎日一緒にいる訳じゃないのよ。気にしないで~」

ルーシィ先輩は、朗らかに笑ってそう言った。

今日、お昼休みに、ルーシィ先輩からメールがあった。

『今日、帰りにちょっとだけ会えない?
部活が終わった後になっちゃうんだけど~』

貰ったメールを見て、どう返事をしようかと少し悩んだ。
だって、…多分、話の内容は1つしかない。
でも、きっと、ルーシィ先輩とも一度は話をしないといけないんだろうな、そう思ったので、
『いいですよ』
と返事を返した。



「えーと、あそこでいい?」

ルーシィ先輩が、駅前のビルに入っているセルフテイクのカフェを指差したので、こくん、と頷くと、ルーシィ先輩はホントに可愛らしくニコッと笑って。

「じゃっ、行こ!」

そう言って、ジュビアを促して歩き出した。


カフェに入って、それぞれ注文したドリンクを持って、奥のソファーに座る。
ルーシィ先輩は、またニコッと笑って、じっとジュビアの方を見てきた。
ジュビアは、とりあえずカフェラテにお砂糖を入れてくるくるとかき混ぜながら、ルーシィ先輩の話を待つ。
すると、ルーシィ先輩は、そんなジュビアを見ながらおずおずと話を切り出してきた。


「…あの、ね…
ジュビアも、何の話かは、もうわかってるんだろうなぁとは、思うんだけど…」
「………」
「…グレイの、ことなんだけどさ」

ルーシィ先輩は、言いにくそうに、申し訳なさそうに、グレイ先輩の名前を出した。

「…はい」

何だか、ルーシィ先輩にそんな顔をさせるジュビアの方が申し訳ない気分になって、少しだけ微笑んでそう返事をした。

「…あのね、グレイも私には何にも言わないからさ、私もロキから聞いただけなんだけど…」

ルーシィ先輩は苦笑しながら、そう続ける。
そして、ホントに悲しそうな顔で

「…ジュビア、グレイに、好きだって言われたんだよね?」
「……はい」
「…それで、あの、断った…んだよね?」
「…はい。
…お付き合い、出来ませんって、言いました」
「…そっか」

ルーシィ先輩は、ホントに落胆した顔でそう言った。

「…ごめんなさい…」

ルーシィ先輩にも、それから、グレイ先輩にも申し訳なくて、そう謝ったっきり俯いてしまう。
すると、ルーシィ先輩は慌てて、自分の顔の前で手を横に振って、

「ううん!ジュビアが謝ることじゃないの…!それは、仕方のない事だってのもわかってるの。
…でも、…でもね。
ね、ジュビア。
グレイとは、やっぱり付き合えない?
…どうしても、ダメ?」

と、そう訊いてきた。

きっと、そういう話になるだろうと予想はしていたので、ジュビアもちゃんとお返事をしないといけないのに…。
でも、いざとなったら、結局は何も言葉を返せなくて、こうしてただ俯いてしまうだけだった。



あの日。
あの日も、ジュビアは逃げた。

この間の火曜日。
グレイ先輩が、図書館の委員の仕事が終わったジュビアを、家まで送ると言って待ってくれていた日。

ううん。結局は、その日は家までは送ってもらわなかった。
あの日、あのまま、ジュビアが公園を飛び出してしまったから。

『…好きだ』

『…ぜってぇ大事にするから…。
……だから。

俺の、もんに、なって…ジュビア』

心がちぎれそうな位に、温かくて切ないこの台詞が、繰り返し繰り返し、心の中でリフレインする。
グレイ先輩の前では、絶対に泣かないと決めていたのに、そんな決心はあっという間に崩れさって、あの日、先輩の前でボロボロと泣いてしまった。
あれ以上、あそこにいたら、きっと言ってしまっていた。

ジュビアも、先輩が、好きです、って。

だから、逃げ出したの。

『…ごめんなさい…!
もう、ジュビアの事は、放っておいてください…!』

そう言って、グレイ先輩の腕を振り切って、走って公園を飛び出した。

家に帰ると、部屋で、ガジルくんが待っていた。

…どうなったかと、思って…

ボソッとそう呟いたガジルくんの前で、また、ボロボロと泣いてしまった。
ガジルくんは、ジュビアの話を聞いて、ただ『…そうか』と言っただけで、それ以上は何も言わなかった。

夜になって、グレイ先輩から、メールが来た。

『…俺の気持ちを押し付けて、困らせて、ごめん。

でも、もうちょっとだけ、頑張らせて。
ジュビアに、好きな奴ができるまで。
振り向いてもらえるように、俺も頑張るから。

諦め悪くて、泣かせて、ごめんな…』

その、グレイ先輩からのメールを見て、また涙が溢れてきたのは、もう仕方ないと思う。
あんな酷いことを言ったのに。
なのに、こんなメールを貰って、気持ちがちぎれそうにならない人なんていない。

もう、決心が崩れていくのは時間の問題な気がして、どうしたらいいのかなんて、全くわからなくなった。




「…ねぇ、ジュビア。
どうしても、…ダメ…?」

「…ルーシィ先輩」

「あのね、わかってるの…!
ナツにも、怒られたの。私が口を出す事じゃないって」

ルーシィ先輩はちょっと泣きそうな顔でそう言った。

「でも…!でもね。
私には、やっぱり、ジュビアが、グレイを好きじゃないとは、どうしても思えないんだ…」
「………!」
「だって!
…好きじゃない人に急に抱きしめられて、あんなに可愛らしく真っ赤になんて、なる?
好きじゃない人のために、あんなに、一所懸命にお弁当作ってくる?
……好きじゃない人が怪我して、あんなに泣く!?」
「…ルーシィ先輩…」

ルーシィ先輩は、真っ直ぐにジュビアを見つめて、必死に言葉を紡いでそう言った。
ジュビアはただ茫然と、そんなルーシィ先輩を見ていた。

「…ごめん。
そうあって欲しいっていう、私の、思い込みなのかもれないね…」

ルーシィ先輩は、小さく瞳を伏せて、ボソッとそう言った。
ジュビアも、何も返事が出来なくて、ただ俯く。

「…アイツね。いい奴なの」
「…先輩…」

ルーシィ先輩は、今度はふっと微笑んでそう言った。

「私とナツが喧嘩したりして、私が愚痴るとね。グレイは、必ずナツを庇うの。
普段、あんなに口喧嘩ばっかりしてる癖にね」
「………」
「そのクセ、後から聞いたら、ナツには私を庇うような事言ってるんだって。
ほんと、笑っちゃうよね」
「…先輩…」
「…友達の一人がね、どんどん生活が荒れていった時もね、見捨てられずに一緒になって馬鹿な事やっちゃうような奴なの。
まぁ、結局は、それも馬鹿なんだけどね…」

ルーシィ先輩は、何かを思い出したのか、フフッと小さく笑った。

「…だから、今は皆が、グレイの事を気にしてる。ナツも、ロキも、カナも。
初めてなの。…グレイが、こんなに一人の女の子に必死になるの」
「先輩…」

ルーシィ先輩は、苦笑しながらそう言った。

それから、そのあとホントに真剣な顔になって、

「……応えられないなら、それでもいいの。
でも、ジュビアの、ほんとの気持ちを、ちゃんとグレイに言ってあげてほしいの。
そうじゃなきゃ、きっとグレイも納得できない」

今度は、頼み込むようにそう続けた。

「お願い。ジュビア。
ちゃんと、グレイに向き合ってあげて」

ルーシィ先輩がグレイ先輩を思う気持ちが伝わってきて、目の奥がじんわりと熱くなった。

アイツね、いい奴なの。

はい。……知ってます。

知ってるから、応えられないんです。

たから、ジュビアじゃなくて、もっとちゃんとした普通の人と、普通の恋をして欲しいんです。

心の中で込み上げてくる気持ちは、言葉にはならなかった。

ルーシィ先輩はそんなジュビアを、ただじっと見つめて、そして、悲しそうに目を伏せたーー。








***







手に持った携帯を、何度も見つめて画面を動かす。
何かメールを打つべきか、どうするべきか。

なんで、今日、部活ねぇんだよ…。
こうして、ただ待ってるだけだと、いろいろいろいろ考えちまうだろ。

この間の火曜日。

必死に伝えた気持ちは、やっぱりというか、なんというか、受け入れてはもらえなかった。

わかっててやってることとはいえ、さすがに気持ちはズタボロに傷ついて、しばらくはそのまま、公園で座り込んで動く気にもなれなかった。

我慢できずに、ギュッと抱きしめてしまったのも不味かった。
腕の中で、ジュビアがボロボロと泣いていた。

こんだけ困らせて、泣かせて、自分の気持ちを押し付けて…。
それでも、どうしても諦められない俺って、一体どうなんだろう。

あの折れそうに細い身体を抱きしめた時の感覚が、まだ腕に残ってる。
離したくない。頼むから、俺のものになってくれ。そう懇願した気持ちも。

『…もう、ジュビアの事は、…放っておいてください…!』

そう言われたのに、今週もまた、こうしてジュビアを待っている。
ホントに、諦め悪りぃな…、俺も。

だって、基本は俺が平日は部活があって、ジュビアは授業がおわるとすぐに帰ってしまうから、二人の時間が合うのは火曜日しかない。
どうせなら、昨日が部活休みだったらよかったのに。
そしたら、昨日も今日も、上手く時間が合ったじゃねぇか。

ごめんな。
でも、もう少しだけ、頑張らせて。
困らせて、ごめん。

あの日の夜、携帯を握りしめて送ったメールは、ジュビアに届いただろうか。

あれから、もう一度、週末にメールを打った。

『…会いたい』

たった4文字だけのそのメールは、送信ボタンを押されることなく、そのまま俺の携帯の中で眠っている。

教室の中で椅子に背を預けながら、天井を見つめてハァーッとため息をついた。

…つれぇなァ…。
…頑張れ…俺。


その時、背後の方からバタンと音がした。

「…こんなとこに、いやがったのか」

発せられた音と声に引き寄せられて振り向くと。

教室の扉の所に、不機嫌そうな顔をして立っている、ガジルが、いたーー。



「…探したぜ。
なんで、今日に限ってグラウンドに居やがらねぇんだ」

「…あぁ、今日もう一回グラウンドの調整入るってんで、部活が休みになって……って、なんで、お前が?
探した、って…」

不機嫌そうに「手間掛けさせやがって」とぶちぶち言っているガジルに、こっちの方がキョトンとしてしまった。

するとガジルは、ふぅと大きく息をついた後、

「…話がある」

真剣な顔でそう言った。

……話。

コイツが、俺にする話なんて。

「……ジュビアの、ことだ」

ガジルはボソッとそう言うと、また真剣な瞳で、俺を見てきた。

…だよな。
それ以外ねぇよな。

なんだろう。
…あぁ、そろそろ、コイツに釘を刺されんのかな。
もう、これ以上付き纏うな、って?
これ以上、困らせるな、泣かせるな、って?

自分の中に湧いてきた感情に、自分で情けなくなって思いきり自嘲する。

何を言われるのかはなんとなく予想がついたが、それでも最後のプライドでそれを顔には出さねぇようにして、俺もキッとガジルを見返した。

「…話、って?」

ガジルは、そんな俺をじっと見つめた後で、ゆっくりと歩を進めて、俺が座っている斜め前の席の椅子に座った。
そしてまた、食い入るようにこちらを睨み付けてくる。

「…最初に、言っとく。
俺が、この話を人にするのは、テメェが初めてだ。
…だから、上手く話せる自信もねぇ。
最後まで、黙って聞いてくれると助かる」

一応は、頼み事をしているらしいガジルの様子に、俺も黙って首を縦に振った。
しかし、コイツの目付きの悪さは何とかなんねぇのか。頼み事をしている奴の目じゃねぇっつの。

「…テメェなら、と思って、話すことにした。
話を聞いて、どうするかはテメェが決めろ。
ただし。
…中途半端な態度をとりやがるようなら、
今後一切、アイツの側には近づかせねぇ」

ガジルの瞳が、真剣な色を強くする。
俺もまた、もう一度、黙って頷いた。

しーん、と二人の間に沈黙が流れる。

「………」

「……。
……突発性難聴、って知ってるか?」

ガジルが、静かに話の口火を切った。

俺は、初めて聞く、その耳慣れない言葉に、怪訝な反応をガジルに返した。


「……ある日突然、片側の、まぁ稀に両耳のこともあるらしいが、片方の耳が、聞こえなくなる病気だ。
…ジュビアは、2年前、中2の終わり頃に、突然その病気になった」

突然の話に、大きく目を見開いてガジルを見た。

「…アイツは、それ以来、こっちの、左側の耳が、全く聞こえてねぇ」

ガジルが自分の左耳をトントンと叩きながらそう言った。

「…原因も、決定的な治療法も、きちんとはわかっていない、まぁ、難病の一つだ。
…国の、難病指定にもなってる。
早期に治療にかかると、1/3位の確率で治ることもあるらしいが、……アイツの場合、もう遅かった。

……その頃、アイツの家が、親父さんの浮気だかなんだかで、ぐちゃぐちゃに揉めてて。
アイツは、自分の耳の事を、誰にも言い出せなかった」

「……!」

「……最初に、気づいたのは、俺、だった。

アイツが、いくら話しかけても、怒鳴りつけても、なんも反応しねぇから、何かおかしいと思って問い詰めたら、……白状した。
もう発病から、2ヶ月近く経ってた」

ガジルは、その時の様子を思い出したのか、悔しそうにギリッと歯を噛み締めた。

「…なんで、もっと早く言わなかったんだって、問い詰めてみたが、アイツはただ首を横に振っただけだった。
お母さんを、これ以上泣かせたくなかったの。
…そう、言ってた。
病気が発覚して、アイツの両親も、慌ててジュビアを病院に連れて行ったが…、症状がかなりの重度だったのと、何より、もう、時間がたちすぎていて、治らなかった。
…だから、それから、ずっと、左側の耳は、全く聞こえてねぇ」

ガジルが声を少し落として、そう、言った。

「……片方がダメでも、もう片方あるからいいじゃねぇか、っていうような問題でもない。
俺も、アイツの世界がどんななのかと片耳を詰めて塞いで生活してみたが……。違和感と気分の悪さで、すぐに耐えられなくなった」
「………」
「……それだけじゃなくて、常に耳鳴りや、頭痛なんかもすごいらしい。…目眩も、たまにある。
治療のために飲んでる薬の副作用もキツい。
不眠になったり、身体が常にだるかったり、それから、免疫力もどんどん下げていく。
……アイツが、あんなに細くて華奢なのも、それも一因だ」

話を聞いて、込み上げてくる気持ちに我慢できずにぐっと拳を握りしめる。

……ジュビア。

「……耳が、聞こえてねぇ事を、アイツも誰にも言えなかった、から。
……やれ、無視された、だの、ちゃんと聞いてない、だの言われた事が原因で、…アイツは学校でもどんどん孤立していった。
無視されたり、ちょっとしたイジメにあったり…。
…まぁ、中学生の女子なんて、一番難しい時だしな」

「………」

「…それで、学校に、行きたがらなくなったのと、……あと、街は、音が氾濫していて、まだ発病したばかりで、とてつもなく頭がガンガンするって言って。
…静かな所の方が、いいって、中3の一学期に、母親と二人で、母親の実家のある田舎に、引っ越していった」

ガジルが、目を伏せて、そう言った。
何もしてやれなかった自分を、悔やむように。

「…今回、こっちに、戻ってきたのは…」

「………」

「……こっちの、聞こえてる方の耳も、あまり調子が良くなくて、その、治療のため…と。

…それから。
アイツ、子供の頃から、夢があって。
…看護師に、なりたいって。
でも、向こうじゃ、田舎すぎて、家から通える所にそういう学校もねぇから…。
ウチの高校だと、家からも通えるし、上に看護学部も付いてる。
……自分は、ハンデもあるし体力もないから、高3になってからじゃ遅いだろうって言って。
……進路の事を考えて、戻ってきた。」

「…看護師…」

俺が、ポツリとそう呟くと、

「……なれるかどうかは、わからねぇけどな。
そもそも、試験に受かったとしても、採用して貰えるかどうか……。
キツい職場、だし、耳が聞こえねぇと聴診器も、患者の声も、聞けねぇだろ?
…でも、頑張るんだって、そう言ってた」

ガジルの少しだけ悲しそうな声を聞いて、俺も胸が締め付けられるように痛くなった。
目の奥の方が、じんわりと熱くなってゆく。

「………。
……お前と、初めて会った時のこと、
嬉しそうに、話してたよ」

突然切り替わった話に、じっとガジルの方を見つめる。

「…突然出てきて、傘を貸してくれた、って。
もしかしたら、話しかけてくれてたのかもしれない。でも、ジュビアが無視したかもしれないのに、優しく、してくれた、って。
…そう言ってた。
…お前、ジュビアに、なんか声かけたか?」

ガジルの台詞に、黙って首を縦に振って頷いた。
…かけたよ、声。
でも、聞こえて、なかったんだな。
込み上げてくる感情が、もう言葉にならない。

「……雨の日は、特に、聞こえねぇんだ」

ガジルは、ボソッとそう言った。

「……図書館でも、アイツ、頑張って席を変わったって言ってた。
……お前が、座ったのが、左隣だったんだろ。
左から話しかけられても、何も聞こえねぇから。
…お前と、ちゃんと話がしたかったんだと、思う。
……左耳が聞こえなくなってから、色々あって、人と話すのに、ビクビクしてて、自分から、席を変わってまで話そうとした事なんてなかったんだ」

もう、瞳の奥が潤んでくるのを、とても止めることなんてできなかった。

その時の様子を思い出す。

……そうだ。
俺の事、覚えてる?って、聞いたんだ。
でも、何も答えなかった。
……答えられなかったんだな。
ちょっと困ったような、気まずい顔をして、それから、急に真面目な顔をして、立ち上がってた。

…話そうと、ちゃんと聞こうと、してくれてたんだ…。

それから、コイツが来て…。

その時の事をまた、思い出した。

「…お前、…あのとき、携帯で…」

「…あぁ、…あっちから声かけても、
…聞こえねぇから、アイツ。
特に、低い声や音は、ダメだ。
…お前や、俺の声なんかは、最悪だな」

ガジルが、そう言って、また目を伏せた。
だから、ジュビアを呼ぶのに、携帯を鳴らしたのか。
何も知らねぇで、下らねぇ焼きもちを焼いて、ジュビアとコイツに突っかかっていった事を思い出す。

「……水族館の日に、お前に怪我をさせたことも、……泣いて、悔やんでた。
…自分が、何も聞こえてなかったせいだ、って。
…こっち側で起こった事は、音だけじゃなくて、気配もほとんど掴めねぇんだ」

ガジルはそう言いながら、また、トントンと、自分の左耳を指で弾いた。

……そうだ、どうしておかしいと思わなかった?

あんなに大きな音がしてたんだ。
周りも、キャーと大騒ぎしていた。
俺たちよりも近い場所にいて、気付かない訳がなかった筈だ。
でも、俺に、抱きかかえられるまで、何も気付いてなかった。

だから、…あんなに、泣いたんだ。
自分のせいだといって、泣いてた。

「……アイツ、出来ねぇ事が、多いんだ」

ガジルが、少しだけ悲しそうにそう言った。

「…人混みに出るのは、ホントに辛いらしい。
音の渦で、頭がガンガンする中で、必死に人の話を聞かなきゃならねぇから…」

…わかる、気がした。
俺達だって、クソ煩せぇ中で、話を聞かなきゃならねぇのは苦痛だ。
ましてや、片耳で、頭痛と耳鳴りの中で、となると、それは本当にしんどい事なのだろう。

「…お前らに、水族館に誘われたって聞いて、
行けるのか、と思った。
でも、頑張るんだ、って。
1日だけでいいから、お前と、そういう思い出が、欲しいんだって、そう言ってた」

「……!」

「……後悔、してたけど、な。
やっぱり、やめればよかった。
グレイ先輩に、怪我までさせた、って」

もう、とても、我慢が出来なくなって、俺はガタンと立ち上がった。

ジュビアの所に、行きたい。

今すぐ、会いたい。

そんな俺の様子を見て、ガジルは、

「…座れ。話はまだ終わってねぇ」

じっと俺の目を見据えて、そう言った。
最後まで、黙って話を聞く、と、そう約束したことを思い出し、仕方なく、もう一度その場に腰かける。

ガジルは、ふぅと、1つ大きな息をついてから、ゆっくりと、また話を切り出した。


「…お前、アイツに、好きだって言ったんだろ?
付き合ってくれ、とも」

「あぁ、言った」

「…アイツと付き合うって事が、どういうことか、わかるか?」

「…どういう、ことって…」

ガジルは、またじっと俺を見た。

「…さっきも、言ったが。
ジュビアは、出来ない事が多い。

同じ病気でも、軽度の人なら日常生活にあまり支障はないとも聞くが…。
アイツの場合、とにかくかなりの重度だ。

…例えば、映画に行くのも、無理だ。
音が大きすぎて、頭が割れそうになるんだと。とても最後まではいられないらしい」

…そうだったんだ。
それを聞いて、自分のメールを思い出し、頭を打たれたような気持ちになる。
『映画でもどう?』
…何の気なしに、そう誘った。
返事が出来なくて、どれだけ、困った事だろう。

「…さっきも言ったが、人混みも、無理だ。
勿論だが、コンサートやライブに行くのも。

…それから、海や、プールも難しい。
…治療中は、泳ぐのはあんまり良くないらしい。…水の音も辛いと、言ってたな」

「………」

「……病気になる前は、水泳部だったんだ。
まるで、水と一体になって泳ぐジュビアをすげぇと何度も思った。
……もう、それも、今は見れねぇが」

プールで、鮮やかに泳ぐジュビアが、脳裏に浮かんで、それはそれは綺麗だろうと、思った。
そして、…もう、見れねぇ、と、少し目を伏せてそう言ったガジルの声は、何とも表現できない淋しい響きを含んでいた。

「…そもそも、ジュビアにとっては、学校生活を普通にこなすだけでも、…体力的に、キツいんだ。
週末は、家で…ぐったりしてることも多い」

「………」

「…所謂、普通のお付き合い、って奴は、まず出来ねぇと思った方がいい。
…だから、アイツはお前の気持ちに応える気がない。
お前に、自分はふさわしくないって、そう思ってる」

ガジルは、それこそが本題だと、言わんばかりに真剣な顔でそう言った。

「…ふさわしいとか、ふさわしくないとか、
そんなの関係ねぇ!」

俺は堪えきれずに、そう怒鳴った。

「……何、だよ。
そんなことで、この気持ちが、変わる訳ねぇだろ…!」

「…アイツにとっては、“そんなこと”じゃねぇんだよ。
…お前に、負担や迷惑をかけたくねぇ、って…」

「だから!
何で、それが迷惑になるんだよ…!
そんな訳ねぇだろ…!」

俺は、キッとガジルを睨み付けて、吐き出すようにそう言った。

ジュビア。

……ジュビア。

もう、わかったよ。

ジュビアの気持ちを考えるだけで、心が痛くてちぎれそうになる。

「…去年、向こうで、好きだって言ってきてくれた奴がいて…。
ジュビアも勇気を出して、そいつとつきあってみたが、結局は…うまく、いかなかった。
アイツが、耳の事を言ってなかった時には、すれ違いや誤解が多くて、揉めてばっかで…。
…だから、俺が、言ったんだ。
耳の事を言わねぇお前が悪い、って。
ちゃんと話して、わかってもらえ、って」

「………」

「…でも、ジュビアが、勇気を出して打ち明けたら、……それで、フラれて、終わった。
『ごめん、ちょっと、それは重い』
そう言われた、って、…言ってた」

ガジルは、グッと拳を握りしめて、悔しそうにそう言った。
俺も、唇を噛みしめて俯く。

「……俺が、余計な事を言ったから、アイツを余分に傷つけた。
でも、何より辛かったのは、アイツが、笑ってその話をしたことだった。
『……誰も、悪くないの。仕方ないことなの』
そう言って、静かに、笑ってた。
……泣いて、くれた方が、まだマシだった」

俺は、もう、俯いてしまった顔をあげることも、出来なかった。
目尻が滲むのを、こいつに見られたくなかった、から。

ガジルも、そのセリフを最後に、髪をぐしゃぐしゃと掻いて、フイと、横を向いたまま黙ってしまった。

俺と、コイツと、二人の間に、ただ静かに時間が流れていって、教室の時計の音だけが響いた。



「…もう、…いいか?」

先に、沈黙を破ったのは、俺の、方。

ガジルが、じっとこっちを覗きこむ。

「…もう、いいか?
ジュビアの所に、行っても」

ゆっくりと顔をあげて、静かに、ガジルを見据えて、そう言った。

お前が、どれだけの勇気で、この話を俺にしてくれたか、痛いほどわかったよ、ガジル。
お前が、今まで、どんな気持ちで、ジュビアの事を見守ってきたのかも。

だから、認めてほしい。

絶対に、傷つけねぇから。
もう、泣かせねぇって約束するから。
だから、俺に、ジュビアの所に、行かせてほしい。

言葉にならないこの気持ちを必死に込めて、じっとガジルを見つめる。

ガジルは、そんな俺の様子を、食い入るようにじっと見ていた。

それから、ゆっくりと視線を外して、
おもむろに、ガタン、と座っていた椅子から立ち上がる。

そして、

「…帰るわ」

ボソリと、一言、そう言った。

「ガジル?」

「………。
……お前の、態度次第では、アイツを待っててやんなきゃなんねぇかな、とも思ってたが。
…必要、なさそうだし。
帰るわ」

ガジルはそう言うと、脇に置いていた鞄をザッと肩にかけた。
そうして、「…じゃあな」と一言言うと、スタスタと扉の方に向かって歩いていった。

「あっ、おい…!」

俺が発したその呼び声にも、ガジルは、後ろ手にひらひらと手を振っただけだった。
そして、そのまま、振り向きもせずに教室から出ていった。

相変わらず、愛想もくそもねぇ野郎だ。
必要のないことは、ろくに話もしやがらねぇ。

だが、そんな奴だからこそ、こうして、長い長いジュビアの話をしてくれたことに、とんでもない深い意味があるんだ、と、そう思えた。

……認めて、くれたって、事だよな、ガジル。

グッと顔をあげて、立ち上がる。
そして、そのまま、図書館へ向かって走り出した。

委員の仕事が終わるまで、なんて、とても待っていられなかった。

…今すぐ。

今すぐ、会いたい。

会って、ちゃんと、話したい。

ジュビアーー。










***






後編へ。

続きます。