ことのは ⑫
グレジュビ短編。『ことのは』シリーズ ⑫
久しぶりに、ことのは、書きました。
お付き合い直前な感じの2人。
自覚はしてるけど、告白なんて今更どうやってすんだよ、なグレイ様。
ではでは。
*
「あぁ~。そっちに行ってはダメです~!
ロキさん、捕まえて~」
ギルドの中に、ジュビアがバタバタと走り回りながら叫んでいる声が響く。
そして、そのジュビアの前方には、キャラキャラと笑いながらこれまたギルド中を走り回っている小悪魔が1人。
その小悪魔は椅子からテーブルに飛び移ったかと思うと、今度はそのテーブルに積み上げられている果物の山に頭を突っ込んだ。
ミラジェーンが、スイーツとジュース用にと大量に仕込んであったその果物の山が、その衝撃でバラバラと崩れ落ちそうになる。
ジュビアが「あっ」と声をあげて、手を差し伸べようとした、その直前に。
ロキが、すっとその元凶を抱き上げた。
「こら、大人しくしてないと、ジュビアが困るだろ?」
ニッコリと笑ってそう言ったロキの腕の中には、翠の髪を揺らした小さな男の子が、ちょこんと抱かれている。
慌ててパタパタとやってきたジュビアが、ほっと胸を撫で下ろしたような笑顔で、ロキに向かって微笑んだ。
「ありがとうございます。ロキさん」
「いやいや、ジュビアに迷惑をかけてるのは僕だしね。
ほんとにごめんよ」
「いいえ。ジュビアも楽しいですから」
そう言ってフワリと微笑んだジュビアにロキも穏やかな笑みを返す。
すると、ロキに抱き上げられたソイツが、ジュビアに向かって手を伸ばした。
ジュビアは愛しそうに微笑みながら、ロキからそのガキを受け取ると。
ふふっ、と微笑みながら優しくギュッとソレを抱きしめた。
そんな二人の様子を、温かい笑みで見つめるロキ。
そしてロキは、ジュビアに抱かれているそのガキの頭をそっと撫でてやっている。
「ほんと、微笑ましいわよねぇ」
「ね、親子みたい」
カウンターの中からそう呟いたミラジェーンに、カナもそう答える。
確かに微笑ましい。
まるで、新婚夫婦が如く、だ。
そう考えるだけで、胸の奥の方からムカムカとどうしようもない感情が舞い上がってくるが、それはともかくとして。
「ね?グレイも、そう思わない?」
ミラジェーンが、ニッコリと笑ってグレイにそう尋ねてきた。
顔に満面の笑みを、そう、あの天使の微笑みを貼り付けて。
そのミラの台詞に、だいたい、オレにそれを聞くってどうなんだ、とグレイは心の中で毒づいてみる。
「……あ?
…まぁ、微笑ましいんじゃ、ねぇの?」
「だよねぇ!
ホント、ジュビアってああいうとこ、甲斐甲斐しくてさ~。いいお嫁さん、いいお母さんになること間違いなしっていうかさぁ~」
ミラに対してしぶしぶ返したグレイの言葉に、今度はカナがニヤニヤと笑いながらそう言葉を被せてきた。
……おまえに向かって返事したんじゃねぇっつの。
つか、この話題そのものが大層面白くない。
グレイは、カナには一言も答えることなく、目の前のパスタを食い切ることに専念することにした。まだ皿に半分近く残ったパスタを見つめて、さっさとこの場所から戦線離脱するに限る、と心に誓う。
「ライムくん、さぁ、あっちで一緒にご飯、食べましょうね」
「うん!」
「あ、じゃあ、僕が運んでくるよ。
ジュビアとライムは、先に座ってて」
向こうのテーブルからは、ジュビアとライム、そしてロキのそんな会話が繰り広げられているのが聴こえてくる。
そう。
別に聞きたい訳ではない。
聴こえてくるのだ、黙っていても。
「ライザくん、今日はちゃんとお野菜も食べるんですよ?」
「やさい、きらい。食べない」
「ふふっ、大丈夫!ライムくんもきっと気に入るように、ジュビアが美味し〜く作ってあげました」
「……美味しく?」
「はい!試しに一口、食べてみましょうね」
「………」
「おっ、エラいじゃん、ライム。
頑張れるの?」
ロキがクシャクシャと頭を撫でてやると、そのガキはジュビアとロキの顔を交互に見つめたそのあとで。
小さくコクン、と頷いてみせた。
そのライザの様子に、ジュビアが本当に愛しそうに微笑む。
ーー最近。
そう、最近、自分の心の中は、非常に、穏やかでない。
この状況が致し方ないものだという事も、誰が悪いわけでもないという事も、充分すぎるほどにわかってはいるが、しかし、面白くないないものは面白くない。
この状況が、ギルドに巻き起こったのは5日前、の事だった。
ロキが突然、一人の小さな男のガキを連れてギルドにやってきたのだ。
金色と青と足して2で割ったような翠の髪をしたそのガキ、ライム(4歳)はグズグズと泣きながら不安げにロキに抱きついていた。
「どうしたんだよ?ソレ」
すわ、いよいよ失敗してまさかのガキが出来たのか!? いや、それ以前にそもそも人間と星霊との間に子供って出来るんだっけ?
と、心配して怖々とロキに聞いてみると。
ロキは苦笑しながら、知り合いの女性から預かっているのだ、と言う。(知り合いって、おまえソレ彼女の一人だろ!というツッコミは敢えてしないでおいた)
なんでもその女性は、旦那と死別して一人でこの子を育てているのだが、病気で10日ほど入院しなくてはならなくなってしまったらしい。いつも頼っている友人達も仕事で都合がつかず、ライムの事をどうしようかと困っていたら、ヒョイと彼女の元にロキが顔を出した。(ロキが以前、素敵な未亡人と恋をしていると言っていたのは、きっと彼女の事なのだろう)
彼女に頼まれ、困っている様子を放っておけなかったロキは、退院するまでのしばらくの間、その子供、ライムを預かってやる事にしたらしいのだが。
預かったはいいものの、何しろライムが泣いてばかりで、飯を食わせるのも一苦労だったらしく、困ったロキはギルドの女性陣に助けを求めるべく、ライムを抱いてギルドにやってきたのだ。
「ほぅー。それは大変だな。
よし、私も協力しよう。
さぁ、おいで」
エルザがそう言って手を差し伸べた時も、ライムはビクッとして不安げにロキを見ていた。
まぁ、当然だよな、と思う。
初めて会った人間にいきなり懐け、といっても、それは無理があるというものだ。
その後、ミラにリサーナ、そしてカナやルーシィも優しくライザに声をかけてみたが、ライムはやっぱりもじもじとしていて、上手く皆に手を伸ばす事が出来ないみたいだった。
しかし。
「……可哀相に。ママと離れて不安なんですよね」
ジュビアがそう言って、ライムの小さな手をそっと握ってやった時だけ。
ライムはパッと顔を上げてジュビアを見たかと思うと、瞳にジワッと涙を溜めながら、ジュビアに向かっておずおずと両手を伸ばした。
「おぉ、ジュビア、いけるんじゃないか?」
エルザのその声に後押しされてジュビアがそっとライムに手を伸ばすと、ライムは少し躊躇いがちにジュビアを腕の中にやって来て、それからギュゥゥとジュビアにしがみついてきた。
「あぁ、やっぱり。
ジュビアならもしかしたら、と思ったんだ。
リーラ、この子のママに雰囲気が似ているからね」
ロキはその様子を見て満足げにそう言った。
なんでも、件のその未亡人彼女とやらは、青い髪でジュビアによく似た雰囲気の女性だと言う。
「頼む!
ジュビア、しばらくの間、この子の世話を手伝って!」
ロキにそう泣きつかれ、そしてジュビア自身もおそらく放っておく事が出来なかったのだろう、「いいですよ」とにこやかに笑って、ジュビアはライムの世話役を引き受けた。
それからというもの、ライムはジュビアにべったりで、どこに行くにも離れようとしない。朝から晩まで、それはもう四六時中。
夜、寮に戻ろうにも、ライムがジュビアと離れると泣いてしまうため、それすらもままならない。おかげでジュビアは、なんとかライムを寝かしつけてからこっそりとギルドを出て、また翌日朝早く、ライムが目覚める前ギルドに戻ってくる、という生活を繰り返していた。
(ロキは星霊界に戻ってからは元の自分の部屋は解約してしまったので、こちらの世界にいる時は基本女のところか、俺のところか、ギルドで寝泊りしている。今は、ライムと2人、ギルドの客室を使っているのだ)
そうこうするうちに、さすがは子供、順応性はあるようで、数日が経つうちにライムはすっかりギルドにも馴染んで、日々子供らしく走り回って元気に遊ぶようになった。
それでもやはりジュビアにべったりなのは変わらないが。
必然的にライムの世話のため、ロキとジュビアがいつも一緒にいて、まるで新婚家庭であるかのようにライムを挟んでやり取りしている。
……わかってるし。
別に、これが一時的なものだってことも。
ロキにも、ジュビアにも、 別にお互いにそういう感情があるわけでもないことも。
わかってる、重々承知、全世界の共通認識だ。そうである、はずだ。
日々、そう言い聞かせているものの、
しかし、心の中にはもう、どんどんとムカムカする気持ちが溜まってくる。
ギルド内不快指数は、増してゆくばかりだ。
ーージュビアが、オレを、呼ばない。
オレのところに、全然、寄ってこない。
いつ見てもロキと一緒に、ベタベタと新婚ごっこで、溢れるような笑顔で、ロキとライムに向かって微笑む。
……ジュビアが、ライムを抱きしめる。
そのジュビアを、優しくロキが見つめるーー。
「グレイ、顔」
ミラが、カウンターの中からクスッと笑いながら、グレイに向かってそう言った。
「……あ?」
「このへん。皺が寄ってるわよ?」
ミラは、そう言って自分の眉間をそっと指さすと、何かを含むような顔でクスリと笑った。その目が、彼女が楽しい玩具を見つけた時の目に似ているように見えて、グレイたしてはとんでもなくおもしろくない。
……というか。危ない。
顔には出さねぇように、って、あれほど気をつけてたはずなのに。
無意識の産物って怖い、とグレイは思う。
「まったく、そんな顔するくらいなら、さっさと言えばいいのに。ヘタレ目はこれだから」
2つ隣の席から、カナがまるで蔑むような視線でチラリとグレイを見てそう言った。
「ヘタレ目ってなんだよ!」
「は?ヘタレのタレ目ってことだけど?
あれ?自覚ないの?」
カナは、容赦ない。
ピシャリと即答でそう返してきやがる。
「ジュビアも、大変だね」
そうして、ハァ、と大袈裟にため息をついて、また酒を煽り出した。
うるせぇな。わかってるっつの。
オレ、オレだって、こう、アレというか、つまり色々あるだろ。
グレイはまた、再度心の中でウダウダと自分への言い訳を繰り返してみた。
そう。最近は。
最近は、一応グレイなりに、ジュビアに対して気持ちを出すように努力しているつもりである。ちゃんと迎えにいく、とあの時一応心にも誓ったのだ。しかし、それが、一向に彼女に伝わっている気配はない。
なんというか、素晴らしき空振りの連続というか、踏み出せないグレイも悪いが、そもそもジュビア自身にも全くグレイの話に耳を傾ける姿勢がないのも一因である(はずだ)。
そんなグレイの思考を読んだのか否か、隣の隣の席からカナがしらっとした目でこちらを見つめてきた。
仕方ないので、なんだよ、という気持ちを込めて、平たい目をしているカナに視線を向ける。
するとカナは、グレイを見て、フッとまるで馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「まぁ、あれだ。
わざわざジュビアのために買ってきたおみやげのブレスレットを、『貰ったけど要らねぇからやる』なんて言ってる時点でアウトだけどね」
「……なっ!?」
な、なななんで知ってやがる!?
あの時傍には誰もいなかった筈なのに!
グレイは焦って口に含んでいたパスタを吹き出しそうになった。
「この際、はっきり言わせてもらうけど。いつまでもそんなだから、ジュビアにも本気で相手にしてもらえないんだよ」
「………」
「……その時点で。
アンタに、あの未来は、来ない」
そう言ってカナは、再度、上から見下ろすようにフッと笑うと、向こうのテーブルにいるジュビアとロキとライムを指さした。
カナの指の先にある、幸せそうな家族の光景。
……くそ、ただでさえ見たくもねぇその光景なのに、こんな付属品の精神波状攻撃までついてきやがる。
グレイはなんとか平常心を保つべく、すっとそこから視線を外して、ただ無心に目の前のパスタをたいらげる事に集中した。
そんなグレイの様子に、カナはまた大きくため息をついたが、今度はもう何も言わなかった。
あぁ、もう、駄目だ。
いろいろ、いろいろ。
言いたい事が喉元までせり上がってきて、今にも飛び出しそうになる。
ジュビア。
おまえ、そんな顔して、オレ以外のやつに笑うのかよ。
オレ以外の奴の名前なんて呼ばなくていい。
おまえは、オレだけ見てればいい。
ずっとグレイ様グレイ様つって、オレだけに引っ付いてればそれでいい。
彼女を手に入れるための、たった一つの『その言葉』。
言いたくても、言えないその台詞。
もう、今更どうやって言えばいいのかわからないそれが、頭の中でこだまする。
毎日毎日、心の中のいろんな風船がムクムクと膨らんでいって、もう破裂寸前なことは間違いない。
そろそろ限界が近いことをひしひしと感じながら。
ミラジェーンに一言「ごちそうさま」と告げて、グレイはそのカウンターの席を後にしたーー。
〈続 or 了〉
【後書き】
動き出す直前な、グレイ様。
私の中のグレイ様は、自覚するまで時間がかかって、
その後動き出すまでにも、うだうだとかかって、
でも、いざ動いた後は、独占欲爆発で我慢もきかないタイプ、ですかね。