glazed frost

FTのグレジュビ、OPのサンナミをこよなく愛するブログ。

嘘つきな男【前編】

るろうに剣心の、蒼紫×操。

明治を舞台にしたパロディになっております。

大店の息子×華族令嬢。

原作をご存知ない方でも、読んで頂けると思います。

ではでは。



一応、ご存知ない方のために、主役二人の原作でのキャラの説明だけ入れておきますね。
知ってるし、と言う方や、それはなくて大丈夫、と言う方は、どうぞスルーして、お話へどうぞ。o(^▽^)o

四乃森蒼紫(しのもり あおし)
http://dic.pixiv.net/a/%E5%9B%9B%E4%B9%83%E6%A3%AE%E8%92%BC%E7%B4%AB
26歳、身長182cmの美青年。
江戸城において警護を務めた隠密御庭番衆 最後の御頭。
15歳にしてその座を継いだ天才隠密。 
作中屈指の美形キャラであるが、絵にかいたような硬派な人物で、人間味に溢れ、情に厚い。
人望も厚く、冷静で無口ながらもカリスマ性があり、仲間からの信頼は絶大。 
維新後、明治政府は蒼紫だけに要職を用意したが、蒼紫は放り出される部下達を見捨てられず職を蹴った。 
その後は、仲間達を連れ、戦いの場を求め、明治を生き抜くこととなる。
雇い主の裏切りにあい、部下達が自分を庇って死んだことで、心を失ってしまい、以後、死んだ部下の墓前に最強の二文字を添える為に修羅と化す。 
しかし、剣心との死闘の中、剣心の説得や操の涙によって、葛藤の末、本来の御庭番衆御頭・四乃森蒼紫としての誇りと自分を取り戻し、操の待つ葵屋に戻る。 
その後、表向きは京都料亭葵屋の亭主として、裏では元隠密御庭番衆お頭としての諜報活動は続け、剣心のよき理解者、協力者となっている。 

巻町 操(まきまち みさお)
http://dic.pixiv.net/a/%E5%B7%BB%E7%94%BA%E6%93%8D
16歳、149cm。
蒼紫に恋する、お転婆で感情豊かな少女。御庭番衆先代御頭(蒼紫の師匠)の孫娘。
蒼紫やその部下達が世話役をしており、維新後もしばらくは一緒に旅をしていたが、流浪の旅ではなく普通の幸せを掴んで欲しいと願った蒼紫に、京都葵屋(京都御庭番衆)の翁に預けられた。
その後、自分を置いていった蒼紫や仲間達に会いたくて、何度も一人、旅に出る。その中で、剣心たちと出会う。
蒼紫が、心と誇りをなくし、同胞である翁や葵屋の仲間達にも剣を向けた事で、一時は大きく傷付き、蒼紫への想いを捨て切ろうとするが、剣心の『元の蒼紫を連れて帰る』という一言に涙し、信じて待つことに。
その後、心を取り戻し葵屋に戻った蒼紫と、共に暮らす。

年齢差、体格差の萌えを満たす、素敵なカップルです♡


お話は、パロディなので、
原作設定ではないですが…(๑•∀•๑)

では。




〜嘘つきな男【前編】





「……こんなところに居たのか。」

きっと、探しになんか来ないー。
ずっと大切に温めてきた私の気持ちなんて、なんにも判ってない。
今のあの人が欲しいのは、興味があるのは、
私自身なんかじゃないんだから。

そう思って咄嗟に逃げ出して、隠れた場所だったのに。

ほんの少しだけ息を切らせた彼は、すぐさま私の居場所を発見してしまった。


「……どうして?」

「どうして、だと?
…随分と、みくびられたものだな、俺も。」

大きな大きな庭園の一角。

生い茂る木々の間のほんの小さな窪み、懐かしいこの場所に裸足でしゃがみこむ私を見つけた彼は、ひょい、と、まるで小さな猫や犬を抱き上げるかのように、私を抱き上げた。

そして、じっと、土の付いた私の足元や服を、見つめて。

「……そんなに、あの靴が嫌か?」

「………。」

「あの、ドレスも、靴も、おまえのために誂えた物だったのだがな。」

「………。」

「それとも。

……そんなに、俺が嫌か?」


睨みつけるように、じっと、私を見つめて。

蒼紫様は、苦々しく、そう言った。







「離して…!」

腕の中で暴れる私の行動をいとも容易く封じて、蒼紫様はどんどんと屋敷の中を歩いていく。

「…っ、降ろしてよ…!
自分で、歩けるんだから!」

「……降ろしたら、逃げるだろう?」

「…逃、げない、もんっ」

「暴れるな。」


素足の私を抱き上げ、静かな瞳で蒼紫様はじっと私を見つめてきた。

その面差しは、じっと見つめられるとまるで目を逸らしたくなるぐらいに整っていて。

すらりとした涼やかな瞳に、形の良い唇。
そして、すっと高く整った鼻梁。
俗にいう本当に美しい面差しな彼は、その顔に相応しく、長身で引き締まった体躯をしていて。まるで、錦絵にでてくる男性のように、その全てが人の目を惹く美丈夫だった。

なぜ、こんな所で、私は蒼紫様に抱き上げられているのだろう。

お母様が亡くなってから、どんどんと荒んでいったお父様は、酒と事業の失敗を重ねに重ねて。
いつの間にか、うちの、巻町家の借金は、どうしようもないほどに膨らんでいた。
その、家の借金の肩代わりに、親子以上に歳の離れた銀行家との結婚が、決まっていたはずだった、のに。

なのに、いつの間にかその話が、その人とは別の豪商との婚姻の話となったと言われ。
家のために断れるはずのないその結婚の申し込みを仕方なく受けたら、結婚相手として私の目の前に立っていたのはー。

……私が、幼い頃から憧れ、慕っていた、蒼紫様その人だった。


「……操。」

腕の中に私を閉じ込めたまま、蒼紫様が優しく、私の名前を呼ぶ。

やめて。
そんな風に、優しい声で、私を呼ばないで。
勘違い、しそうになって…怖い。

「……何が、不満だ?」

蒼紫様は、ほとほと困ったとでも言わんばかりに、小さく溜息をついてそう尋ねてきた。

「あの靴も、あのドレスも。
…今日のために、買ったものだ。
気に、いらなかったか?」

「…っ、違う!そんなんじゃ、ない…!」

「じゃあ、何だ?」

静かに私を見つめてくる蒼紫様の目を見て、くっと唇を噛み締める。

「……どうして、わかったの?
私が、あそこに居るって。」

「…どうして、だろうな。」

「答えに、なってない!」

またしても、ちゃんと答えてはくれなかった。
いつもいつも、そう。
肝心な事は、はぐらかしてばかり。

「……操、今日は、何の日だ?」

「……っ、」

「…何の日だ?」

腕の中で暴れる私に反比例するかのように、蒼紫様の問い詰める声はどこまでも静かで。
駄々を捏ねる私を、まるで子供だと呆れているようにも聴こえた。

「……。
婚約、披露の、日…。」
「誰の?」
「……っ、蒼紫様の!」
「……俺だけでは、ないだろう?
俺と、…それから?」

蒼紫様は、私を横抱きに抱えたまま、私の部屋の扉の前で立ち止まって、じっと私を見つめた。
その蒼紫様の瞳と、廊下に香る白檀の香りが、
私の心を突き刺す。

「……蒼紫様と、……私の。」

「わかってるなら、いい。」

彼は私を見つめて、溜息をついて、そう言った。

「なら、着替えろ。
用意した靴やドレスが気に入らないなら、他の何でもいい。」
「蒼紫様…!」
「…もう、披露会に招待したお客さまも待たせている。
我儘なかくれんぼは終わりだ。」
「……っ、」
「……とにかく、着替えて顔を出してもらう。
四乃森家当主の、……婚約披露だ。」

蒼紫様はそう言うと、何かを切望するような苦しげな表情をしたかと思うと。

「…もう、おまえに拒否権は、ない。」


「……おまえが、どんなに、嫌でも。
逃がすつもりは、ない。」


少しだけ、ぐっ、と私を抱く腕に力を込めて、そう言った。

違う。
そうじゃない。
嫌だから、逃げ出したのではない。
靴が嫌だった訳でも、ドレスが嫌だった訳でもない。

……好き、だから。

蒼紫様が、好きだから、逃げ出しただけ。

だって、聞いてしまったから。

『あんな落ちぶれた、貧相な小娘と結婚だなんて。
……そんなに、華族の名前が欲しいの?
卑しい女の息子が考えそうなことね。』
『大奥様! 蒼紫様はそのような…』
『いい。般若。』
『蒼紫様!』

『…そうですね。』

一週間前の、蒼紫様の言葉が、頭の中を舞う。

『……お義母さんのおっしゃるところの、あんな貧相な小娘とやらにも、伯爵家の名前は付いてますよ。
それで、ご満足いただけるのでは?』

『とにかく、この結婚は俺が決めたことです。
他人様に、華族の名前が欲しいと思われるなら思われるで結構。
お義母さんも、口出し無用に願います。』

冷たく響いたあの言葉達に。
それまでの、私の大事な大事な蒼紫様への想いを踏み躙られたような気がした。

……好きだった。
ずっと、ずっと。

たった独りで、それでも必死に真っ直ぐに歩んでゆく蒼紫様の心を照らす、僅かな光になりたいと。
ずっと、そう願っていた。

でも、彼が望んだのは、私の中に流れる華族の血と名前だったの?
こんな、明日の生活も成り立たずに娘を売るしかなくなるような、そんな没落華族の伯爵の名前になんて、何の価値があるのだろう。

『逃がすつもりはない。』

そう言った蒼紫様の言葉に、ドキドキするなんて、馬鹿みたい。
だって、彼は私ではなく。
私の身体に生まれつき付いている名札が。
華族の称号が欲しいのだから。

財産も教養も、美貌も痩躯も、すべてを兼ね備えた人。
彼が持つものの中で欠けているのは、たった一つ。
上流階級の血筋だけだ。

だから。
こうして、簡単に手に入れたのだ。
借金の肩代わりをすることで、この、伯爵家の名札を。




バタン、と、大きく扉を開けて、私を抱き上げたままに
蒼紫様が部屋に入ってゆくと。

「…あぁ…!操様!」
「見つかったのですね…!
…よかった…っ」

般若くんと、お増さんの、心底ほっとしたような声が響いた。

「……ごめん、なさい。」

何も言わずに部屋を飛び出して逃げ出して。
二人をとても、心配させてしまったことは謝らねばならない。

「無事に見つかって、よろしゅうございました…!」
「増髪。
操の用意を頼む。」
「…あぁ、はい。
そうですね。もうあまり時間が…。
きちんとお支度せねば…。」
「般若。
俺は、一足先に会場へ行って、あいつらの機嫌を取っておく。
これ以上、煩い奴らにどうのこうのと難癖を付けられるのは御免だ。」

蒼紫様は、ふぅーっと、大きく溜息をついて、そう言うと。

「……用意が出来たら、操を連れてきてくれ。」

そう般若くんに告げて、大股に部屋を横切って、静かにここから出ていった。

そんな蒼紫様の様子に、結局ますますしゅんとして落ち込んでしまう自分がいる。

一週間前のあの話を偶然聞いてしまったから。
こんな状態のまま蒼紫様との婚約披露になんか出たくなくて逃げ出してはみたけれど、ただ蒼紫様の手を煩わせて、そしてあんな大きな溜息をつかせる程には呆れさせてしまった。

馬鹿みたい。
どんなに抗っても、結局は私には選択権なんか残ってないのに。
どういう意味であれ理由であれ、借財でどうにもならなくなった私の家を、蒼紫様が助けてくれたのは事実だ。

『俺が、これからずっと、操を守ってやるから。』

幼い頃に蒼紫様から貰ったこんな言葉を後生大事に温めてきた。
でも、買い手として突然目の前に現れた蒼紫様に、その言葉を裏切られたような気がして、心が何かに突き刺されたように泣きたくなった。
ずっと好きだった蒼紫様との突然の婚姻に、気持ちが、心が、ついていかなくて。
もしかしたら。
もしかしたら、あの時の言葉の通りに、私を助けてくれたのだろうか、と、僅かな期待を抱いたりもした。
……そして、蒼紫様の言葉に現実を突き付けられて、勝手に傷付くなんて、自分でも滑稽過ぎて、可笑しくなってくる。

お増さんが、そっと手を引いて私を鏡台に座らせてくれた。

「……私達にとっても、待ちに待った、蒼紫様と操様の、ご婚約の日ですよ。綺麗にお支度させてくださいませね。」

お増さんが、そう言って、優しく髪を梳いてくれる。
私は、泣き出したいのをなんとか堪えて、
ぎこちなく笑ってから、小さく頷くことしか出来なかった。







キラキラと眩く輝く豪華な客間には、
たくさんの、これまた煌びやかな衣装を纏った多くの客人が集っていた。

そこは、豪華で上品な佇まいと共に、見栄や権謀も渦巻く世界で。
何年経っても、魅力を感じることなどない世界。

俺がここで、この虚構と愛憎の織り成す世界で生活するようになって。
もう、12年になる。

父は、葵屋という由緒正しい大店の跡取りで、俺がまだ幼い頃にその豪跡を祖父から受け継ぎ、この進化著しい明治の時代を生き抜いて、葵屋を押しも押されぬ天下の大豪商にまで育て上げた。
そして。
五年前、俺が21になった年に、その父も他界し。
庶子ながら、父の遺言によりその席を継いだ俺も、葵屋を大きく発展させる事にこの数年を休む間もなく費やした。
そして、葵屋は世間に『今や全ての風は葵屋に向かって吹く』と言われるほどにまで成長した。





『おにいちゃん、……ないてるの?』

12年前。
辛さと悔しさにただ唇を噛み締めながら1人、ここでの闘いが始まった、あの頃。

初めて、操と出会った。

俺が14で、操はまだ4つだった。

『…泣いてなどいない。あっちに行け。』

そう吐き捨てるように言った俺の言葉に、操は一瞬ビクッとして。
でも、それでも怖かっただろうにおずおずと、俺の元に近づいてきた。
そして、そっと俺の袖口を掴んだと思うと。

『…ないたら、だめなの。
ないたら、もっとかなしくなるし、いいこじゃなくなるの。
だから、みさおはなかないの。』

ギュゥゥ、と力一杯俺の手首にしがみついたと思ったら、言葉とは裏腹に操の瞳にはいっぱいの涙が浮かんでいた。

『……どうした?』

どうにも仕方なくて、そう尋ねてみても、操はふるふると首を横に振るばかりで、何も答えようとしない。

『……誰にも、言わないから。
黙っててやるから、言ってみろ。』

そう言うと操は、
唇を噛み締めた後で、じっと俺を見つめて。

『……かあさまが、てんごくにいったの。』

ぽそり、と一言、そう呟いた。

その一言で、俺は、あぁ…といろんな事を納得した。
そうか。では、この子は、巻町伯爵の…。

先日、父方の親戚筋の、巻町伯爵の奥方が亡くなった。
その49日の法要に参列するしないで、俺が酷い罵声を浴びたのが、先程のことだ。

『卑しい女の息子なんかに、伯爵家の敷居を跨がせることは出来ません。』

そう、義母に蔑まれ、あろうことか今日は、死んだ実母の事までもひどく悪しざまに罵られた。
自分の事は、いい。
何を言われても耐えられる。
それが、亡くなった母への誓いだったから。

恋仲だった父と母は、当時の葵屋当主であった祖父に反対され一緒になることは出来なかった。
母は、祖父からの手切れ金は一切受け取らず、黙って父の元から身を引いて。
そうして、別れてから俺が自分のお腹にいることを知った。
誰にも頼らず、独りでひたすらに頑張って俺を育ててくれた母は、日頃の無理がたたって、俺が14になる直前に肺炎をこじらせて、あっけなくこの世を去った。
自分は病院にかかることもせず、僅かな稼ぎの殆どを俺の学費に費やし、生き急ぐようにその人生を終わらせた。

亡くなる数年前に、実は父は、母と俺の事を探し出していて、何度も何度も、援助と復縁を申し出ていたらしいが、母は頑なにそれを固辞していたらしかった。
維新で没落したとはいえ、武家の娘であった母は、凛とした上品な女性で、清々しいほどにきっぱりとした誠実な人であったから。
既に、親に薦められた他の女性と結婚していた父の元に戻る気はない、と、はっきりと父に告げていたらしい。
俺はそのことを、亡くなる直前に初めて、母から聞いた。

母としても、仕方なく、だったのだろう。
1人残る俺の行く末を心配して、自分が亡くなった後は父の元にいくように、と遺言をのこして母は天へと旅立って逝った。
決して、葵屋の迷惑になってはならぬ、と。
あちらに行ったら、向こうの義母上を敬い、大切にするのですよ、と、そう言って。

父は、母の訃報を聞いて、すぐに俺の元へとやってきた。

そして、涙ながらに『今まで何もしてやれなくてすまなかった。』と謝って、俺を四乃森家へ引き取ってくれた。

しかし、引き取られた四乃森家では、義母を筆頭に、義弟や義妹達も、突然現れた庶子である俺の事をまるで汚い物でも見るかのように扱った。
蔑まれたり、貶められたり、そんな事は日常茶飯事だった。
滅多に家に戻らない父だけが、居る時は密かに俺の事を可愛がってくれたが。
父と正妻である義母との間はもう冷えきっていて、父にとって本当に愛した女は母だけだったのだろうとは感じられたが、母が死んでしまった今となってはそんなことはもうどうにもならなかった。

そんな砂を噛むような四乃森家での毎日の中で。
自分に対する、家の者の酷い態度には耐えられても、
『四乃森の義母を敬え』と、そう言い残して逝った母への罵声には、いつもどうしても我慢できなかった。
悔しくて、でも、一言も言い返せないままに、何かある度にここに来て、1人歯を食いしばって耐えていた。

今日もそうして、独りで佇んでいたら。
そこに、ふらりと、突然操はやってきたのだ。

『……ないたら、だめなの。
いいこにしてたら、みさおもてんごくにいけるの。
そしたら、またかあさまにあえるの。
だから、みさおは、なかないの。』

瞳には大粒の涙を湛えながらも、必死でそれを我慢して、操はそう言った。

誰かに何かを吹き込まれたのか、いい子にしてたら、また母に会える、と、そう信じて、頑なに泣くまいとしているようだった。

……会えない。会えるものか。
どんなに、願ったって、死んだ人間には二度と会うことなんて、出来ない。もう、母と二人、貧しくとも幸せだった頃には戻れない。

自分の中に湧いてきた醜い混沌とした感情が、渦を巻くように喉元に上がってきて。

気がついたら、操に向かって、

『……おまえは、知らないだろうが。
死んだ奴には二度と会えない。』

そう、口走っていた。

こんな小さな子供相手に、わざと傷つけるような台詞を吐くなんて。
自分でも自分の心の醜さが嫌になった。
いつから自分は、こんなに刺々しい人間になり果てたのだろう。

すると操は、
そんな俺をじっと、凝視するように見つめた後で。

掴んでいた俺の手首をさらにギュゥゥと握りしめて、

『……おにいちゃんも、だれかとあえないの?
みさおと、おんなじ?』

目にいっぱいの涙をためながら、気遣うようにそう訊いてきた。
自分が傷付けられたのに、その小さな手も、その震える声も、精一杯に俺をいたわろうとしているのが伝わってくる。

こんなに、小さいのに。
自分の痛みよりも、他人を思いやれるのか、…この子は。

その、操の言葉を聞いた瞬間に。

胸の奥の方に、暖かな小さな光が灯るのを感じた。
その優しい灯火は、じんわりと、この荒んだ心の中に拡がっていって。

そして、自分でも全くの無意識のうちに。
自分の眦から、ぽろりと、小さな雫が流れるのを感じた。

それが、ここに来て、俺が初めて流した、涙だった。

『……おにいちゃんも、さみしいの?』

『……っ…』

『……じゃあ! みさおが、いっしょにいてあげる。
だから、ないたらだめなの…!』

突然に涙をこぼし始めた俺に向かって、操はどこまでも必死に俺を慰めようとしてくれた。
自分だって、辛いはずなのに。
本当は、母が居なくなって、わぁわぁと泣きたいのをじっと、我慢しているくせに。
それでも、この子は、こんなに強い。こんなに、優しい。

そう、思ったら、
もうどうしても、自分も操を慰めてやりたくなった。
自分も、この子の支えになってやりたい。
守ってやりたい。

『……おまえ、操って、いうのか?』

そう尋ねると、操は、じっと俺を見つめたまま、こくん、と頷いた。

『…そうか。俺は、蒼紫、という。』

『…あおし、さま?』

舌っ足らずな片言の言葉で、操の声が俺の名を紡ぐ。

それだけで、心が、温かなもので満たされる気がした。

『…操…』

そっと、操の手を引いて、優しく抱き上げた。

『…操も、泣きたかったら、泣いていい。
大丈夫だから。』
『………』
『そうして、泣きたいだけ、泣いたら。
……一緒に笑おう。
俺が、これからずっと、操を守ってやるから。』

俺の、その台詞を、操は解っているのかいないのかよくわからない表情でじっと聞いていたが。

しばらくして
『…あおし、さま』
ぼそりとそう一言呟いたと思うと、俺の首筋にギュゥゥと抱きついて、ポロポロと涙を零しはじめた。

……あぁ、伝わったのだ、と思った。
操は、賢い子供だった。

死んだ母様とはもう会えないのだ、ということが。
そして、操が俺を照らしてくれたように、
俺も操をずっと守りたいと、操を包む存在でありたいと願っていることが。

その日、操は泣き疲れて眠ってしまうまで、ずっと俺の腕の中で、俺にしがみついていた。

後になって、義母からは、操をどこに連れ回していたのかととんでもなく叱られ、罵倒された。
巻町伯爵家の令嬢にその卑しい手で触れたのかと。
その後、丸一日、納戸に籠められ食事もろくに与えて貰えなかったが、それでも俺の心は満たされていた。

操と出会い、あの小さな心を守ってやりたいと思った。

それだけで、自分がここに来た意味があったのだ、と思えた。


それからは。

乾いた砂漠のような四乃森家での生活の中、

親戚の集まりに、巻町伯爵が年に数回操を連れてくるその時だけが、俺にとって唯一の心の安らぎの時となった。

腫れ物に触るように俺を扱う皆の中で。

操だけが、いつも満面の笑みで俺に飛び付いてきた。

『あおしさま!
あおしさま、きょうも、みさおとあそぶの!』

『あおしさま、あおしさまといっしょに、これたべるの。
ばぁやが、つくってくれたのよ!』

たどたどしく、あおしさま、と呼んでいた幼い頃から、時を経てきちんと、蒼紫様、と呼べるようになる程に成長していっても。
操はいつもいつも、俺の心に温かい安らぎをくれる存在であり続けた。



『蒼紫様!
大変です…!操様が…!』

般若が、そう言って青い顔をして俺の部屋へ飛び込んで来たのは、1ヶ月ほど前のことだった。
般若は、俺の仕事の右腕としてその手腕を奮ってくれているだけではなく、俺の良き理解者として様々な雑事にも当たってくれていた。
普段は落ち着いていて我慢強い般若が、こんなに血相を変えて、飛び込んでくるとは何事か。
今日は確か、商工会の集まりに顔を出してくれていたはずだが…。
そう思っていると、般若がその商工会の場で仕入れてきたとんでもない話を、俺に告げた。

操が。

操が、借財の肩に、50を過ぎた成金銀行家の後添いとして、嫁にやられるという。
その銀行家は、確かに金はあるが、好色で悪名を馳せている者でもあった。

それを聞いた瞬間の、自分の感情はもう、
とても口で言い表せるものではなかった。

操が、他の男と結婚するということだけでも、その衝撃は余りあるものであるのに、ましてや、借財の肩にそんな好色な成金爺の所へなど。

許せるはずも、認めることが出来るはずもなかった。

これまで、自分と操では身分も歳も違いすぎる、と、結婚の申し込みに少しばかりの躊躇があったのは事実だ。
俺のような者が、伯爵家の娘である操に求婚などしても、色良い返事は貰えぬのではないか、と。

だが、そんな感情は、一瞬にして吹き飛んだ。

我慢ならぬ。

当然だ。操は、俺が一生かけて守ると決めた女子だ。
その操を、何故、そんな胡散臭い男などに、やらねばならぬのだ。

……誰にも、渡さん。

そんな奴にやる位なら、なんとしても、自分のものにしてみせる。
操に触れてよいのも、操を抱いてよいのも、俺だけだ。
誰からも、否は聞くつもりなどない。

すぐさま、手を打って、その銀行家の弱みを握り、巻町家から手を引かせた。
そして、巻町家の全ての借財を一気に肩代わりして、その見返りに操との婚姻話を強引に進めた。

もう、引き返す気は一切なかった。

すべての話が済んで、もう待つことができずに、許嫁として四乃森家に同居するようにと、操を迎えに巻町家に行ったら。

操は、目の前に立つ俺の姿を見て、愕然として立ち竦んでいた。
借金の肩として、自分を買った男が俺だとは、全く想像もしていなかったのだろう。
その瞬間に、操の目に、うっすらと悲しい彩が翳るのを目にして、ほんの僅か心が軋むような気がしたーー。