glazed frost

FTのグレジュビ、OPのサンナミをこよなく愛するブログ。

輝く未来を君と【前編】

グレジュビ。
新婚物です。支部より転載。

頑張る、強いジュビアが、書きたかったんです。
そしたら、気がついたら、ドシリアスになってしまったものです。

ではどぞ。








「くそ、暑ぃ…」

初夏の陽射しの中で、ナツが、ホントにだるそうにそう言った。
確かに、まだ6月なのに、茹だるような暑さだ。
珍しく二人で行った仕事の帰り道。
これまた珍しいことに特にケンカをするわけでもなく、普通に二人で話しながら歩く。
向こうの方に、ギルドの入り口も見えてきた。

ジュビアも、ギルドに顔を出しているだろうか?
それとも、家か?
こんなに暑くて、体は大丈夫だろうか?
一気に心配する気持ちが跳ねあがってゆく。

「そろそろ、だよな?
あと、1ヶ月ぐらいだっけ?」

ナツが、珍しく神妙な顔で、そう言ってくる。俺の表情に、気遣わしげな色が出たのかもしれない。

「あー、うん。」
「調子は、どうなんだよ?」
「まぁ、…うん。
やっぱ時々、なんかしんどそうにしてるのがちょっとな。
とにかく、大事にしろって言ってんだけど、アイツなんだかんだで言うこときかねぇから。」

俺はそう言って、ナツに向かって苦笑した。

一昨日、仕事に出る前も、辛そうにしてたから、夕飯なんて何でもいいって言ってるのに、無理して色々作っていた。

この間も夜中にゴソゴソと何かをしているから、一体何をしているのかと思えば、こっそりとベッドを抜け出して、分厚い日記帳みたいなものに、一所懸命に何かを書いている。

俺が目を覚ました事で、気まずそうに「エヘヘ」と笑っているジュビアを見て、こめかみをピクピクさせながら、そのノートを取り上げて、ベッドに連れ戻した。

「ちゃんと、寝ろっての!」
「そうは言いますけど、グレイ様。
重くて寝返りも打てないんですよ?
で、目が、冴えちゃうんです~」
「眠れなくても、横になってろっつーの!
…暇なら俺を起こせばいいだろ。
話し相手になってやっから。」
「そんな!
グレイ様は仕事して帰ってきてるのに、寝ないとダメです~。」

なんだかんだと言ってみても、意外と頑固なジュビアは、結局こんな風に俺の言うことを聞かないことも多いのだ。
…全く、こっちの心臓に悪りぃって何回言わせんだか。


「名前とかさ、もう考えてんの?」

ナツは、ニシシと笑いながらそう訊いてきた。
こいつにしては、まともなこと訊くじゃねぇか、と、ちょっとだけ驚いてみる。

「うーん、いや、いくつか候補はあるんだけどよ。
まだ、ハッキリとは、決めてねぇんだわ。」

俺が、そう答えると、ナツはまたニカッと顔を綻ばせて、
「楽しみだな!
ホントに、楽しみだ!」
と、無邪気に笑った。

それを見て、俺もほっこりと温かい気持ちと、それから皆に対する感謝の気持ちでいっぱいになる。

ジュビアのお腹には、今、俺とジュビアとの幸せの結晶が息づいている。
産まれてきてくれる予定日まで、あと1ヶ月をきった。

楽しみだな、と、ナツが笑ってくれる。
ナツだけじゃねえ。
ルーシィも、エルザも。
ガジルも、ラクサスも。
カナも、ミラちゃんも、レビィも、ギルドのメンバー全員が、ホントに楽しみにしてくれているのがわかる。
皆が、ジュビアを労ってくれているのを感じる。

幸せなことだよな。
はい。ジュビアは、皆さんに感謝しています。

二人で、何度もそういう話もした。


よかったな、おまえ。
こんなに皆に望まれて産まれてくるんだぜ?
甘やかされ倒して、クソダメな奴に育つんじゃねぇの?
なんて、ジュビアのお腹に向かって話しかける。

話しかけると、ボスボスと俺の手を蹴ってきやがる。
ジュビアが話しかけてる時は、シアワセそうにうねうねと、お腹の中を転がっているのに。
まだ、性別は聞いてねぇけど、俺の勘では、コイツは男に間違いねぇ。
きっと、ジュビアにべったりの、ママ大好きな息子だ。
ちょっと大きくなってきたら、きっと、俺と二人でジュビアの取り合いになるにちがいない。

そう言うとガジルは、
「おーおー、馬鹿二人が目に浮かぶぜ」
と言ってニヤニヤと笑っていた。

とにかく、無事に産まれてきれくれれば、それでいい。

早く、出てこい。

皆が、待っているから。







「帰ったぜぃ~~!」

ナツが、大声で、ギルドの扉を開いた。
俺もそのあとを続いて、中に入っていく。


すると、ギルドの奥、遠く離れたカウンターの前辺りが、なんだかざわざわと大騒ぎしている。
カナが、何かを叫んでいて、周りを取り囲んでいる皆の焦った様子が目に入る。

一体、どうしたんだろう。

俺が、不審に思ってキョトンとしていると、突然横でナツが、

「グレイ!!」

と、叫んだ。

「何だよ?」

「ジュビアだ!
…ジュビアが…!」

ナツの焦った声と、その台詞に、弾かれたように顔を上げた。

「倒れてる!」

ナツが言ったその台詞に、俺は真っ直ぐに皆の所に向かって駆け出した。



「ジュビア!!」


人垣を掻き分けて、ジュビアの元に駆け寄る。

「グレイ!」
「…グレイ、ジュビアが…!」

ジュビアの横でジュビアを抱き抱えていたカナとルーシィが、突然駆け寄ってきた俺に向かってそう言った。

「ジュビア!」

二人の手から、ジュビアを奪い取るように受け取る。
腕の中に、青い顔をして、ハァハァと苦しそうに息をしているジュビアがいた。


「ジュビア!?

しっかりしろ!

…クソ、どうなってんだ…!?」

「わかんない…!急に倒れたの…!
さっきよ。」

ルーシィが、泣きそうな顔でそう言った。

「とにかく、今、魔導四輪手配してるから!
病院に連れてかなきゃ…!」

カナも、狼狽しながらも、何とか冷静にそう言う。

「いい。俺が連れてく…!」

俺はそう言ってぐったりしているジュビアを抱き上げた。
車が来るのなんて、待ってられるかよ…!
とにかく、1分でも早く、ジュビアを医者に連れて行きたかった。

「…っ、でも、揺らさない方がいいかもしれないよ?グレイ」

ビスカが、少し戸惑いながらもそう言う。
そのビスカの意見を聞いて、俺もその場にぐっと立ち止まってしまった。

くそ…!どうしたら…!

「とにかく、もうすぐ来るはずだから!
車が来たら一緒に行って!グレイ。」
「…よかった…っ、帰ってきてくれて…!」

ざわつく周りの声を聞きながら、ギュッと、ジュビアを抱きしめる。

なんでもない、よな…?
大丈夫だよな?

祈りにも似た気持ちで、腕の中の、青い顔をしたジュビアをもう一度ぐっと抱え直した。

ジュビア…!








**






「…魔力、中毒症…!?」

医者から出てきたその耳慣れない言葉を、俺は呆然として呟いた。

「……お聞きになって、いませんでしたか?
もしかしたら、とは、思っていたのですが…。」

医者は、戸惑いとそれから「やはり」という感情とが入り雑じった表情でそう言った。

「…聞いて、ません…。」

俺も、呆然とした顔のままで、そう答える。

「ご主人も一緒にお話しましょう、と、何度か言ったのですが、ジュビアさんが自分で話すから、と。」

「……それで、…あの…」

医者は、ふぅ、と、一つため息をついてから、説明を始めた。

「…簡単に、言うとですね、
赤ちゃんの、魔力が高すぎるんです。」

「………」

「……ご両親の魔力が高すぎること、そして、お二人の魔力の相性が良すぎることが原因、だと思います。」

医者は、どこか自信無さげに、そう続けた。
説明の内容は、こうだった。

ジュビアのお腹の中にいる赤ん坊の魔力が高すぎて、自身の栄養を欲するあまり、ジュビア自身の魔力をどんどんと吸収していっている、なので、ジュビアは今、常に魔力を食い潰されている状態なのだと、いうこと。
赤ん坊が、まだ卵に近い時はそうでもなかったが、もう、今はいつ出てきてもおかしくない所まで成長しているので、特に、その状態が酷いということ。
俺達二人共の魔力が普通に比べてかなり高いことと、魔力の相性が良すぎることで、赤ん坊はまだ胎児の状態でありながら魔力が暴れまわるような状況になっている、ということだった。
今までにも、こういう症例はあるが、その中でも、かなり難しい状態である、と言うのだ。

「私も、魔導専門の医者をやっていますので、あなた方二人の事、というか、フェアリーテイルについては、ある程度聞いています。
大陸の中でも、特に、優秀な魔導士の多いギルドだ。」

医者は、少しだけ苦い顔をしながら、そうも言った。
そこで出会う二人なら、こんな事もあり得る、と言いたげに。

でも、問題はそこではないのかもしれない。

例えば、ラクサスとミラちゃんだって、俺達同様か、もしくは俺達以上に魔力は高いかもしれない。

でも、二人の魔法の種類が全然違う。

ナツとルーシィ、ガジルとレビィにしてもそうだ。

それに、ルーシィとレビィにジュビア程の魔力があるかというと、これもそうでもないだろう。

アルザックとビスカは、同じ属性の魔導士同士だが、アスカを産むときにそんなに大変だったとは聞いていない。
おそらく、二人合わせても、ジュビア一人の半分の魔力にも充たないからだ。

悪魔(グリモア)の七眷属や、冥府(タルタロス)の九鬼門が相手の時だって、俺達はそれぞれ一人で相対してきた。

つまりはこれは、俺とジュビアの二人だから起こる問題だということになる
水と氷。
同じ属性の物質魔法と、二人の魔力の高さ。
それが、融合することで、起こる事態。


「…それで、具体的には、あの…?」

「…そうですね。
まず、出産には、かなりの危険が伴うと思って下さい。」

「………!!」

「赤ちゃんが、外に出ようとすることで、恐らく奥様、ジュビアさんの殆どの魔力を食い潰してしまうでしょう。」

「…っ、……」

「母子共に、命を落とす確率が50%、残りの半分の内、どちらかが助かる可能性が40%、二人ともが何とか無事に出産が済む確率が10%位だと、…思います。」

「………!!」

医者から出てきた信じられない台詞に、俺はガタンッと椅子から立ち上がった。

「…そんな…!
何とか、ならないんですか…、先生!」

「もちろん、全力は尽くしますよ。
しかし、こればっかりは…、その場になってみないと……」

あまり、事例もないですしね…、と、医者も、自信無さげにそう呟く。

突然やって来た事実の、その衝撃の大きさに俺は言葉を失った。

ジュビアは、俺にはそんなことは一言だって言ってなかった。
このまま、隠し通すつもりだったのだろうか。

でも、でも…!
こんな、こんなことって、あるかよ…!

立ち尽くしたまま、ギュッと拳を握りしめる。

そのまま、もう片方の手で、顔を覆った。

突然知らされたこの事実に、気持ちが、心がついていかなかった。

「………。
奥様からは……」

医者が、そんな俺を見て、ボソリと呟いた。

「…ジュビアさんからは、…どちらかが助かるのであれば、……お子さんを優先して欲しい、と言われて、います。」

その、台詞に、俺はハッとして顔を上げた。

…あいつ…!

「いいえ!
もし。…もし、どちらかしか助からない、ということになったら…!
ジュビアを優先して下さい…!」

俺は、医者に向かって、迷わずそう言った。

子供は、大事だ。
産まれてくるのを、楽しみに、ずっとずっと、指折り数えて待ってた。

でも、でも…!
ジュビアを失うかもしれないと言われて、はいそうですか、なんて言える訳がない。

それに、…それにだ。
二人ともダメかもしれないという可能性が半分もある。

それくらいなら、もういっそ、出産そのものを諦めた方がいいんじゃ…!?

頭の中で、いろいろな考えと気持ちが交錯して、結論なんてすぐには出そうになかった。
唇をかみしめながら、拳を握りしめる俺を見て、医者も小さく息をついた。

そして、

「…とにかく、奥様と話し合われた方がいいと思います。
どちらにしても、もう出産までは病院に入院していただいた方がいい。
…これまでも、普通の生活を送るのは、かなり体力的にきつかったはずですから。」

きっぱりと、
そう、言った。






***





バタン、と、病室に入ってきたグレイ様の顔を見て。
瞬時に、『あぁ、彼は聞いてしまったのだ。』と思った。
できれば、本当にギリギリまで、グレイ様には知らせないでおきたかったのだけど。

こんな風に、倒れてしまったのだから、もう致し方ないことなのかもしれなかった。

そっと、静かに目を伏せる。

「、あっ、グレイ。
お医者様、なんて?」

傍についていてくれたルーシィが、少しだけ不安げな顔で、グレイ様にそう尋ねた。
ルーシィが、とても心配してくれていることも伝わってきて、ほんのりと胸が温かくなる。

「…あー、…うん。」

グレイ様が、歯切れの悪い返事を返した。
そのまま、少しだけ、視線を反らす。

「グレイ?」

その様子を、訝しげに見つめて、ルーシィがもう一度グレイ様の名前を呼んだ。

「……悪ぃ。ルーシィ。
ちょっとだけ、ジュビアと二人にしてもらっていいか?」

グレイ様は顔をこちらに戻して、ルーシィの目を見つめてそう言った。

ルーシィも、そのグレイ様の様子に何か感じるものがあったのか、
「…うん。わかった。」
と、そう言って、ゆっくりとベッド脇の椅子から立ち上がって。
それから、
「…廊下にいるから、何か必要だったら呼んでね。」
そう言って、静かに微笑んで病室から、出ていった。


ルーシィが出ていったあと、グレイ様はゆっくりとジュビアの傍に近付いてきて、そして、椅子に腰掛けた。
そのまま、そっと手でジュビアの頬に触れてくれる。


「…具合、どうだ?」

「…はい。大丈夫です。
心配かけて、ごめんなさい。」


ジュビアが微笑んでそう言うと、グレイ様は辛そうな顔をしながらも小さく微笑んでくれた。

「…ずっと、…身体、辛かったんだろ…?
気付いてやれなくて、ごめん。」

グレイ様は、今度は、ホントに苦しそうな顔でそう言ってくれた。
頬に触れてくれている手が、わずかに震えているのが、わかる。

ちゃんと、話をしなくては。
グレイ様に、こんな顔をさせたらダメだ。

「…グレイ様。
起こして、もらって、いいですか?」

そう言って、グレイ様に向かって両手を差し出した。

グレイ様が「大丈夫なのか?」と聞いてきたので、にっこり笑って「はい。」と答える。

グレイ様は、ジュビアの腕を取って、脇の下から抱き込むように、そっとジュビアの身体を起こしてくれた。
そうして、そのまま、ベッドに腰かけて、ジュビアと向かい合うように座ってくれる。

「…グレイ様…」
「…なんで、黙ってた?」

グレイ様は、半分怒ったような、半分泣きそうな顔でそう言った。

「…ずっと、黙ってるつもりだったのか?」

グレイ様の言葉に、ふるふると首を横に振る。
いずれ、きちんと話すつもりだった。
ただ、なるべく、最後まで言いたくなかっただけで。

「ごめんなさい。ジュビアのわがままです。
グレイ様には、ずっと幸せな気持ちでこの子を見つめて欲しかったから。」

「…………!」

「ジュビアは、本当に幸せなんです。
グレイ様が、ホントに愛しそうにお腹に話しかけてくれたり。
それから、ギルドの皆が、満面の笑顔でこの子を待ってくれていたり。」

「…ジュビア」

グレイ様が、皆が、本当に幸せな気持ちで、この子を待ってくれているのがわかるから。

それを見て、ジュビアも、ホントにホントに嬉しかったから。

だから、そこに、一点の曇りも欲しくなかった。
出来るなら、この子を産むその瞬間まで、ずっとそれが続いてほしいと。
そう、願ってしまったの。

「…ジュビア、……俺は、」
「グレイ様、ジュビア、産みますからね。」

グレイ様が、何かを言いかける前に、きっぱりとそう言った。

「…ジュビア、…っ」

グレイ様が、ぐっとジュビアの腕を掴む。

「グレイ様とジュビアの子供ですよ?
諦める、なんて、絶対にイヤです。」

「……!」

「たとえ。
たとえ、ジュビアが、どうなったとしても。
ジュビアは、この子を諦めるつもりはありません。」

「…ジュビア!」


グレイ様の目を見つめて、はっきりとそう言った。

グレイ様の手に、力が籠る。

「お医者様には。
もし、どちらかしか助からないのなら、赤ちゃんを優先してください、ってお願いしてあります。」

「…ジュビア!」

「…だから、グレイ様も…」

「嫌だ…!」

グレイ様は、突然、掴んでいたジュビアの腕を引いて、ジュビアを腕の中に閉じ込めた。

「嫌だ…!
そんなこと、うんって言える訳ねぇだろ…!」

「グレイ様…」

「絶対に、嫌だ…!…ジュビア」


グレイ様は、思い切りジュビアを抱く腕に力を籠めて、肩に顔を埋めてくる。




「…おまえだろ…!」

「グレイさま…」

「…何があっても、絶対に俺の傍にいる、って…、あの時、そう言ったのは、おまえだろ…!」

グレイ様は、振り絞るような声で、涙混じりにそう言った。



そう。
ジュビアが、そう言ったんだ。
あの時、あの戦いの後で、グレイ様に。


でも。
もしかしたら。
もしかしたら、それは、もう叶わないかもしれない。
でも、それでも、ジュビアはこの子を諦めたくはないの、絶対に。


「もし、ジュビアが、いなくなっても、ジュビアの心はこの子の中に残ります。
そして、ずっと、グレイ様の傍にいます。」

「…ジュビア!」

グレイ様は、キッと顔をあげて、ジュビアを見つめた。
瞳は、わずかに潤んでいるように見えた。


「……ずっと、ずっと、コイツが産まれて来るのを待ってた。
とにかく無事に出てきてくれ、って、そればかり願ってたよ。
でも…!」

「…………」

「でも、それで、おまえを失うんじゃ意味ねぇ…!」

「…グレイ様…」

「…お前は、俺に、
…お前なしで、これからどうやって生きてけって言うんだよ…!」


グレイ様は怒鳴り付けるようにそう叫んだ。


「…俺は……」


グレイ様が、ゆっくりと口を開いた。


「…俺は、そこまでして、子供を授からなくても、いいと思う…。」

「グレイ様!」

「…残念だけど、子供は…」

「嫌です!」


今度は、ジュビアが叫ぶ番だった。

グレイ様の台詞を最後まで聞くこともできなかった。

絶対に、嫌。
この子を、諦めるなんて。

「嫌です…!グレイ様。
ジュビアは…」

「…ジュビア、……頼む。」

「グレイ様…」

「…頼む、から…!」


グレイ様は、瞳に涙を滲ませながら、懇願するように、そう、言った。

そうして、そのまま、またギュッとジュビアを抱きしめる。

グレイ様の気持ちが、どんどん伝わってきて、ジュビアの目許からもポロポロと涙が零れた。

グレイ様の身体を、ギュッと抱きしめ返して、それから、そっと、グレイ様の胸に手をついた。

そして、少しだけ涙に濡れたグレイ様の顔をじっと、見つめて。 


「グレイ様。
ジュビアは、何一つ諦めて、いません。」


そう、きっぱりと、言いきった。




「……ジュビア」

「絶対に、この子をちゃんと、産んでみせます。もちろん、自分も死ぬ気なんて、欠片もありません。」

「…ジュビア」


お医者様の言う確率とやらを考えると、ジュビアも、そして、この子も、二人ともが無事でいられる可能性っていうのは10%位だと言うことになる。
魔力が食い潰されて、命まで、持っていかれるかもしれない。

でも、それでも、絶対に、諦めない。

必ず。

「必ず、無事に、頑張ってみせます。」

「……!…ジュビア…」


グレイ様は、ジュビアのその台詞に大きく目を見開いて、ジュビアをじっと見つめた。



「グレイ様に、出会って…。
フェアリーテイルに、入って。
そこから、ジュビアは、どんなことでも諦めずに、頑張ってきたつもりです。」

「…………」

「最初は、敵だったグレイ様を、こんなに好きになって。
グレイ様が、こうして、ジュビアの傍にいてくれるようになるまでだって、長かったけど、ジュビアは、一度だって、諦めたことはありません。」

「…ジュビア…」

「…最初は、ジュビアの事なんてなんとも思ってなかったグレイ様だって、こうやって、ジュビアの事を好きだって想ってくれるようになった。」

グレイ様の目を見つめながら、ゆっくりと、噛み締めるようにそう言った。

「…闘いだって、そうです。
どんなに不利でも、辛くても、決して諦めた事なんてない。
…グレイ様だって、そうですよね…!?」

「……ジュビア」

「…だから。
…だから、ジュビアは、嫌です。
こんな人生で一番の闘いから、逃げ出すなんて、絶対に嫌。」

グレイ様が、じっと、ジュビアの瞳を見つめてくる。

「…頑張れば、想いは、叶う。
奇跡も、起こる。」

「………」

「ジュビアは、そう、信じてるんです…!」


だから、わかって、グレイ様。

グレイ様の気持ちも、充分すぎる位伝わった、から。

お願い。ジュビアを信じてほしい。

ジュビアの闘いを、見守って、欲しい。




「…ジュビア…」


グレイ様の瞳から、つーっと一筋、涙が零れた。
ジュビアの、背中に回してくれている手が、震えていた。


「…お前が、……いなくなったら、
俺も、生きてけねぇんだぞ…?」

「…はい。」

「……コイツだって、ママがいなきゃ、生きてけねぇ…。
…俺に、まともな子育てなんて、出来る訳ねぇんだぞ…?」

「…はい。…わかって、ますよ。」

小さく微笑って、グレイ様に、そう返す。




グレイ様は、震えた手のまま、ぐっとジュビアの肩を掴んで。


そのまま、顔を伏せてギュッと瞳を閉じた。


「…結局、お前は、俺の言うことなんて聞きゃしねぇんだよ…。
…いつも、いつも…。」

「…そ、そんなこと…!
……そそそうでしょうか?」

グレイ様に言われた台詞に、ちょっとだけ口ごもって返事をする。
なんだか、とんでもない頑固者のように言われてしまった。


「…そうだよ。
…どうでもいいことは、なんだって俺の言う通りにするくせに…。
……大事なとこでは、絶対に、自分を曲げねぇじゃねぇか…。」

「…えーと、…はい。」

少しだけ、首を傾げながら、それでも、素直に、はい、と、返事をした。



グレイ様の声が、滲んでいる。
肩に置いてくれた手も、まだ震えている。


でも。
……理解って、くれたのだ。


ジュビアの、気持ちを。


グレイ様は、優しいから。
とんでもなく、優しい人だから。


こんな風に、泣かせてしまって、
本当に、ごめんなさい。



「…グレイ様。
…ごめんなさい。」

グレイ様に向かって、小さく、そう、言った。

グレイ様は、それを聞いて、バッと顔をあげる。


「…ありがとう、ございます。」


続けて、そう言うと、グレイ様の瞳からまた一筋、涙が溢れた。


そのまま、ゆっくりと、引き寄せられる。



「……許さねぇから。」

「…グレイさま…?」

「…俺の、傍から、いなくなったら、
…ぜってぇ、許さねぇからな…!」


ジュビアを腕の中に閉じ込めながら、
何かを吐き出すようにグレイ様が、そう言った。


それを聞いて、ジュビアの瞳からも、ポロポロと涙が零れた。



はい。
…はい、グレイ様。


何があっても、傍にいる、って、あの時約束しましたよね…?


だから。


どうか、ジュビアを、信じてください―ー。










〈続〉