glazed frost

FTのグレジュビ、OPのサンナミをこよなく愛するブログ。

輝く未来を君と【中編】

グレジュビ新婚物。
中編です。

頑張る健気なジュビアと、
ジュビアがいないと生きていけないグレイ様がテーマ。


ではでは。









夏の熱い陽射しと、覆い尽くすような緑の中を、目的の場所に向かって歩いていく。

こんな風に、アイツを訪ねてこの町にやって来たのは初めてのことで。

何だか不思議な気分だ。

ゆっくりと歩を進めていくと、
この町の中でも、周りの建物に比べて、一際大きなその建物が、目の前に広がった。


ラミアスケイルー蛇姫の鱗ー


その、ギルドの扉を開く。


今は、俺に出来ることなら、なんでも。


どんな小さな希望にも、


すがりつきたいから。





**





ジュビアが、倒れた。


倒れたジュビアを連れて病院に駆け込んで。

そして、そこで、耳を疑うような事実を聞かされた。


病室で、二人でさんざん話をした後で。


ジュビアが眠りについたのを確認してから、
病院を出て、少しだけギルドに立ち寄ってから、自分の家に戻ってきた。


ギルドでは、皆が、倒れたジュビアのことを心配していた。
駆け寄ってきた皆に、ジュビアは大丈夫だったか、と訊かれたので、簡単に事情を説明した。

あまり、よくない状態であること。
このまま、入院させることになったこと。

魔力中毒の話や、出産の時の危険性についてなどは、どうしても話せる気分にはなれなかったので、黙っていたが。

俺の顔色を見て、なにやら事が深刻であることを皆が悟ったようで、それ以上は誰も、何も訊いてはこなかった。




家に戻って、リビングの灯りをつけて。


しーんとしたその空間で、空っぽの気持ちのまま、ただ立ち尽くす。



この部屋って、こんなに、広かったっけ。



「おかえりなさい!グレイ様!」


そう言って、ジュビアが駆け寄ってくるのが、もう、当たり前の毎日になっていて。

帰ったら、ニコニコと微笑むジュビアがいて。

いつもいつも、なんだかいい匂いがしていて。

それを毎日、勿論幸せだと思っていたけれど、でも、それは当たり前に自分にあるもので、
なくなることなんて、想像したこともなかった。



茫然としながら、ゆっくりとソファーに腰かける。

ふっと落とした視線の先、ソファーの隣には、なにやら大きな籠が置いてあって。
その中を見てみると、ジュビアが、手作りでいろいろと子供の物を用意しているのが目に入った。


こんな籠、初めて見た。

今まで、こんな風にソファーの横に出しっぱなしにしていた事なんて多分ない。

ゆっくりと手を伸ばして、中を覗いてみると。

籠の中には、子供のための服が、たくさんたくさん縫ってあった。


順番に、ひとつひとつ開いてゆく。


新生児用だと思われるほんとに小さなかわいい服。
それから、一歳位、2歳位、…3歳、…4歳、
…5歳…

籠の中には、いろんな大きさの服が、2~3枚ずつ、綺麗に畳んで置いてあった。

一番上にあったのは、作りかけの、5歳児用位のズボンだった。



……なんで、だよ。

なんで、こんな、でけぇ服まで、作ってんだよ……。

…子供が、…大きくなったら、その時にまた、作ればいいだろ…。
なんで……!


その、服を握りしめて。


もう、ボロボロと流れ出る涙を止めることが、できなくなった。

おまえ、諦めてねぇ、って言っただろ。
絶対に、無事に産んでみせます、って。

強い瞳でそう言ったジュビアが、
こうして、俺に隠れて、自分のいなくなった後の準備をしているのを見て、
もう、込み上げてくるものを抑えることが、できなくなった。

こんな籠、見たことねぇから。

いつもはきっと、俺が帰る前に、どこかに仕舞っておいたのだろう。

こんな風に、突然倒れて家に帰れなくなるなんて、思っていなかったにちがいない。

身体が辛そうにしてるのは、何となく気づいてた。
無理しなくていい、って何度も言ってるのに、暇さえあれば、パンを焼いたり、何かを手作りしていたり。

俺が、こめかみをピクピクさせて
「ゆっくり休めっつの!」
と、何度言っても、苦笑しながら、
「だって、どうしても今やりたいんです」
って言ってきかなかった。


ーー今のうちに、出来るうちに、やっておきたいんですーー


…あれは、そういう意味だった、っていうのかよ…。


手で顔を覆って、我慢できずに嗚咽を洩らす。
どうせ、俺一人だ。
ここには誰もいねぇんだし。


なんで、だよ。
なんで。


……9割、だぞ。
たとえ、子供が助かったとしても、9割の確率でジュビアを失うって言われたんだぞ。
…そんなん、どうやって、納得しろって言うんだ。出来るわけねぇだろ……!


もう、自分の感情に、どんな説明もつけることなんて出来なかった。
悲しいのかも…怒っているのかも、悔しいのかも、なにも、わからなかった。

ただ、どうしようもない、喉の奥から競り上がってくる感情に、必死で耐えるだけ。


でも、そのやるせない感情に、どうにも我慢ができなくなって、立ち上がって、その辺にあった物を順番に思いきりあちこちへ投げつけた。

グシャン、ガシャン、と、家の中で大きな音をたてて、いろんなものが散乱していった。


ハァハァと、息をきらして、周りの惨状を見る。



…あぁ、こんなに散らかして、ジュビアに、怒られるな。


「もう~っ、グレイ様!
ほら、ジュビアも手伝いますから、ちゃんとお片付けしてください…!」


ちょっと上目遣いに、じとっと見つめながらそうお説教してくるジュビアが目に浮かぶ。

拗ねる俺の様子にクスクスと笑いながら、パタパタと家の中を走り回るジュビアが。


この家の中は、こんなにもジュビアでいっぱいなんだ、って。

この家を作り出してるのは、俺なんかじゃなくて、ジュビアなんだって。

そんな当たり前の事を痛感して、また、その場にしゃがみこむ。


すると、目の前に、分厚い日記帳みたいなものが転がっていた。

これ……
ジュビアが、夜中に書いてた……

さっき、俺が手当たり次第に投げつけた物の中にあったのか、それとも、投げられたものに当たってどこかから落ちたのか……

それはわからないが、ばさりと落ちて開いている、そのページを見てみると。


「…………」


それは、確かに、ジュビアの日記、だった。

いや、手紙、だろうか。

産まれてくる子供への、それから、俺への、長い長い手紙。



『今日は、グレイ様と一緒にお買い物をして、それから公園を散歩しました。
何度か転びそうになったジュビアを見て、グレイ様は腕と背中を支えてくれながら、眉間にシワを寄せて怒ってました。
心配、してくれてるんだ、と思ったら、それだけで1日中笑って暮らせる位、ジュビアはグレイ様が好きです。
ジュビアにこんな幸せをくれて、ありがとう。グレイ様』

『パパがね、毎日、一生懸命にお腹に向かって話してますよ。貴方を心待ちに待っているのね。でも、自分が話しかけたらボスボス蹴りやがるって。ふふふ、おかしいわね。
ママも。ママも早く貴方に会いたいです。
ギルドの皆も、楽しみに楽しみに待ってくれています。元気で産まれてきてね。
お願いだから。』

『このところ、ただ立っているだけでも、しんどい日々が続いていて。グレイ様に気付かれないかどうか心配。
そして、こんな調子で、ちゃんと貴方を産んであげられるのかしら、と時々不安になります。
こんな弱いママで、ごめんね。
でも、ママは頑張ります。
だから、絶対に元気で産まれてきてね。』

『今日は、グレイ様のためにピザを焼いた。
美味しいと言ってくれた。
嬉しい。
グレイ様は、ジュビアの様子を見て、無理すんなって怒ってたけど。
でも、ジュビアは、今出来ることは、今のうちに全部やっておきたいの。
たとえ、どんな結果になっても後悔なんてしないように。
わがままばっかりで、ごめんなさい、グレイ様』

『貴方のお洋服が、また1着出来ましたよー。
今日のは、そうね、4歳位になったら、着て貰えるかな。
ママは、決して諦めてはいないけれど。
でも、もしかしたら、この服を着ている貴方を見てあげることは出来ないかも、しれないね。
もし、そうなってしまったら。
こんな物しか、遺してあげられないママを許してね。
でもね、成長していく貴方を想像して、こんな風にお洋服を作ってあげられることが、今のママの幸せです。
こんな幸せをくれて、ありがとう。
貴方とパパに感謝しています。』


毎日毎日、少しずつ。

日記には、ジュビアの想いが、綴られていた。


ページを捲る度に、止めどなく涙が溢れてくる。
自分の中に、こんなにも水分があったのか、というぐらいに。

俺との出会いのこと。
ギルドでの毎日。
付き合うようになってからのこと。
結婚してからの日々。

そして。

自分が決して諦めてはいないこと、
最後まで必ず頑張ること、
貴方に会えると信じていること、が書いてあった。

それから、どの文章にも、必ず最後は。

『ジュビアは幸せです。
大好きです。グレイ様。』


膝の上に、腕をついて、掌で顔を覆う。

指の間から流れてくる涙が、ポタポタと膝に染みを作っていった。



……神様。


頼むよ。


……頼むから。


俺から、ジュビアを奪わないでくれーー。







**








「あ、グレイ様、おかえりなさい」

病室を開けると、ベッドに座ったジュビアが、ニコニコと笑いながら俺を迎えてくれた。

俺も柔らかく笑みながら、そのまま、ゆっくりと近付いて、ベッドに腰かける。
それから、ジュビアの頭をそっと引き寄せて、ジュビアを腕の中に閉じ込めた。

毎日、病室で繰り返される日課。

ここから仕事に出て、ここに帰ってきて、そして、こうやって抱きしめる。

腕の中に、ジュビアの温もりがあることを確認して、それでやっと、不安の塊の中から、何とか自分を取り戻す。

これが、俺の今の日常だった。


「ただいま。」

「はい。おかえりなさい。」

少しだけ腕を緩めて、微笑みながらそう言うと、ジュビアも幸せそうに笑って、返事をしてくれる。

「…いい子に、してたか?」

ジュビアのお腹に手を当ててそう訊いてやると、赤ん坊は、腹の中でまたバスバスと暴れて俺を蹴ってきやがった。

「ふふ、ホントにグレイ様が、話しかけると大喜びですね。」
「…喜んでんのか?これ」

ジュビアの台詞に大きく疑問符を掲げながら、笑ってそう言った。

もう一度、手を当てて、今度は心の中で、そっと話しかける。

いい子に、してんだぞ?
大暴れして、ママを苛めたら、ダメなんだからな?
おまえも、ママが大好きだろ?
二人で、守ってやろうな。

言い聞かせるようにそう語りかけて、ゆっくりと手を離した。

「今日は、ガジルくんとレビィさんが来てくれたんですよ。」

ニコニコと笑いながら、ジュビアがそう言った。

「毎日毎日、順番だな。」
「はい。とっても嬉しいです。」

ジュビアは、心底嬉しそうな顔でそう言う。
そうして、
「これ、貰ったんです。」と、続けた。

ジュビアの手の中にあったのは、きれいな石のブレスレット。

「…へぇー。」
「安産のお守り石なんですって。
レビィさんが、選んでくれたのかなって思ってたら…。
……ふふ、なんと、ガジルくんが、仕事先で見つけて買ってくれたんですって。」

ジュビアが、心底可笑しそうにそう言った。

確かに。
一体どんな顔して買ったんだ、と、突っ込みたくなる。
俺も、一緒になって、ふっと笑った。

「ナツさんの紅茶にも、ビックリしましたけどね。」
「…確かにな。」

ギルドの皆にも、もう、事情は説明したから。
全員、口には出さねぇけど、ものすごく心配してくれているんだろうと思う。

ガジルの野郎が、こんなクソ似合わねぇもの買ってくるぐらい。
ナツが、
「なんか、これ、いいらしい」って言って、ラズベリーの葉で出来た紅茶を、持ってくるぐらい。

どいつもこいつも、キャラじゃねぇっての!なんて思いながら、それでも、感謝の気持ちは膨らんでいくばかりだった。

「よかったな」

そう言って、もう一度ジュビアのお腹を撫でてやると、
またしても、中で大暴れしてやがる。

おとなしくしてろ、っつーのに。

「グレイ様にそうやってもらうと、すごく気持ちが楽になるんです。
不思議ですね。」

ジュビアが、ニコニコと笑いながらそう言って、それから思い出したように、
「あ、そういえば、先生が……」
と言いかけた、その時。

「あ、グレイさん、いらしてますね。」

背後からそう声がしたので振り向くと、
病室に、ジュビアの担当医の先生が入ってくるところだった。

「先生」
「よかった。
ちょっといいですか?」
「……?はい。」

先生はそう言うと、何やら大がかりな機械を、ごそごそと持って入ってきたかと思うと、それをジュビアに装着し始めた。

「……?あの…」
「いいから、いいから。
そのまま、お腹に手を置いててくださいねー。」

先生は穏やかに微笑みながら、ごそごそと機械を弄って、何やらデータらしきものを取っている。

よくわからないが、二人して言われるままに、じっとその様子を見守っていると。


「…ふむ。
やっぱり、思った通りだ。」
「………?」
「実はですね、ジュビアさんからお話を聞いて、もしかしたら、と思いまして。」

先生は、穏やかに笑いながらそう話を続ける。

「朗報ですよ。
グレイさん、あなたがそうやって触れていると、すごく楽になるとジュビアさんが言うので、もしかしたら…、と思ったんですけど……」

「…………」

「…今、ちゃんと、魔力量を測定してみました。
やっぱり、ジュビアさんの魔力の減りというか負担が、半分以下になってますね。」

先生が、ニッコリと笑ってそう言った。

そうなのか?
え?…それって、どういう……?

俺が顔に疑問符を張り付かせているのを見て、先生はまた、穏やかに笑った。

「…赤ちゃんが、あなたの魔力を吸収しているのでしょう。
よほど、美味しいとみえる。
だから、ジュビアさんの魔力が喰われるのが半分以下になっているのだと、思いますよ。」
「………!!」

先生のその台詞に、俺とジュビアは思わず顔を見合わせた。

「そうなんですか?」
「はい。今、測ってみましたから。
…まぁ、誰の魔力でもいい、って訳ではないでしょうけど。
実際、今までの症例でも、こういう例はありませんし。」
「…………」
「…それだけ、この子が、栄養としての魔力を欲しているのだとも言えますし…、
それから、お腹の中にいても外からの魔力を吸収出来る位の優れた魔力の持ち主だ、とも、言えますね。」

でも、やっぱり赤ちゃんなので、魔力ならなんでもいいという訳ではなくお父さんの魔力だから、だと思いますよ。

先生は続けて、もう一度そう言った。

俺は、そのまま、ジュビアのお腹に手を置いたままで、そっと、そこを見つめてみた。

相変わらず、中で、ドスンドスンと動いてやがる。

……そうなのか?
おまえ、俺の魔力、吸い取ってんのか?
そんなに暴れるくらいに、美味しくて、嬉しいのか?

俺が呆然としていると、ジュビアは、

「そうなのね。
だから、パパが、触ってくれてると、そうやっていつもご機嫌なのね。」

ふふっと幸せそうに笑いながら 、そう言った。

ご機嫌だご機嫌だと、ジュビアが言う度に「いや、こいつはただ単に俺に反抗してやがるんだって」と思ってきたが。
どうやら、ジュビアの言うことの方が正しかったようだ。

「…もちろんですが、これは、お産の時にもすばらしい助けになります。」

先生は、微笑んでそう続けた。

前に色々と聞いた話では、他の方法、例えば手術で赤ん坊を取り出すなどの話も出た。
しかし、普通に産んでも、手術をしても。どちらにしても赤ん坊が出てこようとするときの魔力の暴れ方が半端ないので、ジュビアの身体が傷つかない分、まだ、普通に産むという選択肢の方が危険が少ないと言われた。
なにか他に、何でもいいから、ジュビアの負担を軽くする方法はないのかと、何度も先生に、相談していたところだった。
それでも、いつも、難しい顔をされるばかりだったのに。

「グレイさんが、こうやって魔力を注ぎこんでやることで、ジュビアさんの魔力が食いつくされるのが、大分防げるかもしれません。」

「……!はい、はい…!」

「…実は、前もって病院の方で、別の属性の魔力を持つ者で試してみたのですが、
……やはり、そこは無理でした。」

「…………」

「こうやって吸いとってくれるのは、血の繋がりのおかげか、もしくは同じ属性の魔力だからか……」

先生は、静かにそう続けた。

「水や氷の魔法を使う人が周りにいないので、それは試せていないのですが、同じ属性の魔力ならもしかしたら……。
お父さんの物ほどは、美味しいとは思わないかもですけど、少しなら助けになるかも……。
どなたか、いらっしゃいませんか?」

先生のその言葉に、俺とジュビアは茫然と顔を見合わせた。

確かに、水の魔導士は、貴重な珍しいタイプなのだろう、ジュビア以外に見たことがない、が…。

「グレイ様…」

「…頼んで、みる。」

俺は、ジュビアの目を見て迷わずに、そう言った。

「…でも、いいんでしょうか?
……こんな、個人的な…」

ジュビアが、申し訳なさそうにそう言った。

「いらっしゃいますか?」

先生が、少しだけ希望に満ちた声でそう訊いてきた。

「1人、いますよ。
まぁ、俺の、…兄貴、ですかね。」






**






ラミアスケイルの扉を開けて中に入ると、リオンとシェリアが、俺が来るのを待ってくれていた。

前もって、連絡をして約束を入れていたので当然といえば当然だが。



「おぉ、グレイ。
久しぶりだな。」

「…おぅ。わりぃな。急に」

「いや、それは構わないが。
おまえの方から俺を訪ねてくるなんて、珍しいこともあるもんだな。」

リオンは、皮肉な顔でフッと笑いながらそう言った。

俺が、何をどう返したらよいのか迷ってしまって黙っていると。


「…そう言えば。
ジュビアは、そろそろなんじゃないのか?」

ふと、思い出したかのように瞳を上げて、リオンがそう訊いてきた。

その台詞に、ただ、なにも言えずに苦笑ってリオンの顔を見つめる。


「……どうした?
なにか、あったのか?」

怪訝そうな顔をしながら、そう、リオンが尋ねてきた。

まだ何も話していないのに、突然にそんな風に訊いてきたリオンに対して、不思議に思って、もう一度リオンの顔を見つめる。

すると。

「…おまえ、もうすぐ父親になるという奴が、そんな顔でどうする。
どうか、したのか?」

リオンは、やや説教をするような顔でそう言って、また訝しげに俺の顔を覗きこんできた。


その、リオンの声を聞いた瞬間、だった。

訳もなく突然に、自分の目から、ボロッと一つの雫が垂れるのを自覚した。


「グレイ!?」


……あれ?
なんでだろ?

自分で、自分の行動にビックリして、慌てて涙を拭う。


あれ?なんでだよ?
今まで、他人の前では、絶対に泣かなかったのに。

ギルドのメンバーに事情を説明した時も、
それからの、日々の暮らしの中でも。

他人の前では、決して、泣かなかった。

泣いたら、何かを認めてしまう気がして。
不安な未来を、自分で作り上げるような気がして、絶対に泣くもんかと、決めていたのに。

コイツの声を聞いた瞬間。
張りつめていたものが、まるで、プツリと切れるように、
瞳から、ボロボロと涙が出てくるのを止められなく、なった。

「グレイ……」

「……っ、わりぃ…。」

掌で顔を覆って、必死で泣き顔を隠した。

リオンは、そんな俺の様子を見て、呆気に取られたような表情を浮かべた後で。
ふぅ、と、大きくため息をついてから、拳で軽く俺の頭を小突いた。


「…馬鹿か。…今更。
おまえの泣き顔なんて、見慣れてる。」


リオンのその言葉に。

今は遠くなってしまったあの頃、
コイツと一緒にウルの元で暮らした日々を、思い出した。

…俺がウルのところへ身を寄せて、間もなくの頃。
俺、よく、こうやって泣いてた、よな。
お袋も死んで、親父も、死んだと思ってて。
夜中に一人でぐずぐずと泣いていると、同じ部屋で寝起きしていたリオンが決まって起きてきて、やれ泣き虫だの、うるせぇだのと悪態をついてきた。

それでも。

「めんどくせぇ…!」って言いながらも、温かい飲み物を持ってきてみたり。
「だから、おまえとおんなじ部屋は嫌なんだ…!」とか言いながら、結局は一緒に起きてくれていたり、してたっけ。


なんで、かな。

子供の頃の、刷り込み現象だってか?
おまえの声聞いて、張り詰めてたものが、切れるなんて。

コイツの声を聞いて泣く、なんて。
なんつーカッコ悪ぃ…。

でも。
でも、リオン。
…頼む。……助けて、くれ。

手で顔を覆ってひとしきり涙が出尽くすまで、リオンは、ただ黙って俺の隣に立っていた。

「何があった」とも、「さっさと話せ、馬鹿者」とも、言わずに、いつものように腕を組んで、あのちょっとばかり鼻につく自信たっぷりの不敵な眼をして。


「…わりぃ…。」

「…いや。」

「…リオン」

「………」

顔を上げて、じっと、リオンを見つめた。
それから。
ちゃんと話をしなきゃなんねぇだろ、と、自分に気合いを入れ直す。
兄貴に、甘える時間は、もう終わりにしねぇとな。
そうして、静かに、話を切り出した。


「リオン。…頼みが、ある。」






**






病室で、ジュビアを抱きしめて眠る。

いや、実際には、少し眠りにつくことがあっても、すぐに、目が覚めてしまうのだが。

腕の中に、ジュビアがいることを確認して、それから、また浅い眠りにつく。



その、時が、やってきたのは。

そんな風に必死に恐怖と闘いながら、いつものようにジュビアを抱きしめて眠っていた時。

予定日まで、あと3日、という日の明け方近くのことだった。

ジュビアを腕に抱いて、うとうとと浅い眠りについていたら、腕の中で、ジュビアが息を詰めているのに気付いた。

「…どうした!?」

焦って飛び起きて、ジュビアの顔を見つめると。
額に脂汗を浮かべながら、必死に何かを耐えているのが、見えた。

「どうした!?苦しいのか?」

「…グレ…様」

「ジュビア…っ」

「…た、ぶん…始まった、…みたい、です…」

ハァハァと、辛そうに呼吸をしながら、ジュビアが、そう言った。

確かに、ジュビアのお腹のあたりから、とんでもない魔力が暴れているのを感じる。

いよいよ、始まったのだーー。

あわてて、先生と看護師をコールして呼ぶと、バタバタと皆が駆けてきて、そこからは出産の準備にとりかかる人の波で、病室の中は上を下への大騒ぎになった。

すぐにギルドへも連絡して、ウェンデイにも、助けを頼んだ。
勿論、リオンとシェリアにも。
二人は、2日前からマグノリア入りして、ギルドの客室で、寝泊まりしてくれていた。

病院が用意してくれた、治癒の魔導士も、すぐに駆けつけてくれた。
魔力の回復を助ける薬や、魔道具、それから、さまざまの機械も、次々に運び込まれてくる。

そんな中で、ジュビアが、悲痛な位のうめき声をあげながら、必死で何かと闘っていた。

俺も、片手でジュビアの手を握って、もう片方はお腹の上に置いて、一生懸命に魔力を注ぎこむ。

出てこようとする赤ん坊は、狂ったように腹の中で大暴れしていた。


…おまえも、苦しいのか?


…頑張れ。
俺の魔力でいいなら、全部でもくれてやるから。
だから、頑張れ。

祈るように、そう繰り返して、必死で魔力を注ぎ込んでいく。


始まって一時間もしないうちに、ギルドから皆が駆けつけてくれた。

リオンも俺と反対側のベッドサイドから、赤ん坊に向かって魔力を注いでくれた。

あの日、ラミアにリオンに会いに行って。

事情を説明すると、リオンはその足で一緒に病院に来てくれた。
検査に付き合ってもらうと、俺の魔力ほどではないが、リオンのものなら少しは赤ん坊が魔力を吸収してくれることがわかった。
ギルドの他のメンバーや、知り合いの魔導士でも試してみたが、吸収してくれたのは、リオンのものだけだった。
同じ氷属性だということもあるだろうが、それ以前にきっと、俺のものと性質がよく似ているのだろう。
一緒に、ウルからもらった、魔法だから。


リオンも、俺も、必死で赤ん坊に魔力を注ぐ。
シェリアも、ウェンデイも、交代でジュビアの回復に力を注いでくれていた。
リオンも、それから、カナも、レビィも、魔法で氷を作ってくれる。
俺が、俺の回復のために、その氷を貰う。

そうやって、皆でサポートを繰り返しているおかげで、ジュビアの魔力も何とか食い潰されずに済んでいるようだった。

でも、ジュビアの声は、もう聞いていられない位の悲痛な声で。
身体も、苦しさでのたうち回っていた。

ジュビアの手が、何かにすがるように伸ばされる。
その手をつかんで、苦しんでいるジュビアを掻き抱いた。

「……っ、グレ……さ…」
「ここにいるから!
……たのむ、……頑張ってくれ…!」

ジュビアの瞳から、ボロボロと苦痛の涙がこぼれて落ちていく。


…っ、くそっ、……まだ、なのか。
どうすりゃ、いいんだ。

頼む。…頼む、頑張ってくれ。
誰か……、誰でもいい、
助けてくれ、頼む…!


お腹の辺りで、大暴れしている魔力はどんどんと大きくなるのに、子供が出てくる気配はまるでなかった。

すぐ隣で、ガタンッと、大きな音がしたので、ばっとそちらを振り向くと、ウェンデイがガックリと手をついて倒れこんだところだった。

「…ウェンデイ!」
「…だ、大丈夫、です。
ごめんなさい。」
「…!…ごめん、…無理させて。」

倒れこんだウェンデイに向かって、申し訳ない気持ちでいっぱいになって、そう謝った。

「ウェンデイ、代わるから、休んで!」

シェリアが、そう言って、ウェンデイと交代した。

すまねぇ…。
皆に、負担をかけてることが、本当に心苦しかった。

ぐったりとした、ウェンデイが、
「…すごい…!ジュビアさん……
こんな状態で、まだ……」と、呟くのが聞こえる。

抱きしめているジュビアが、腕の中でまた、苦しげに叫んだ。

「…あ、あ、あぁぁっ」
「ジュビア…!」

よほど苦しいのだろう、ジュビアが、すごい力でしがみついてくる。
抱き締め返すと、本当に辛そうに震えながら、
「……グレ………ま…」
と、声を吐き出した。

「……ジュビア、ジュビア、頑張れ…!」

必死でジュビアの耳元でそう叫ぶ。

代われるものなら、代わってやりたい。
心の底から、そう、思った。

もう、始まってから、何時間も経ってる。

暴れる魔力は増すばかりで、ジュビアの苦しみ方も、目に見えてひどくなっていった。

魔力を注いでも注いでも、ジュビアの苦しみは、ちっとも失くなってはくれそうになかった。

リオンも、もう、限界のようだ。

神様、…頼む。
頼むから、もう、この苦しみを終わらせてやってくれ。

頼むから、俺から、ジュビアを奪わないでくれ…。

俺に、差し出せるものなら何でも。
なんでも、差し出すから。
ジュビア、だけは、連れていかないでくれ。
……頼む…!

突然、ジュビアの身体が、大きく震えた。

「ジュビアさん、もうすぐだから!
頑張って!」

先生の大きな声が聴こえて。

もう一度、苦しそうに呻きながら、すごい力で俺にしがみついてきたジュビアを、思いきり抱きしめた、その時。

迸るような光と共に、突然、その場に、溢れかえるほどの魔力が、パァァーッと、拡がった。

そして。

ホギャーーーッと、いう、赤ん坊の泣き声が響く。

「…っ、産まれた!
産まれましたよ!ジュビアさん!」

周りの歓声と共に、先生の、涙混じりの声が聴こえた。

腕の中で、ジュビアが一気に脱力して、崩れ落ちる。

「ジュビア!?」
「ジュビア、大丈夫か!?」

ジュビアは、ボロボロと涙を流しながら、糸が切れた人形のように、四肢を投げ出した。

「ジュビア!
ジュビア!?」

ジュビアの肩を掴んで、必死でジュビアの名前を呼ぶ。

すると、ジュビアが、ゆっくりと唇を動かした。

そして、声にならない位の、掠れた声で、
必死で、何かを言おうとした。

「……グ…イさ……、
あり、が……。」

「…ジュビア、しゃべらなくていいから!」

投げ出した手足を動かす力も何も残ってない、そんな状態で、ジュビアは、必死に唇を動かそうとしていた。

そして、開いているのがやっとの瞳で、じっと俺を見つめて……。

それから、静かに微笑みながら。

「……ごめ、……さい」

そう、言って、ゆっくりと、瞳を、閉じた。


「……ジュビア…?」

「ジュビアさん!?」

先生が、あわてて、駆け寄ってくる。

コトリ、と、電池の切れた人形のように、
ぴくりともないと動かないジュビアの身体が、腕の中にあった。

「……ジュビア…?
…ジュビア…!?」


……嘘、…だろ?

嘘……だよな?


「心マ!早く!」

先生の叫び声が、部屋の中に響く。

「グレイさん!どいてください!」

先生達に引き剥がされて、数歩下がった所で茫然と立ち尽くす。

「先生!……心肺が、…停止しました」
「電気!早く!」

先生達の声が飛び交う向こうで、ぴくりとも動かなくなったジュビアを、ただじっと、見つめる。




…嘘だ…。

ぜってぇ、信じねぇ。



ジュビアは、いなくなったり、しない。

だって、約束したよな?

ずっと、俺の傍にいる、って。

だから、信じない。
あるはず、ない。



ジュビアが、いなくなることなんてーー。









〈続〉