glazed frost

FTのグレジュビ、OPのサンナミをこよなく愛するブログ。

へカーテの花〈2〉

グレジュビ、プチ連載。
へカーテの花、第2幕、です。
お話は、亀の歩みです。

なんでも大丈夫な方のみ、どうぞ。




「…っ、ジュビア!」

そう叫んで、思いきり引かれたその腕の中に、ジュビアはいた。
力尽くで抱きしめられた身体が、その腕の強さに悲鳴をあげる。

「ジュビア、
ジュビア…!」

何度も何度も。
涙の入り混じったそんな張り裂けそうに切ない声で名を呼ばれた。
ジュビアの肩口に埋めたその、唇が、震えていた。
背中に回された腕も小刻みに震えていて、ドクドクという心臓の音がジュビアの胸に響いてくる。

「……生きて……無事で……」

抱きすくめてきたその男の声が、震える鼓動と共に、小さく、そう言った。
彼は、何かの恐怖に耐えきれないとでも言うように。
全身でジュビアを求めているかのように見えた。

ーーこの人は、誰?

逃げなきゃ、という、先ほど感じた恐怖に怯えながらも、ジュビアは混乱していた。
怖いのに。
身体が、竦んでしまうほど、こわいのに。
なのに、心の奥で、この人を求めてる、そんな気がして。
何も、わからないのに。
この人が誰かも、わからない、のに。
どうして、心がこんなに、泣きたくなるほど切ないのだろう。
抱きしめられたその腕から、かすかな香水の香りがした。ムスクにシトラスが混じったようなその香りと、この人の身体の香りとがジュビアを包み込む。
途端に、ジュビアの脳裏に、抗いがたい悲しみと激流の幻影が浮かんだ。

「……っ、い、やぁぁぁっ」

爆発しそうな感情が流れ出し、ジュビアは思いきり腕を突っ張って、普段ではありえないような力で男を突き飛ばした。
そのまま、右手で自分の身体を抱え込むように、抱きしめる。

突然の激しい拒絶。
男はジュビアに突き飛ばされたそのままに、二、三歩後ろに後ずさった。

「……ジュビア」

深く、悲しく、傷ついた瞳が、ジュビアを捉える。

「……いや、いや、こないで…!」

ジュビアは、無意識のうちにそう言いながら、泣きそうな瞳で男を見つめた。
少し逆立った、でも艶のある黒髪。
一見冷たくも見えるけれど、その実優しく下がった眦に、すっと通った鼻梁。
美しく整ったその顔立ちが、戸惑いと悲しみに揺れていた。

「…いや、……あなた、誰?」

なぜ、こんなにも、声が震えてしまうのだろう。
冷たい汗が、背筋を通っていく。

「……ジュビア。
……俺が、……わかんねぇのか?」

悲しみに濡れた男の瞳。
でも、ほんの一瞬、本当に、見逃してしまいそうなその一瞬に、男は少しだけホッとしたような顔をした。
しかし、すぐさま、その表情は消え去って、また元の辛そうな表情に戻っていく。
そして、何かを決めかねるような、そんな複雑な色をその目に浮かべた。

「……わか、らない。貴方なんて、知らない」
「ジュビア」
「…っ、いや、近付かないで、ください」

ジュビアが必死にそう訴えてみても、男はお構いなしに、離れていた距離をつめてきた。

「…や……」

身を守ろうとする気持ちが、無意識に胸元を探る。
握りしめたい何かは、そこには、ないのに。

男が、ぐっと、ジュビアの腕を掴んだ。

「……っ、」
「ジュビア。迎えに、きた」
「……!?」
「もう、……もう、二度と、会えねぇんじゃねぇか、って。
必死で、……必死で、探して…」

男は、ジュビアの腕を掴んだまま、こみ上げる思いを止められないかのように、そう言って。

そして、その瞳から、ポロリ、と一粒、涙をこぼした。

「……っ、わりぃ」

そう、言ったまま、顔を伏せてしまった彼は、こみ上げる嗚咽に耐えられないとでも言いたげに、肩を揺らした。

男の人が、こんなに、泣くなんて。
人目も憚らずに、ボロボロと、涙をこぼして。
ジュビアの腕を掴んでいるその掌も、こんなに。
こんなに、震えてる。

胸が締め付けられて、ジュビアの頭の中が一気に混乱し始めた。
こんな表情(かお)を見せる人じゃ、なかったのに、と、
ありもしない思い出が、自分の胸をよぎっていく。

男は、顔を片手で覆い、肩を揺らしていた。

「……あの、」

その姿が、切なくて、苦しくて、ジュビアが思わず手を伸ばしてそう言いかけた、その時。

「グレイ」

背後から、別の男の人の声が、入ってきた。
すっと近寄ってきたその男が、とん、と泣いている彼の肩に手を置いた。

「……落ち着いて。
気持ちは、わかるけど」
「……ロキ」
「……ジュビア、彼女も、混乱してる。
ちゃんと、話さなきゃ」

グレイ、と呼ばれたその彼は、ロキというその人の言葉に、俯いていたその顔をゆっくりと上げて。
涙に濡れたその瞳で、じっとジュビアを見つめてきた。
トントン、と、ロキに肩を叩かれても。
グレイの瞳は、ジュビアを見つめたまま、動かない。
絶対に、視界からなくすもんか、と、そう言わんばかりに。

「ジュビア、……僕が、わかる?」

ロキが、にっこりと優しく笑って、ジュビアにそう尋ねてきた。
ふるふると、首を横に振る。
何も。
本当に、何も、わからない、のだから。

「……そうか。
自分の名前、は、わかるんだね?」

もう一度紡がれたその問いに、今度はジュビアは、コクリ、と頷いた。
助け出されて、名前を聞かれたその時に。
『ジュビア』と。
うわ言で自分の名前をきちんと告げたらしい。
ジュビアは、後になってからミラやマカロフにそう教えてもらった。

ロキは、緩やかに微笑むと、そうか、と一言返事を返してくれた。
そして。

「ごめんね。
こいつ、ずっと、ずっと、君を探してたんだ」

そう言って、ジュビアの腕を掴んでいるグレイの腕をそっと叩いた。

「ほら、グレイ、ちょっと離して……」
「嫌だ」
「グレイ……」
「嫌だ。なんで、離さなきゃなんねぇんだ。
やっと、だぞ。
やっと、見つけたのに、なんで…!」

そう言って、ギュッと、ジュビアの腕を掴んでくる彼を、じっと見つめてみた。
改めて彼を見ると、品の良いその姿形の中に、やつれて、疲れ果てたような印象がある。
品よく本人のために誂えて仕立て上げられているはずなのに、体躯に合っていないようにみえるその衣装。
……痩せた、のだろうか。
僅かに生えた、口元の髭も、身なりにそぐわない、無精さだった。

「お前たち」

いつの間にか、扉のところにマカロフが来ていて、
そう声をかけてきた。

「とりあえず、中に入らんか」
「……マスター」
「まずは、きちんと、話をして。
迎え云々は、それからじゃ」

有無を言わさぬ、ある意味力強い威厳をもって、マカロフがそう告げた。

その声に、ロキが、ぺこり、と頭を下げる。
そして。

「グレイ。ほら」
「……っ」
「……大丈夫、だよ。
ちゃんと、ジュビアは生きてる。
ここに、いる」
「………」

ロキにそう促され、グレイが、怖々とその手をジュビアから離した。
離れる、その瞬間に。
ほんの少しだけ、寂しく、心に風が吹いたようなそんな気がした事を、ジュビアは見ないように、した。

「連れて、帰るから、な」

ボソリ、と、小さなグレイの声が響いた。
そうでも言わないと納得できない、まるでそんな風に響いたその台詞に。
ビクッと身体を震わせたジュビアの横で、ロキがふっと苦笑した。

腕を解放されるやいなや、ジュビアはそのまま、マカロフの元に走っていった。
そして、ギュッと、その腕にしがみつく。

「おぉ、よう戻ったの、ジュビア」
「マスター」
「お遣い、ご苦労じゃった」
「はい。
あの、これ、ご領主さまからの」

そう言って、ジュビアが、パンの入った籠を手渡すと、マカロフはふっとそれを覗き込んだその後で、苦虫を潰したような顔をした。

「あやつめ、アレやコレやと考えおって」

一言そう言ったマカロフは、それでもにっこりと笑うとジュビアを中に促した。

「……マスター、あの……」
「…うむ?」
「…あの。……あちらの、方は、あの…」
「心配、せんでもええ。
それも、ゆっくり話そう」

マカロフはそう言うと、安心させるかのようにトントンとジュビアの背中を叩いて。

それから、ゆっくりと奥の部屋に向かって歩き出したーー。







〈続〉





ものっすごく、長くなる、感じが、プンプンとします。
根気よく、お付き合いくださいますと、嬉しいです。