glazed frost

FTのグレジュビ、OPのサンナミをこよなく愛するブログ。

へカーテの花〈6〉

グレジュビプチ連載 へカーテの花 第6幕 です。

今回、ものすごく産みの苦しみがありました。
なんとかグレジュビの日にと思ったけど、ほんのり遅刻、かな。
すみませんー


それでは、どぞ










包帯を変えるための手が、ほんの僅かに震えた。

取り去った包帯の下に見えるこの深い傷に、ツンと心が痛くなるのを止められない。

けれど昨日、『奥様、私がやりますから』というジェフリーの言葉に首を振って、お願いだから自分にやらせて欲しい、と、そう主張したのはジュビア自身だ。
声を震わせながらそう言ったジュビアのその言葉を聞いて、ジェフリーは。
目尻の皺を優しく緩ませて、
『……やっぱり、奥様は奥様ですね』
と、なんだか嬉しそうにそう言っていた。


昨晩、グレイを伴ってここまで彼を送って来てくれたロキは、一晩軽く睡眠を取った後で、朝早くにまた帝都に戻っていった。
『二人して軍を空けるわけにはいかないからね』
そう言って。
どうしてもジュビアのいるこのリファルの屋敷に帰ると言ってきかなかったグレイの我侭をきいてやるために、わざわざ無理を押してここまで付いてきてくれたのだ、きっと。

『後は頼んだ、ジュビア。
この馬鹿が無茶しないように見張ってて』

帰る前にそんなふうに釘を刺した副官を、グレイは平たい目をしてじとっと見ていたが。
それでもロキがフワリと馬に跨った後に
『……悪ぃ、しばらく、頼む』
と一言、ぼそりとそう言ってロキの方を見て小さく笑った。
いろいろ助かった、慣れてるよバーカ、と2人の目がそう語り合っているようにジュビアには見えて、なんだか少し羨ましくなってしまったことは秘密だ。

外した包帯を横に置いて、そっと、傷に障らないように消毒を済ませ、薬を塗る。
かなり大きく深く入ったその傷は、見ているだけで心が痛くなってくるもので。
でも。
ここでもまたグレイを、優しい人だ、とそう思う。
自分がこんな傷を負ってまで、部下を庇ったのだ。

「……つッ」
「すみません、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫。
ごめん」

どうやら薬や消毒が染みてしまったらしい。
それにしても、我慢強い人だ。
昨晩よりは幾分かはマシだが、傷のせいで、熱も出ているというのに。その傷そのものだってさっぱり塞がってなどいない。
なのに、今日も平然とした顔をして、日中を過ごしていた。

「グレイ様」
「ん?」
「お願いですから、我慢も無理も、しないでくださいね」

少しばかり睨みつけるようにグレイを見て、ほんのりと説教をしてみる。
すると、グレイは何だか、懐かしそうに瞳を緩めて、ジュビアを見た。

「……むー、本気で言ってるんですよ」
「わかってる。でも」
「………」
「ジュビアだな、って。
そう思って。
ちょっと、嬉しくなった、ごめん」

説教をされてるのに、そんな意味のわからないことで、ほんのり幸せそうに笑うグレイに、ジュビアはむっと小さく眉根を寄せた。

「グレイ様」
「ごめんって。
でも、マジで、大丈夫だから、こんなん」
「………。
昔の生活に、比べたら、ですか?」

以前のグレイの台詞を思い出してジュビアがそう言うと、グレイは今度は苦笑して、小さく「…ん」とそう返事をした。

「ジュビアが思い出せない、前の生活の、ことですか?」
「……、ちげぇよ。
もっと、もっと前。
まだ、ガキだった頃の、話」

グレイはそう言うと、フッと笑ってなんだか遠くを見るような目をした。

「子供の、頃?」
「うん」
「そうなんですか。
……グレイ様の、子供の頃。
聞いてみたいです」
「……聞いて、楽しい話でもねぇから」

グレイはそう言うと、ほんの少しだけ目を伏せて、ほろ苦く笑ってみせた。
その笑顔が、これ以上その話をする気はない、という意思を暗に告げているように見えて。
ジュビアは、なんだか自分の発言がものすごく失敗したように感じて、小さく「……ごめんなさい」と呟いた。

「……いや、悪ぃ。
ジュビアが謝ることじゃねぇよ」
「………」
「言い方が、悪かった。
ごめんな」

優しく笑ってそう言ってくれたグレイのその台詞に、ジュビアはふるふると首を横に振った。

申し訳ないことを、した。
少しでもグレイの事を知りたいと、前の生活を、以前の自分を思い出したいと、そんな気持ちが前に出てしまったのかも、しれない。

心の中でそんなふうに自戒しながら、黙ってグレイの腕に新しい包帯を巻いてゆく。

スルスルと自分の腕に包帯を滑らせるジュビアの手を、グレイも黙って見ていて。

2人の間にしばらくの沈黙が流れた。

キュッ、と、最後のひと巻を巻き終えて、締めすぎないように、その包帯を結ぶ。

「…はい、できました。
きつかったら、言ってくださいね?」
「うん、ありがとな」

様子を窺うようにそう言ったジュビアに、グレイが優しく微笑んでお礼を言ってくれたので。
ジュビアの気持ちもほっと緩んでいった。

安心して、小さく口元に笑みを履いたあと、
そのまま、薬箱を片付けようと立ち上がった、その時。

包帯を撒き終わったばかりのグレイの左手が、そっと、ジュビアの掌に触れた。

ドキリ、として、思わず身体を固くしたジュビアがグレイの方に振り向くと。

グレイは真剣な表情で、じっとジュビアの目を見つめていた。

「……グレイ様?」
「………」

そのまましばらく逡巡する様子をみせた後で、グレイはジュビアの目を見つめたまま、徐に口を開いた。

「……傭兵部隊に、いたんだ」
「……!」
「ガキの頃、な」
「……、グレイ様」
「……12の時から、5年。
ジェフリーには、その間もずっと、世話になってた」
「………」
「とにかく、力をつけたくて、強くなりてぇってそればっかで。
……無茶ばっか、してたな。
そのたびにアイツに助けてもらって、怒られてばっかだった」

そんなにいい思い出では決してないのだろう、苦い微笑みを顔に浮かべながら。
でも、どこか懐かしむように、遠くを見つめる目で、グレイはそんな風に言った。

そういえば、昨日も。
ロキのお説教は遮りながらも、ジェフリーに叱られた時には、なんだかシュンとして大人しくなっていた事を思い出す。
きっと、今でも彼に頭が上がらなくて、そして、とても大事に思っているのだろうということが伝わって、ジュビアは緩く笑みを浮かべた。

「……話して、下さって、ありがとうございます」

あまり言いたくないことだったのかも、しれない。
それでも。
ポツポツと、ほんの少しだけれど、自分を見せてくれた。向き合おうと、してくれた。
それが嬉しくて、ジュビアはほんのりと微笑んで、グレイにお礼を言った。

そうしたら。

「……ジュビア」

グレイが、じっとジュビアを見つめながら、躊躇う気持ちを振り払うように、ゆっくりと立ち上がった。
そして、触れていた掌にぐっと力を込めて。

そのまま、ジュビアの手を握りしめた。

「……俺のこと、知りたくなった?」
「……!?」

グレイの口から出てきた、その言葉に。
自分を見つめる、その揺れる瞳に。
そして、握りしめられた、その掌の熱さに。
びっくりして、カッと、顔が熱くなってしまう。

この人は一体何を言い出すのだろう。
そんな真剣な瞳で、切なそうに見ないでほしい。
自分でもよくわからないこの気持ちを、暴こうとしないでほしい。

驚いた弾みで思わず身動いでしまったその手も、グレイは離してはくれなかった。

そうして、空いていた右手もゆっくりとジュビアの方に伸ばして、そっとジュビアの腕を掴む。

「…グ、グレイ様、あの…っ」

真っ赤な顔で、なんとかそうひと言だけ言葉にのせたまま、ただじっと、真剣な表情で自分を見つめてくるグレイの顔を見て。

その瞳の中に、ゆらゆらと揺れる熱を見つけてしまった。

ただただ、甘い熱を持ったその瞳に、心がグラグラと揺れて溶けそうになる。
このままだと、どうにかなってしまうかもしれない。

どうしたらいいのか分からなくて、思わず、掴まれていた腕を動かしてグレイのシャツの袖をギュッと握りしめて押し返した。
それから、なんとかしてこの真っ赤な顔をグレイに見られないように、隠れるように俯く。

「……そういう反応すんなよ」
「……っ」
「必死で抑えこんでるもんが、崩れそうに、なる」

吐息を堪えるような、そんな声で、グレイが、そう言ったから。

もう、ますます自分がどうなってしまうのかわからなくて怖くなったけれど。
ジュビアは自分の気持ちの赴くままに、ゆっくりと顔を上げて、じっとグレイの瞳を見つめてみた。

自分を見つめるグレイの顔。
切なげに揺れるその漆黒の瞳から、目を、離すことができない。
そして、気付く。
自分の心の奥から込み上げてくる『この人を見つめていたい』と思うその気持ちに、もうどうやっても蓋ができない、ということに。
そしてその気持ちを自覚したその途端に、溢れ出る温かな気持ちにつられて眦がじわりと潤んできてしまった。

ーーこの人が、好き。

ーーきっと、ずっと、ずっと。
この人が、好きだった。


「……ジュビア」

「……はい」

「……頼むから」

「……」

「……嫌なら、このまま、振りほどいてくれ」

「……!」

「……頼む」

「………」

じっと自分を見つめてそう言ったグレイの、その言葉の意味はよくわかっている、はずなのに。

嫌なら、振りほどいてくれ、と、彼はそう言った。

ジュビアは、自分の手のひらを覆う、その大きな手が、僅かに震えているのに気が付いた。
そうして気が付いてしまったらそんな彼のその揺れる想いを、きちんと受けとめてあげたくなってしまう。
彼が何に迷っているのか、ジュビアにはよくわからないけれど。
そんなに、怖がらないで、大丈夫だから、と、微笑ってあげたく、なってしまう。

ふ、と、ジュビアは、小さく息をついて笑みを浮かべた

そして。

そのまま、ギュッ、と、グレイのシャツを握りしめて。
ゆっくり、コツン、と、グレイの胸に自分の額を合わせてみた。

こうして触れ合ったこの部分から、自分の気持ちが伝わればいいのに。

そう思って。

「……、っ」

「グレイ様」

「………」

グレイ様、と一言自分の胸元でそう呟いたジュビアが、また顔を上げる。

その表情(かお)の、まるでグレイに甘えるような無防備さが、グレイの、最後の堰を吹き飛ばした。

ギリッ、と、奥歯を噛みしめながら。

「…っ、くそ、
……ごめん」

吐き出すように、紡がれたその台詞と共に。

グレイは、掴んでいたジュビアの腕を引き寄せて、そのまま力任せに、彼女を抱きすくめたーー。




ーー…ごめんな。

こんな、狡い奴で、ごめんーー












〈続〉