glazed frost

FTのグレジュビ、OPのサンナミをこよなく愛するブログ。

姫と王子の交響曲(シンフォニー) 前編

グレジュビ長編、姫と王子シリーズ、最終話です。
グレジュビメイン、少しガジレビ入ります。
長いので、前後編に分けますね。

グレイ視点、ジュビア視点と切り替わっていきます。
途中、やや辛い描写もあるかもです。

では、どうぞ。


姫と王子の交響曲(シンフォニー) 前編







頭が重い。
腕も上手く持ち上げられない。
瞼を上げるのも億劫な倦怠感の中で、何とか意識を浮上させて、周りの景色に目を遣る。

ここはどこ、だろう?
どうやら自分は真っ白な寝台の上に横たわっているらしい。うっすらと開いた視界には、綺麗なアイボリー色の薄い紗の布地がベッドの天蓋から垂れ下がっているのが見えた。

なに、どうなってるの?
そうだ、ジュビアは、囮の仕事中で。
そして、確かあのとき、彼等に抱えられて…

「…ふふ、目が、覚めた?」

突然、頭の上から降ってきた声に、はっとして顔をあげると。
そこには、肩まである青銀の髪を揺らして妖しげに嗤っている若い男がいた。
年の頃は、20代前半…位だろうか。
とても端正な、所謂美青年と言っても過言ではない顔立ちだが、どこか少年っぽさというか、幼さの残る笑みで、ニヤリと口角をあげていた。
どこかで、見たような…。どこだろう。
はっきりとしない頭で、必死に考えていると。

「…ジュビア!」

少し離れた所から突然名前を呼ばれた。
この声は。

「…レ、ビ…、…ゴホッ」

ぐっと顔を上げて、声が聞こえた方に目を向けると、少し間を空けて隣に位置している寝台の上に、レビィさんがいた。
隣の寝台にも大きな天蓋がついていて、豪華な紗沙の垂布は房で一つに纏められていた。
『レビィさん!』と叫ぼうとして、声を出した瞬間にゲホッと咳き込む。
…喉が、擦りきれるように痛くて、ちゃんと声が出せない。どうなってるの。

「…ゲホッ…レ……ビィ、さん…」

「ジュビア、…話さなくていいからっ」

何度も噎せながらも何とか声を出そうとしたジュビアに向かって、レビィさんは泣きそうな声でそう言った。
ゆっくりと身体を持ち上げて、寝台の上に半身を上げると、

「…あぁ、上手く声が出せないんだね?
薬のせいだよ。」

今度は、隣にいた男がふっと笑いながらそう言って、そして、そのままジュビアの顎にぐっと手をかけた。

「…潤してあげるよ」

男はそう言ったかと思うと、ベッドサイドに置いてあった水差しの水をくっと口に含んで、そして、ジュビアの顎を掴んだまま強引に唇を寄せてきた。

潤す…って…

「…ぃ、やっ」

男の唇が触れるか触れないかの所で、何とか力を入れて顔を横に振る。
そして、おもいっきり両手に力を入れて男を突き飛ばそうとした。
でも、ジュビアの力では、件の男はビクともしなかった。代わりに男は、自分の胸に置かれたジュビアの腕をぐっと掴んで、ニヤリと笑った。

「…はな、して…っ」
「ジュビア!」
「…薬で、喉が干からびてるだろうと思って、優しく言ってやってるのに。
ほら、飲ませてあげるから」
「…はなして!」

そう言って、必死で逃れようともがいていると、手首にジャランと音がした。
なに?これ…
鎖…?

よく見ると、両の手首に石の枷が嵌められていた。枷同士は繋がれてはいないものの、左の枷にはジャラジャラとした長い鎖が付いている。
鎖の先は、寝台の上方の鉄柵に取り付けられていた。
呆然としてその鎖を見つめた後、はっとしてレビィさんの方を見ると。
やはり、同じように両手に枷の付いた状態で、隣の寝台に鎖で固定されていた。

成る程、これは…。
どうやら敵の本拠の中に入り込んでしまったことは間違いない。
しかも、囮として潜入できた、というよりは、不覚にも捕らわれてしまったらしい。

「レビィ、さん」

焼け付く喉で、ジュビアがそう声をかけると、

「…うん。どうやら、しくじっちゃった、みたい…」

そう言って、レビィさんも苦笑した。

「…ほら、飲ませてあげるからさ。
無理しないで…」

そう言って、男が掴んでいた腕にぐっと力を入れて、ジュビアを自分の方へ引き寄せた。
そして、もう一度、寝台脇の水差しに手を伸ばそうとしたので、

「やめて下さい」

今度は、キッと男を見据えてその行動を遮った。

「…自分で、飲めます。」

ジュビアがそう言うと、男はフッと笑って、「あ、そ」と言うと、掴んでいたジュビアの手を放して、今度は傍にあったグラスに水を注いで手渡してきた。

こんな男に手渡された物を飲むのは癪に障ったけれど、また口移しで飲ませようとされても困るので、仕方なくごくりと喉を通す。
すると、先程までの焼け付くような痛みが少し楽になって、少しだけ息をつくことができた。

さて。

取り敢えずは、現状を認識しなくてはならない。
そして、脱出するなり、反撃するなりの手段を考えなくては。

手首に巻かれている石枷をじっと見つめる。

こんなもの、ジュビアにとっては何の意味も持たない。いつだってすり抜けられる。
先ずは、この状態であちらを安心させて、何かしらの情報を聞き出した方がいいだろう、と判断した。

「ここは、どこですか?」

隣で、気だるげに座っている男に向かって聞いてみた。
男は、ニッと僅かに口角を上げてジュビアを見つめ返してくるが、特に答えようとはしない。

「…あなたは誰?
…どこかで、お遭いしましたか?」

続けてもうひとつ、質問をぶつけてみた。
今度の質問に対しては、男は『おや?』という表情を浮かべて、
「…ふ、覚えてない?
まぁ、遠目だったしね」
と返してきた。

こう返事をしてくる所を見ると、やはりどこかで遭っているのだろう。
必死に記憶を手繰り寄せて考えていると、
横からレビィさんの声が話に入ってきた。

「ジュビア。
その人、ここの神官様だよ。
つまり、ご領主サマってこと。」
「あっ!」

言われて見れば、確かにその通りだった。
昨日遭った時には、遠くてしかも薄いベールのような物を被っていたからすぐには解らなかったけれど、確かにこの街の神官様で間違いない。

「…神官、様。
…ってことは、ここは、神殿?」
「…んー、おしい。」

男は、ヘラヘラと笑いながら、パチパチと拍手をしてくる。
…馬鹿にされてるのね、気に食わない。
一旦、このふざけた態度の男は置いておくことにして、レビィさんの方へ話をふってみることにした。

「レビィさんは、いつからここに?」

「いつから、は解らないけど、ジュビアより少し前に目が覚めて…。
そうね、30分くらい前?
…で、この状態なの。」

そう言って、ジャラン、と手首の拘束を持ち上げてみせた。

「…あのとき、ジュビアに何かあったと思って、3人でそっちに向かおうとしてたんだけど、油断しちゃって…。抱えられて、気失って、で、気が付いたらここにいたって訳。
起きて最初はクラクラしたけど、今は随分マシになったよ。
…とりあえず、ジュビアの目が覚めるのを待ってたの。これだし。」

そう言って、もう一度手枷をジャランと鳴らした後で、ストンと手を下ろした。
きっと、口には出さないけど、暗にレビィさんも
『ジュビアなら抜けられるよね?』と言いたいのだろう。
ジュビアがレビィさんに向かって、目だけで頷いてみせると、今度はレビィさんが、ジュビアの隣にいる男に向かって質問を繰り出した。

「あなたたちの、目的は何なの?」

「…目的、ねぇ」

隣の男は気だるげにそう言うと、

「そんな大層なものはないよ。」

そう言ってにっこりと笑った。

「ただ僕たちには、マリィが必要だってだけさ。」

「マリィ…?」

「そう。マリィ。
僕たちの大事な大事な妹だよ。」

そう言って男はまた、にっこりと笑った。
いや、嗤った、のだ。
その顔に、とんでもない狂気を孕んで。
ゾクリ…、と背中に冷たいものが走った気がした。

「…マリィ…」

ボツッ、と男がそう呟いた声が聴こえた、と思ったら、突然凄い力で腕を掴まれる。
そして、何の抵抗もする暇もなく思い切り引き寄せられて、気がつけば男の胸に抱きしめられていた。

「…やっ、はなして…!」
「ジュビア!」

腕の中で必死で身を捩っても、男の力が凄くてビクともしない。
男から、ハァ、と熱い吐息のようなものが吐き出された。

「…マリィ、…マリィ
…今すぐ抱いてあげる。
僕のものにしてあげる。」

熱を含んだ声で頭の上から聴こえてきた台詞に、頭がついていかなかった。

抱いて、あげる、って…

ぞっとして、何とか腕から抜け出ようともがくジュビアの頤を、男がぐっと掴んだ。
そして、そのまま男の唇が強引にジュビアの唇を塞いだ。

「…んんっ…!」
「ジュビア!…やめて!」

向こうから聴こえるレビィさんの声。

いや…、いやだ…!

無理矢理押し当てられた唇から、とんでもない嫌悪感が生まれる。
目の奥が熱くなって、涙が滲みそうになる。
はなして…、嫌、…グレイ様…!

「そんなに抵抗して…。悪い子だ、マリィ」

押し当てた唇を離して、男はもう一度なにかに浮かされたような眼でジュビアを見た。
そして、そのまま今度は首筋に舌を這わせてこようとした。

「ジュビア!…くっ、ソリッドスクリプト!
………!?…えっ…?」

レビィさんが呪文を唱えるのが聴こえた。
もうダメ…耐えられない。
全身に魔力を貯めて、水になって抜け出そうとした。

「……!!」

なんで…?
水に、なれない…!?
呆然とするジュビアの首筋を男の舌がヌメリ、と這った。
そのまま、寝台の上に押し倒される。

「…いや…っ!」

どうすることもできなくて、必死でそう叫んだ瞬間、部屋のドアが、バタンッと開いた。
男が、フッとそちらの方に目をやる。

「…ジル」

「…アル。…目が覚めるまで、がっつくなって言ったろ?」

入ってきた男は、ため息を混じらせながら、やや叱りつけるようにそう言った。
誰…?
でも、誰でもいい。
とにかく、この上にのし掛かってくる男を止めてくれるなら。

「…ちゃんと、目覚めるまで待ったよ。
いいから、邪魔しないで。」

「まぁ、待て。
ちょっと困った事態になるかもしれない。」

入ってきたジルという男の台詞に、ジュビアの上に乗っかっていたアルと呼ばれた男はしぶしぶ身体を起き上がらせた。
息苦しさから解放されて、何とか大きく息を吸い込む。目からポロポロと涙が伝ってシーツに染みを作っていった。

「ジュビアっ、大丈夫!?」

レビィさんが必死でそう訊いてきてくれたけれど、上手く頷くことはできなかった。

「なんてことするのよ!」

レビィさんの噛みつくような台詞が聴こえてくる。

「ジュビア、もういいよ!…逃げよう!」

レビィさんが、今度はジュビアに向かってそう叫んだ。

「…無理、です。」
「ジュビア?」
「…水に」
「…えっ?」
「水に、なれないんです。
というか、魔法が、使えない…」
「……!!
ジュビアも、なの…」

半分は判っていたのか、落胆したようにレビィさんが呟いた。
そう、さっき、恐らくジュビアを助けてくれようとして、レビィさんが呪文を唱えたのが聴こえた。でも、魔法は発動しなかった。
つまりはそういうことなのだろう。

「ああ、魔力を使おうとしたのか。
無駄だよ。諦めたまえ。」

「一体何をしたの!?」

ジルという男が鼻で笑ってそう言ったのを聞いて、レビィさんはその男に対して噛みつくように声を荒げたあと、
「あなた…!?」と
驚きを隠せない声でそう続けた。

「あなたもだったの…!?」
「レビィさん?」

ジュビアが訊ねると、レビィさんは「この人、私が依頼で行ってた大学の学長さんだよ…!」と教えてくれた。
ジルというその男も、青灰色の髪に、アルと呼ばれた隣の男とよく似た整った顔立ちをしていた。

「もしかして、…双子?」

ジュビアがそう言うと、隣から
「ピンポーン」
と、また少し嘲るような声が聴こえた。

「そういえばまだ名乗ってなかったね。
僕はアルベルト=シュラウ、そして、こっちが双子の弟で、ジルベルト、だよ。」

顔に笑みを浮かべてそう自己紹介をした後で、
アルベルトは手元にあった鎖をジャランと音を立てて引っ張った。
「コレさ」
そう言って、それをジュビアの目の前につきだしてくる。

「魔封具なんだよね。
聞いたことない?魔封具」

魔封具。
知っている。評議院や国軍で、対魔導士用に使われているものだ。
主に、こういう拘束具や牢、それから特殊な武器に使われている。
どうしてそんな特殊なものが、こんなところにあるの?
ジュビアやレビィさんの表情から疑問の色を感じ取ったのだろう、ジルベルトが大仰にため息をついて、「…色々と質問責めでは鬱陶しいから、簡単に説明してやる。」そう言って、ポンとなにやら石ような物を放って寄越した。
緑色の中に青と黄が混じりあったような不思議な色の鉱物だった。

「緑鳳石、という。魔封石の一種だ。
ダ=リーの街の特産物で、コレを加工したら、様々な魔封具を作り出すことができる。」

淡々と話すジルベルトの話に食い入るように耳を傾けた。

「この街は、その鉱石の宝庫だ。
街の地下にその鉱脈が埋まっていて、地下中に坑道が張り巡らされている。
そう、ちょうど、この街と同じ蜘蛛の形でな。
コレを掘り出すこととその研究が、ここの主要な産業だ。」
「…ふふ、ジルはスゴいんだよ?
魔法学の研究ではとんでもない才能があってね。
これで、あるとあらゆる魔封具を作り出すんだ。評議院も、喉から手が出る程欲しがるような、ね。」
「その手枷と、それからお前たちに飲ませた薬とは、その緑鳳石でできている。
枷の方も勿論だか、直接身体に入った方はお前たちの魔力をどんどん食い潰していく。
特に魔力が強ければ強い程効果も大きい。命を削るのも似ているからな。」

ジルベルトはまるで感情のこもらない声で、ひとつひとつ事実を並べたてていく。

「…だから、ジュビアの方が目覚めるのも遅かったのね。…身体が私より辛そうに見えるのも、そのせい…」

レビィさんが、呆然としながらポツリとそうこぼした。
ジルベルトはレビィさんの方をチラリと一瞥したあと、また事務的に言葉を続けた。

「だから、逃げ出そうなんて、無理なことは考えないことだ。
お前たちはもう、僕達のマリィになることが決まっている。
逃げようとするなら、何度でも薬を射たれることになるが…、
…そうなると命の保証はしないよ、マリィ。」
「…逃すつもりも、殺すつもりもないよ。
幸運なことに二人も手に入れたんだからね。」

アルベルトは、ジルベルトの言葉を受けて、またゾクッとするような冷たい笑みを顔に浮かべてそう言った。

怖い…、この人達、おかしい。

アルベルトの方は、いつも笑みを顔に張り付けているが、漂うのはなんとも言えない『狂気』だ。
そしてジルベルトの方は、一見すると冷静沈着なように見えるが、それも何処か違うような気がする。いうなれば何の興味も感情もない人形のような無機質感の中で、彼が『マリィ』という言葉を発する時だけ内側から激情が溢れるような感じがした。

「…他の被害者の方たちは?
一人目と二人目の方はどうしたのですか?」

ジュビアが、真っ直ぐにジルベルトの方を見てそう訊くと、彼はまたしても一切の感情も見せない表情で、
「…一人目は、薬を射った後目覚めなかった。
初めてだったので、どうやら量を射ちすぎたらしくてな。」
と、そう言った。

つまりはショック死したということ…!?
なんて、酷い…。
魔封の薬が命を奪ってしまったのだろう。

「…で、二人目は、まだはっきりと目が覚めない内にアルが手を出して、何度も抱き続けてしまった。コレもどうやら負担が大きすぎたらしい、2日と持たずに壊れて動かなくなってしまったのだ。」

まるで、今日の天気は雨だったのだ、とでも言うような、平然とした口調に吐き気がした。
人の命の話をしている様には、到底思えなかった。

「3人目と4人目の方達は!?」

ジュビアが噛みつくようにそう言うと、アルベルトはスッと目を細めて
「…詳しいね。
やっぱり、君達は怪しいよ。
ハエがウロウロしてたのも、捜査の為かな?」
今度は凍り付くような笑顔でそう応えた。

「…その二人は、単純に二人で取り合い過ぎて壊してしまっただけだ。
使い物にならなくなったので捨てることにした。
…あんなに醜くなってしまっては、マリィに相応しくないからね。」

ジルはまたしても淡々とそう答えて、そして、問答はもう終わりだとでも言わんばかりに
「そんなことよりも、アル」
と続けた。

そんなこと。
4人もそんなに酷い目にあわせておいて『そんなこと』ですって?
背中にゾクゾクと寒気が立つ。
この二人は一体何を言っているの?
怖い…。狂っているとでもいうのだろうか。
レビィさんの瞳も、驚愕と恐怖に揺れているように見えた。

「どうやら、評議院の奴らめ。
事件の依頼を何処かの魔導士ギルドに依頼したようだ。間者として入り込ませている者からさっき連絡があった。」
「へぇ。」
「こちらが知らぬ存ぜぬで通しているのに不満を持ったんだろうが…。でも、自分達では手は出せない。苦肉の策だろうな。」
「じゃあ、この二人もそのギルドから来たのかもしれないね。どおりで詳しい訳だ。
ハエがウロウロしていたのも、だからかな?」

アルベルトは、ニヤッと笑いながらそう訊いてきた。

「まぁ、関係ないよ。
ここは、どの部屋にも色んな緑鳳石を仕込んである。踏み込んできたら、殺すだけさ。」
「まぁ、それはそうだが…」
「せっかく二人も手に入ったのに、邪魔なんかさせるもんか。
ジルはそっちのマリィがいいんだよね?」
「ああ」

アルベルトが、レビィさんの方を顎でしゃくる。

「じゃあ、二手に別れようか。
もしも踏み込んで来たときのために。
時間も稼げるし、戦力を分散させよう」
「そうだな」

ジルベルトは、じっと無言でレビィさんを見つめてから、徐にレビィさんのいる寝台に片足を乗り上げた。
そして、ガチャン、と固定していた鎖を外したかと思うとそのままレビィさんを抱き上げた。

「なにするのよ!はなして!」
「レビィさん!」

ジルベルトは、抵抗する小さな彼女を難なく押さえこんで「研究部屋の方に行く。」とアルベルトに告げた。

「やめてよ!はな、してっ」
「レビィさん!」
「いいから、大人しくしていろ。」

ジルベルトは無表情なままにそう言って、
そして思い出したかのように
「そういえばアル、食事を用意させていたんだった。そっちのマリィにも食べさせてやるといい。」
と付け足した。

「あぁ、そうか、…食事、ね。
うん、そうだね。
先に食べてもらわなきゃね。」
「どうせ抱き始めたら1日中止まらないのだろう?」
「ふふ、ジルだって人のこと言えないクセに」

二人の異質な会話が部屋を支配していく。
そしてジルベルトはもがくレビィさんを連れて部屋の扉の方に向かって歩き出しそうとした。

そのとき、突然レビィさんが
「ジュビア!」
と叫んだ。

「ジュビア、聞いて!
あのね、ジュビアは知らないだろうけどっ、ジュビアのいた建物が爆発したんだよっ。たぶんだけど、ジュビアが移動した後で!」

ジルベルトは腕の中で突然話を始めたレビィさんを見て一瞬足を止めた。
ジュビアも突然の話にびっくりしながら、レビィさんを見つめる。
…爆発?
そうだったの?

「ずっとずっと、グレイの声が聴こえてた!
必死でジュビアを呼ぶ声が!
だからっ」

目を見開いたジュビアに向かってレビィさんが続けてそう叫んだ。

「必ず、来てくれるから!
グレイも。それからっ…
ガジルも!!」

レビィさんは、キッと強い瞳でジュビアを見てそう言った。
二人で視線を交わしあう。
そうだ。
きっと来てくれる。
グレイ様も、ガジル君も、それから皆も。
信じて待つのだ、とレビィさんも言ってる。

ジルベルトは、面倒くさそうにフゥとため息をついて、そのまま無言でレビィさんを連れて出ていってしまった。
アルベルトもチラリとこちらを見てニヤッと笑ってから、二人が出ていった一瞬あとに扉の向こうに消えていった。

扉を見つめて大きく息を吐き出す。
緊張感が少しだけ緩むと、どっと身体が奥の方からだるくなっていくのを感じた。
薬のせいか、上手く身体を動かすことができないけれど。

でも、きっと。
きっと、来てくれる、グレイ様が。

だって、
『信じろ』って言ってくれた。
『好きだ』って、言ってくれたから。

力が入らない身体を傾げてゆく。
そしてそのまま、ゆったりと目蓋を閉じた-ー





***





「用意はいいか?」

ラクサスのセリフに、ガジルと、そしてカナと3人で目を見合わせる。

「いつでも」
「頼む」

そう返事をして魔法陣の中からラクサスを見つめた。


時刻も深夜を大きく回った、あと数刻で夜明けを迎えようかという頃。
俺達は、全員でレビィの消えたという民家の中にいた。
民家、というのは正しくはない。
正確には、外からは民家のように見える只の何もない建物、だった。
恐らく、街に幾つかある移動点の1つなのだろう、内部には家具もなければ人が住んでいる気配もなく、ただ正面右手に見える壁に埋め込まれた柱に、一枚の垂れ幕がかかっているだけだ。


『反撃開始だぜ』
そう言って不敵に口角をあげながら、ラクサスとミラちゃんが俺達のいる部屋に戻ってきたのは2時間程前のことだ。
フリードが、あの模様を解読してくれたこと、
ジュビアとレビィは地下に飛ばされたらしいということ、そして、跡を追うための書き換えの魔法も授けてれたことを、教えてくれた。
色々と相談した結果、俺とガジルとカナが、このフリードの魔法でここから地下に潜ってジュビアとレビィを追う事になった。
カナは
『中に潜れれば、この邪魔な壁が少しはマシかもしれない。そうしたら、もっと二人の場所も声も追えるかも』
そう言って、俺たちと一緒に来る方を選んだ。
『全員でひとつのルートで追うのは危険だ、上手くいかなかった時の保険がない』とミラちゃんが主張したので、ミラちゃんとラクサスは、神殿に正面からぶつかってみる事になった。
ウォーレンもラクサス達と行動を共にする。
感知組を二手に分けようという作戦だった。

この場所に着いてから、慣れないながらもラクサスは何とか魔法を書き換えてくれた。
やはりというか、かなり時間はかかったが。
俺やガジルの
「まだかかるのかよ」
「さっさとしやがれ」
という台詞を後ろに聞き、
「うっせえ!ブツブツ言うならテメェでやれ!」
と怒鳴り付けながら。
いくらフリードとの付き合いが長いっつっても、まぁ専門外なので、当然だ。
事実、俺たちには何が何やらさっぱりわからねぇし。
ガジルは
「…クソ、取り戻したらチビにこの手の奴も教えてもらうか…いや、ブっ潰した方が早ェな…」
などと物騒な台詞をもごもごと言っていた。


魔法と繋げた円陣の中でじっと待ちながら
ラクサスが最後の一筆を書くのを見届ける。

と、光が、俺達3人の周りを覆っていった。

「中はどうなってるかわからねぇ。
気をつけて行けよ!」

魔法が発動される直前に、ラクサスがそう叫んだのが聴こえた。





***





ヒュン、と小さな音を立てて、周りを取り巻いていた光が螺旋を描いて解かれていく。

着いた場所は、所々に点々と灯りがあるだけの真っ暗な地下道だった。
鉱山の発掘場にあるような、坑道に似ている。
切り出した岩肌に10メートル置きに木枠のようなものが番えてあり、周りを囲う岩肌は緑色に黄色と青を混ぜたような独特の色合いをしていた。

着いた途端に、身体がぐんっ、と重くなるような感覚に囚われる。

「…、なに? ここ」
「さぁ、わからねぇ。…何かの坑道、か?」
「そんな感じだな。
クソッ、身体が重てぇ…!」

ガジルもカナも思うように動けないらしい。
確かに、魔力がどんどん抑え込まれていく感じだ。

「この周りの岩、何か出してやがるな…」

ガジルが横壁を蹴りつけながらそう愚痴った。

「…だな。…コレが、ミラちゃんの言ってた魔封って奴なんじゃねえの。
カナ、どうだ?」

俺がそう言うと、カナはやや辛そうにはしながらも、

「…今は何とか大丈夫。
あんた達よりはマシかも。
上にいた時よりは、カードの位置が見える。
こっちだ。行くよ!」

そう言って坑道を右側に進んでいった。






***






沈んでいた意識が覚醒する。
ゆっくりと目を開けると、先程と変わらない寝台の上だった。
…眠って、しまったのか。
どのくらい意識を手放していたのだろう。
ほんの少しだろうか、それとも、かなりの時間が経ってしまったのだろうか?

「…やっと、お目覚めだね。マリィ」

背後から聴こえた声に、ガバッと起き上がって振り返ると、そこには妖しく笑うアルベルトがいた。

「……っ」

「…食事を持って戻ってきたら、マリィは眠ってしまってたんだよ。」
「…っ、どの、ぐらい…」
「そうだな。あれから3時間位たったよ。
もう少ししたら、夜が明ける位の時間だね」

アルベルトは相変わらず仮面のような笑みを張り付けてそう言った。

「…ごはん、食べる?」
「…いりません…!」
「そう?…食べさせてあげようか?」

アルベルトはそう言ってジュビアの腕を掴んだ。

「いやっ、触らないで…っ」

振り払おうとすると、またしても凄い力で引き寄せられてアルベルトの前に座らされた。
そして、

「スープだけでも、飲んだ方がいいよ。
ほら」

そう言ってもう片方の手で、取っ手のついたスープのカップを差し出してきた。

「いりません…!」

「聞き分けのない子だなぁ、マリィは」

「ジュビアはマリィなんて名前じゃありません。
あなたの妹でもない…!」

「ふふ、本物のマリィもそんな大きな目をしていたよ。ちょっと目尻がつり上がっていて、キッと睨んでくるその眼差しがよく似てる。」

「………!」

「何より、こんな綺麗な青い髪をしてるんだ、
僕たちのマリィにそっくりだろう?
だから、君は今日からマリィになったんだよ」

ジュビアに飲む気がないことを悟ったのか、アルベルトは片手に持っていたスープカップをトレイに戻して、その空いた片手でジュビアの髪を一筋掬った。
そして、その髪に唇を寄せてくる。

「触らないで…やめて…っ」

「マリィもよくそうやって怒ってた。
僕やジルが抱こうとすると、泣いて『にいさま、やめて』って」

「…っ…!あなた達、妹さんにも…!?」

実の妹にもこんな事をしていたのだろうか。
本当に、狂ってる。

「僕たちにはマリィしかいないのにさ。
こんなにこんなに愛してるのに」

そう言って、何度も何度もジュビアの髪に唇を這わせてくる。
掴まれた腕も痛い…。凄い力。
きっと痕が残ってしまっているだろう。
抵抗しても無駄だった。
なら、何か一つでも話を聞き出した方がいい。

「…本物のマリィさんは、今どこに?」

何となく答えは判っていたけれど、一縷の望みをかけて訊いてみた。

「……マリィはね、星になったんだ。
ある日突然、自分の部屋で首を吊って…」

…やっぱり、予想通りの返事が返ってくる。

「こんなにこんなに愛しているのに…!
ジルと3人で何度も愛し合ったのに…!」

アルベルトは熱に浮かされたような瞳でそう語った。
きっと妹さんは、正常な神経の持ち主だったのだろう。
実の兄二人に凌辱される日々に、耐えられなくなったに違いない。

「父上だって、そうさ。
僕とジルが双子で産まれたせいで、このダ=リーを護る魔力が半分ずつしかなかった。
緑鳳石を操る魔力がね。
だから、マリィに跡を継がせると言った。」

アルベルトは、ジュビアの髪に這わせていた唇を止めて、まるで熱病のように手をさまよわせたあと、今度はジュビアの肩をガシッと掴んだ。

「…痛っ、」

「跡継ぎなんてどうだってよかった。
でも、続けて父上はこう言ったんだ…!
『だから、マリィを結婚させる』って…!」

アルベルトはそう吐き出したかと思うと、凄い力でジュビアを腕の中に引き寄せた。
そして、羽交い締めるように抱き締めてくる。

「…痛い…っ、やめて、」

「他の奴になんて渡すもんか…。
マリィは僕たちのものだ。
だから、…父上も殺してやったんだよ。
僕たちとマリィの愛のために…!」

そう叫んだアルベルトにそのまま寝台に上に押し倒される。

「さぁ、マリィ。
もう話は終わりだ。
…今から、抱いてあげる…!」

「いや!…はな、して…!」

「ゆっくり、ゆっくり、愛してあげるから。
たくさんたくさん鳴くといいよ。」

「…んんっ、!!」

覆い被さってきたアルベルトに唇を塞がれる。
いや…っ、
嫌だ…!
気持ち悪い…!
せりあがってくる嫌悪感で吐きそうになる。
目尻に涙が浮かんで止められない。

息が苦しくて口をあけた瞬間に、アルベルトの舌が口腔内に入ってきた。

「…!っ、んーっ」

舌は、一瞬口の中を舐めあげたあとですぐに離れた。
でも、そのまま今度は首筋に移動して、吸い付いてくる。

押さえつけられた手首が痛い。
のし掛かってくる身体をどうやっても止められない。
首筋にかかってくる吐息が気持ち悪い…!


「…ぃやぁぁっ…!
助けて…っ
グレイ様…!…グレイ様っ」


涙で滲む視界の中で、必死にグレイ様を呼んだ。

グレイ様……!
グレイ様、お願い…!

助けて!-ー






[続]