glazed frost

FTのグレジュビ、OPのサンナミをこよなく愛するブログ。

姫と王子の追走曲(カノン)

グレジュビ長編。『姫と王子』シリーズ、第四話 。
今回はラクサス視点とミラ姉視点。
謎解き回につき、甘い描写はほとんどありません。
ほんのり、ラクミラ程度、ですね。

では、どうぞ。

姫と王子の追走曲(カノン)




「ふふ、手に入れたね。」
「あぁ、やっと。
しかも今回は二人だ。」
「よかったね。
二人もマリィが手に入るなんて。
これで、獲り合って壊してしまうこともないね。」
「そうだな。
……薬が馴染むまで、しばらくかかる。
ちゃんと我慢しろよ、アル。
お前ががっついて、二人目をダメにしたんだからな?」
「…わかってるよ。
でも、一人目を壊したのはジルだろ?」
「…あれは、ちょっと薬の量を間違えただけだ。」
「…ふふ、今回は大事にしなきゃねぇ。
二人とも凄く好みのタイプだし。
僕達のマリィにピッタリだ。」
「…そうだな。評議院の奴らに知らぬ存ぜぬで通すのも少し苦しくなってきてるしな。」
「…奴ら、なんか勘づいてるんじゃないの?
今回、周りをハエがうろついてたよ」
「…そうなのか!?」
「ふふっ、大丈夫だよ~。
ちゃんと目眩まししといたから」
「…ならいいが。
とにかく、今回は慎重にいこう。いいな?」
「…ふふ、了解~」



***




部屋の灯りの芯が、ジリジリと僅かな音を立てる以外に何も聴こえてこない。
誰も、ほとんど口をきかずにただ待つだけのこの時間の中で、ガツッと小さな音がした。

「…あぁ、わりぃ」

ふっと顔を挙げると、グレイが拳を壁に叩きつけた音だった。

…仕方ねぇ。
こうしている間にも何かあったら、とグレイが
イラつきを抑えきれないのもよくわかる。
ふっとガジルの方を見てみると、こちらも苛立っているのが手に取るようにわかる程の険しい顔になっていて、声をかけるのも憚られる様子だった。




何とかグレイの野郎を落ち着かせて、その後二転三転する状況にイラつきながらも、一旦宿に
戻ったのは夕方近くの事だった。

あの爆発の後。
崩れた建物の前で呆然と立ちすくんだあとで、必死でジュビアの名前を呼びながら瓦礫を除けようとしたグレイに向かって『落ち着け!』と怒鳴り付けた。

ジュビアのことだ。
どうしてもヤバいと思ったら、きちんと魔法を使って、あの爆発からも逃げる事が出来たはずだ。
建物が崩れる前に、奴等はジュビアを何処かに連れていくのだと言っていた。
そもそも、向こうはジュビアを拐いたいのだ。
殺してしまっては元も子もない。
そして抵抗するジュビアを『しっかり抱えろ』と言ったと思ったら、突然カードの通信も切れた。
つまり、何らかの方法(魔法かもしれないし違うかもしれないが)を使って、爆発の前に何処かに連れ去られたんだと考える方が自然だ。
そして、あの爆発はきっと俺達の目を誤魔化す為のデモンストレーションに違いない。

そう言って説明してやると、グレイは強張っていた身体からほんの少しだけ力を抜いた。
だが、ふと手を見てみると、その手元がまだ僅かに震えていてーーきっと無意識だろうがー、目の前で起こった出来事に対するグレイの動揺の大きさを物語っていた。
確かに、俺の言った通りなのかどうかははっきりとは確かめようもない、推測にすぎないと言ってしまえばそれまでだ。もしかしたらあの下にジュビアがいるかもしれないという可能性も多分にある。

そこに突然、念話を通してカナの台詞が響いた。

《大丈夫!生きてる!》

「カナ!?」

《…くそ、何かに邪魔されてるみたいで…
凄く反応が弱いんだけど、でも、ジュビアのカードが動いてる!》

「ホントか!?」

《うん。…だから、少なくともそこにはいない。…靄がかかったみたいな…ほんとに小さな反応しかないけど…、多分街の方に戻ってる、と思う。》

カナの意見を聞いて、やっとグレイの顔にキッとした生気が戻った。
ぐっと握りしめた拳に力が入るのがわかる。

「カナ、追えるか?」

俺がそう訊ねると、カナは

《…もちろん頑張ってみるけど…、泥水の中で小さな石を探してるような、そんな感覚なんだ。
絶対、何かに邪魔されてる…。》

と、悔しそうな声でそう言った。

《でも、追ってみせるから!…僅かだけど反応はあるんだ。》

きちんとした場所は特定できなくても、ある程度の範囲ならわかるかもしれない、カナのその台詞を聞いて、俺達も顔を見合わせて頷く。

「とりあえず、街に戻るぞ。」
「わかった。」

そう言って、二人して街に向かって駆け出そうとしたその時だった。

《…キャアア…ッ!》

念話の向こうで、突然、悲鳴が響きわたった。

《…!!…レビィ!》
《…テメェ、…何しやがる!》

どう聞いても明らかに異常な状態が伝わってきて、グレイと二人してその場で立ち竦んで、顔を見合わせる。

「…どうなってんだ!?
…まさか、レビィもか!?」
グレイがそう叫ぶのと、
《待ちやがれ!》
いうガジルの怒鳴り声が聴こえたのがほぼ同時だった。

「ミラ!…どうなってる!?」

状況が掴めなくてミラに向かってそう訊いたが、恐らくそれどころではないのだろう、あちらからの返事はなく、代わりに

《……いない!?》
《…どうなってんだ!?》

というミラとガジルの声が響く。

《…カナ!》
《…くっ、ダメだ。また、消えた…!》

ミラがカナを呼ぶ声に、またしてもカナが悔しそうに呻いた。

どうやらレビィにも何かあったのは間違いない。しかも詳しい事は掴めねぇが、恐らくはあまり良い状況でないことは確かだ。

「とりあえず戻るぞ、グレイ!」
「あぁ!」

とにかくこんなところでじっとしている訳にはいかない。
合流して、二人を追うための手段を考えなくては。
逸る気持ちを何とか堪えて俯き加減に走るグレイの横顔を見て、まるで自分の心臓がギュッとつかまれたように痛んだ。





***




「……俺の、せいだ…」

俺達が宿に戻って暫くしてから戻ってきたガジルの第一声はそれだった。
ボソリとそう言い放った、奴の握りしめた拳が震えていた。
そのまま、近くにあったテーブルに向かって、思い切り拳を降り下ろす。
ガンッという鈍い音が部屋中に響いた。

そんな中で、ミラが状況を説明する言葉を続けた。
「ジュビアに何かが起こったって方に気を取られてしまっていて…、3人で、そっちに合流しようとしてた所だったの。
敵がもうすでに囮にかかったって事で、
…こっち側はもう大丈夫だと、全員に、油断があった。…その隙をつかれたのよ。」
「…レビィの声が途中から全然拾えなかったのは?」
ウォーレンのその質問に対して、ミラは
「…薬を嗅がされていたから…」
と沈痛な面持ちで応えた。

「レビィを襲った男は、二人組だった。
気絶したレビィを抱えて、近くにあった民家に逃げ込んで鍵をかけた。ガジルがすぐさま鍵を叩き割ってくれたから、二人して中に飛び込んだけど……。」
「けど?」
「…もう、そこには誰も居なくて…。
建物の中は裳抜けのからだった。」

ジュビアと似たような状況だった。
違うのは、その建物が爆破されたかどうかというところ位か。
とにかく奴等は何らかの移動手段を用いてその場から消えた。
追跡出来るとふんでいた俺達の見通しが甘かったのかもしれない。

「俺のせいだ。
俺が油断したから、レビィが…」

「馬鹿言うんじゃないわよ。
誰の、せいでもない。」

ガジルが珍しく弱気な発言をしたのを聞いて、後ろからカナがガジルの頭をはたいてそう言った。

「確かにな。
とにかく何とかして敵の本拠に乗り込むしかねぇ。ウダウダ言うのは、後回しにしろよ。
それよりも、ミラ。」

後悔しても何も始まらねぇ、自責の念に駆られているガジルに向かってそう告げた後で、今度はミラに話を振った。

「なんか、手掛かりはねぇのか?
その、レビィの消えた民家の中に」

「それなんだけどね。ちょっとこれ見て。」

そう言ってミラが差し出して来たのは一枚の絵だった。何やら幾何学的な模様が描いてある。
なんの、模様だろうか。
どこかで見た事がある気がするが…。

「これ…!」
「気付いた?グレイ」
「…あの時の、…ほら、酔っ払い親父の腕にあった模様に似てねぇか!?」
「正解」

グレイの出してきた答にミラが大きく頷いた。
確かに。
言われてみれば似ているような気もする。

「…ダ=リーの加護、とか言ってたな。」

昨日のオヤジの言っていたセリフを思い出してそう言ってみた。

「そう。コレが家の中の柱に描いてあったの。それで、色々昨日からずっと考えてた事と照らし合わせて、今回の事件の事を考えてみたの。」
「…どういう意味だ?」
「…あくまでも推測よ。」

ミラはそう前置きしてから、事件に対する自分の見解を述べ始めた。

「何から言えばいいのかわからないんだけど…
まず、気になったのは評議院の反応だった。
街の特色なんかを聞いても、なんだかはっきりとは答えてくれないし、なんだかお茶を濁したような返事ばかりで。
それに、こういう事件の時に動かすはずのルーンナイトを動かさないのは何故なのかしらって。」

「確かに」

でも、もちろん評議院から各ギルドに依頼が来ることもよくあることだしそれに意味はないのかもしれないんだけど、とミラは続けた。

「でも、やっぱり何か、評議院にはこの街に対して強く出られない何かがあるような気がする。
これまでの被害者の魔導士達が逃げ出せなかったのは、何か魔法を封印する術を犯人が持っているということなんだけど、ひょっとしたら、それって犯人だけの話じゃなくて、街全体の話なんじゃないのかしらと思ったの。そして、評議院はそれについて何か知ってるんじゃないかしらとも。」

「知ってて、黙ってるってことか?」

グレイが苛立ちを隠そうともせずにそう言った。

「…なんとなくね、そんな気がしただけだけど。ウチは良くも悪くも評議院に一目置かれてるギルドだし。面倒事だから押し付けようとか、仮に何か不都合があったら、ウチに責任を擦り付けようとか。…ま、そういう風にも取れるわね。」

「冗談じゃねぇ!
そんなことで、ジュビアもレビィもこんな目にあったってのか!?」

グレイがダンッと机を叩きつけて怒鳴った。
気持ちはわかる。
都合の悪い事は隠したままで事件解決の依頼をされたんじゃ、こちらとしても対策の打ちようがない。

「…私がそう感じただけで、実際には違うのかもしれないけどね。
ただ、カナやウォーレンの魔法が何かに邪魔されて使えてないでしょう?
ジュビアもレビィも別々の場所にいた。
しかもカナ、二人とも何処かに移動してるとも言ってたわよね?
街のあちこちでそれが可能になってるって事は、恐らく街全体に魔力を封じる何かがある。」

ミラは真剣な面持ちでそう告げてから、「グレイ、続きがあるから聞いて」と、グレイを落ち着かせるようにそう言った。

「…次に気になったのは、この街の呼び名だったわ。…この街の人は皆、ここを『ダリ』じゃなくて『ダ=リー』って発音するわよね?」

そのミラの発言に対してグレイも「それは俺も思ってた」と返事をした。

「単純にどういう意味なのかなと思って、で、何人かの人に訊いてみたんだけど、不思議な事に誰も教えてくれないのよね。そうやって誤魔化されると、コレがまた気になりだしたの。それで、今日大学の図書館でここの古い言葉を調べてみたのよ。」

ミラの掴み所のない話を全員で聞き入る。

「『リー』って『蜘蛛』っていう意味だった。
そして『ダ』が数字の2を表す言葉。
…つまり『ダ=リー』とは、」

「2匹の蜘蛛、って意味?」

「そう。
そこで、思い出したのがこの街の形。
真ん中の楕円の土地を中心に、8本の道が伸びてる。…これってまるで…」

「蜘蛛…!」
「そうか!つまりこの街にはもうひとつ、2つ目の蜘蛛の形の街があるってことか…!?」

カナとグレイがばっと顔を挙げて、ミラの言葉を引き継いだ。

「うん。
この街は、この街の人しか入れない、もうひとつの街を持ってるのよ。
ジュビアとレビィもそこに連れていかれたんじゃないかしら?
そして、その場所こそが、魔力を封じられる場所でもある。」

ミラが皆の顔を見回しながらそう応えた。
すると今度は、ガジルがミラの台詞を受けて、閉じていた赤い瞳をパッと開く。

「なるほど。…それであの道割りなのか。」
「ガジル?」
「…ここに来た時から、引っ掛かってたんだ。
8本の道が全く横に繋がってないのは何故だろうってな。」

言われてみれば、その通りだった。
一本道で何処にも逸れることの出来ない道は、逃げる側よりも圧倒的に追う側に有利だ。
マグノリアの半分位しかねぇ、しかも自衛の為の軍隊も持ってねぇこんな小さな街で、もし外敵の侵入があったら、いったいどうするのだろうと思っていた。

「…なるほど。街の奴等はその『ダ=リーの加護』っていう模様を使って、恐らくは街に幾つかあるポイントからどこか別の場所に移動できるというわけだ。
蜘蛛の足同士が横に繋がってないのは、その方が逆に敵の機動力をぐっと下げることが出来るからか。」
「…だと思うわ。実際私たちもジュビアの元に向かおうとして、地図で見る位置的にはとても近かったのに、それでも一旦街の中心に戻らなくてはならなかった。」

俺の言葉にミラが苦い顔で笑みを浮かべながらそう言った。
そして、そのまま、もう一度皆の表情をぐるりと見てから、

「…だから、私たちは何とかして、そのもうひとつの蜘蛛の中に侵入しなくてはならない。
ただ、恐らく街の人はこの件に関しては口も割ってはくれないだろうし、協力もしてくれないと思うの。」
と続けた。

「そうだね。この街の人にとっては命綱とも云えるものだ。余所者には他言無用が絶対のルールだろうね。」
「あのオヤジが酔った勢いで俺達にアレを見せてくれた時も、慌ててどっかに引っ張っていかれてたしな。」

カナとグレイも冷静に言葉を重ねていく。

「空間を飛ぶ魔法か、何かの術式か、…だから、さっきラクリマを使ってこの模様をギルドに送ったわ。ラッキーな事にフリードがいたから、何かヒントを読み取って貰おうと思って。レビィがいたら専門分野だったと思うんだけどね…」

確かにそうだが、皮肉にもレビィが連れ去られた建物からこの模様を手に入れたのだから、どうしようもない。
とりあえず、フリードが何かを解いてくれるのを待ってみるしかないだろう。
つまりあれか、俺達がジュビアを追って接近した建物が崩れてしまったのは、この絡繰りを敵に渡さない為、か?

「なんでジュビアの方だけ建物を壊したんだろうね?…そもそも、どうして二人とも連れていかれたんだろ?」

俺が疑問に思った事に、同時にカナも引っ掛かったようだ。

「その辺りはよくわからないわね。
何か意味があるのかもしれないし、ないのかもしれない。単純にガジルの方が隠密行動に慣れてるから、敵に尾行を気付かれてなかっただけかもしれないし」

昨日は、俺とミラが別行動だったから、ジュビアにはグレイが、レビィにはガジルが付いてたはずだ。確かにガジルの方がその辺りの気配を消す行動には慣れていそうではある。
ひょっとしたら、グレイの方は尾行に気付かれていたのかもしれない。

「クソッ…つぅことは、あの爆発は俺のせいかよ…!」

グレイが、悔しげにそう呟いた。

「まぁ、待て。全て推測にすぎねぇ事だ。
実際、何か別の理由もあるのかもしれねぇ。」
「ラクサスの言う通りよ。それにジュビアの方が、ずっと街の中心部をウロウロしていたんだもの。当然色んな人の目につきやすいわ。」

ミラが気落ちしているグレイを労るようにそう言った。

「…とりあえず、暫くはフリードの解読を待ってみましょう。今までの話も全て想像の域を出ていない訳だし。」
「そうだな。
そして、コレがほんとに移動魔法の一種だったとしたら、そのあとどうする?」
「そうなったら、乗り込む所はひとつね。」

そこまで言って、ミラが俺の方を見た。
ミラの言いたい事はすぐに伝わった。

「神殿、か?」

俺の台詞に、ミラも小さく頷く。


「…こんな大掛かりな街全体の命綱になっている仕掛けに、領主である神殿が関わっていないはずがない。今回の事件に、神殿が直接関係なかったとしても、少なくともジュビア達が連れていかれた場所、つまりどこかにあるもうひとつの街については必ず知ってるはずよ。
ましてや、評議院と何かしらの関連があるとしたら尚更、よね。
まずは、そうね。正面から乗り込んで事情を話して協力を要請してみましょうか。」

ミラが、ニッコリと笑って、ゆっくりそう言った。
だが、目が全然笑ってねぇ。…こういう顔をしている時のミラは、その、なんというか心底怖い。
俺の長年の経験がそう告げている。
こんなときにどうでもいい話だが、先月俺がコイツの誕生日をウッカリ忘れてしまっていたときと同じ微笑みだ。…あの出来事を収拾するのに、俺がどれだけの苦労を要したかは、この際置いておいて。
頭を今回の事件モードに引き戻した。

「乗り込んで、協力が得られなかった時は?」

グレイが、挑むような視線でミラを見る。

「そうね。そうなったら仕方がないわね。
こちらは何しろ『評議院からの歴とした依頼』だもの。解決の為には全力を尽くすのが筋ってものよね。
ふふ、ウチに依頼したことをあちらが後悔するようなことになってもやむを得ないんじゃないかしら。」

ミラはまたしても、非常に可愛らしくニッコリと笑ってそう言った。
つまりは、正面から協力が得られない場合は、全てぶち壊してでも、実力行使で言うことをきかせると言っているのだ、この女は。

「とにかく、この話がただの推測に過ぎないのか、それとも核心をついてるのかは、この『ダ=リーの加護』とかいう模様の解読にかかってるって訳だ。」
「…しばらく、フリードからの連絡を待つしかないわね…」

カナと俺が、そうやりとりをしている横で、グレイとガジルはじっと押し黙ってそれを聞いていた。
グレイの握りしめた手が、微かに震えていた。
ガジルも何かをこらえるように、ぐっと眼を閉じる。

「グレイ、ガジル」

ゆっくりと二人を呼んだ。
俺の声は聞こえているだろうが、二人とも微動だにせずに、ただじっと感情を抑えている。
本当なら、今すぐにでも飛び出して行って助けにいきたいはずだ。

「…もうちょっとだけ、我慢してくれ。
確信が取れたら、どれだけ暴れてもいい。
そうなったら…
…ウチの家族に手ェ出したことを、相手に死ぬほど後悔させてやる!」

腸が煮えくりかえってるのは、全員同じだ。

キッと俺を見つめ返してきたグレイの肩に手を置いて、行かせてやりたい気持ちを必死で抑えながら、そう言った。--




***




宿のフロントで借りたラクリマを前にじっと連絡を待って、もう2~3時間近くが過ぎようとしていた。
全員でここにいても宿の迷惑になるだけだからと、私がここで待機して連絡を待っている。
何かで気を紛らわすことも出来ず、ただ待つだけの時間は本当に長く感じた。


「ミラ」

突然呼ばれた声に振り返ると、フロントの入り口にもたれかかるようにしてラクサスが立っていた。

「どうしたの?」

さっきまで、部屋で皆と一緒にいたはずだったのに、急に降りて来るなんてどうしたのだろう。

「何か、あったの?」

私がそう訊ねると、ラクサスは苦い顔で笑って「いや…」と応えた。
そして、

「…なんだか、居たたまれなくてな、
抜けてきた。」

そう言って、更に苦い笑みを浮かべながら、
ゆっくりとフロントの中へ入ってきた。

「…そう。」

そう応えて、長椅子に座っていた位置を少しずらしてスペースを空けると、ラクサスはふっと微笑んで私の隣に腰かけた。

「グレイとガジルを見てるのが辛くて、な」

両脚の上に肘を載せて手を組み、僅かに俯いてラクサスはそう言った。

「…そうね。」

ラクサスの言っていることは、充分過ぎるくらいに伝わった。
あの二人にとって、ただこうして待っているだけの時間は、私が感じる何倍も長いに違いない。
そばで見ているだけで、居たたまれない気持ちになるのは当然だった。

「…今回の事件に限って言えば…、
すぐに命の危険はないでしょうけど…」

でも、別の意味での危険は、時を選ばずして既に襲っているかもしれない。一分一秒でも早く助けに飛び込みたいと思っている二人に、酷な時間を強いている、と思う。

「…俺が、」

「ん?」

「俺が、アイツらの立場だったら…」

ラクサスはそう言ってじっと私を見つめた。

「お前が、もし同じ目にあったら…」
「……」
「…こうしてる間にも、他の、男に、
…組み敷かれてるかもしれねぇ、と思ったら…」

ラクサスの瞳が何かに堪えるように揺れる。

「…ラクサス…」

「…ふ、考えたくもねぇな。
想像しただけで、頭の線が何本か切れそうだ。」

ラクサスはそう言って、自嘲気味に嗤った。

「…ラクサス」

「…愛だの恋だの、そんなどうしようもない感情は、男の方が厄介だな。」

「…そう、なの?」

そんなことは、ないと思うけど。
女だって充分、恋愛に泣いたり怒ったり。
私だって、どれだけ貴方のことで……。
そう言い掛けて、ラクサスの真摯な眼を見て口ごもる。

ラクサスは、普段からは考えられない位におずおずと、ゆっくり私の髪に手を伸ばした。
いつものあの強引さは何処に行ったの。

「厄介だよ。
男なんて、我が儘と独占欲の塊だ。」

そう言って、ラクサスは私の髪に一瞬だけ触れた手をそっと戻して、その掌を見つめた。

「なにがなんでもこの手で守ってやりたいと思ってた奴を、あんな風に自分の目の前でかっさらわれたら……、」

「………」

「…アイツらの面を見てるだけで辛ぇわ」

そう言って、見つめていた掌をぐっと握り込んだラクサスを見ていると、
兄貴分として、そして同じ男として、グレイやガジルを思いやる気持ちが犇々と伝わってきて…。
そして、その持って行き場のない感情を、私にだけ吐露してくれた事に、心が少しだけ熱くなった。

「絶対に、大丈夫。
私達がそう信じないでどうするのよ。
そうでしょ?」

ラクサスの手をギュッと握って、そう伝える。
そうして、しっかりと彼の瞳を見つめて力強く微笑んでみせた。
ラクサスも、一呼吸置いてふっと嘲ってから
「…そうだな」と、小さく頷いた。


ピルピルピルピル……

ラクリマの音が鳴ったのは、ちょうどその時だった。

「来たか!?」

そう言ってラクサスが立ち上がる。
その表情は、さっきまでの少し弱気な色はどこに行ったのかという位、気合いと殺気の入ったものだった。

「もしもし?」
『ミラ?』
「フリード!…待ってたわ!」
「遅せぇよ!」
『…あぁ、ラクサスもいるのか、
ちょうど良かった。』
「…で、どうだった!?
何か判った?」
『…解読完了、だよ。
魔法の配列自体はそう難しい物でもなかったのだが、何しろ文字が独特でね。
少し時間がかかってしまった、すまない。』
「…それで?
一体この模様は何なんだ?
…やっぱり、術式の一種か!?」
『術式とは、根本的には違うのだが…
まぁ、似たような魔法だ。
内容的にはこうだよ。
“その模様と同じ物を持っている者を、その場所の真下にある空間に送る”』
「…真下…」
「…そうか!…つまり地下か!」

ラクサスと顔を見合わせて頷く。
やっぱりこれは移動の魔法だったのだわ。
そして、移動した場所は、地下。
この街には、街の下にもうひとつの地下都市があるのだ、きっと。
そう、まるで巨大シェルターのような、もうひとつの蜘蛛が、地下に張り巡らされているに違いない。

「ありがとう!フリード!」
「見たこともない文字だっただろうに、さすがだな。ご苦労だった。」
『…いや、礼には及ばない。
それより、時間がかかったのには訳がある。』
「どういうこと?」
『これが、見えるか?』

フリードはそう言って、別の紙をラクリマに映し出した。

「何、コレ?」
『…この魔法の書き換え魔法だ。
レビィが消えたっていうその建物の柱の模様を、これに書き換えてみてくれ。
恐らくはその地下の場所に入れると思う。
ラクサス、ラクサスなら俺との付き合いも長いし、この位の魔法陣なら描けるだろ?』
「フリード…!」

この短時間で、解読だけじゃなくて、こんな書き換えの魔法まで用意してくれたなんて…!
感謝の気持ちと、尊敬の念で胸がいっぱいになった。
横で、ラクサスが書き換え魔法の内容を書きとめている。

「ありがとう!」
「ホントにすまねぇ、助かった!」
『仲間のためだ。当然だろ?
…それより』
「………」
『フェアリーテイルに喧嘩を売ったこと、
骨の髄まで後悔させてやってくれ。
…健闘を祈る。』

フリードはそう言ってニヤッと笑ってから、通信を切った。
そうして、ラクサスと二人、顔を見合わせる。

「…反撃開始だ。アイツらのとこに戻るぞ。」
「ええ!」

ラクサスは、鬼気とした迫力を纏ってニヤリと嗤いながら私の肩に手を置いた。
その顔を見ているだけでこんなに安心するなんて、やっぱり自分も、気づかぬ内にこうして守ってもらっているのだと自覚する。


ジュビア、レビィ、待ってて。
グレイが、ガジルが、そして私達が。

今から助けに行くから。

沸き立つような気持ちで、二人で階段を上がって皆が待つ部屋へと急ぐ。

時計はもうすぐ日が変わろうかという時刻を指していた――。





〈続〉







∞∞後書き∞∞



謎解き回とはいえ、こんなに淡白な話なんて。
皆さんの、批判が聞こえるようです。

でも、やっと次話で完結です!
長かった…
今回の反動で、やや甘い話になること請け合いでございます(//∇//)
やっとグレイも活躍する、はずです!

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
またよろしくお願いいたします。