glazed frost

FTのグレジュビ、OPのサンナミをこよなく愛するブログ。

姫と王子の交響曲(シンフォニー) 後編

姫と王子シリーズ、最終話。後編です。



姫と王子の交響曲(シンフォニー) 後編






「鉄竜棍!」

「アイスメイク・槍騎兵(ランス)!」

ガジルの攻撃が前方の敵を弾いたと同時に、
両脇からやって来た襲撃者たちを氷の槍で地面に沈める。

「くそ、どんだけいんだよ!キリがねぇな」
「…しかも、普通の人間と来た!」

複雑に絡み合った坑道を抜けて進んでいくと、恐らくは中心部に近付くにつれて、わらわらと正面や脇道から敵が押し寄せてきた。
身なりからいって、恐らくここの領主に仕えている兵士達だろうと思われた。

上の街が、一本道だったのに比べて、地下の坑道はどうやら横にも繋がっているらしく、とても複雑な構造になっていた。
鉱物を掘り進めて繋がったのか、敢えて繋げてあるのかは、わからないが。

カナの指示通りに、発信源のカードに向かって走って進んだのだが、選んだ道が途中で途切れて行き止まりになっていたりして、何度も行きつ戻りつを繰り返してようやくここまで来た。
正直、カナがいなかったら、間違いなく迷って進めなかっただろう。

「だいぶ近付いたよ。
きっと、もうすぐ…っ」

そう言うカナの声も息苦しそうだ。
無理もない、もうあまり魔力がないに違いない。

俺達も、攻撃を繰り出してはいるが、はっきりいって普段の十分の一も魔力は出せていなかった。

ここの空気が、身体をどんどん重くしていく。
しかも、中心部に近付けば近付くほど、その効果は顕著になった。

「ハァ、ハァ…、とりあえず進むぞ」

とにかく、早く前に進みたかった。
目の前で、ジュビアをかっ拐われてから、もう裕に半日以上が過ぎている。

無事でいてくれ…頼むから。
間に、合ってくれ。

懇願にも祈りにも似た想いで、何とかここまで
叫び出したくなる気持ちを耐えてきた。
きっと、隣で何度も舌打ちを繰り返しているガジルも同じだろう。
とにかく、カナが指す方向に向かって進もうとした、その時だった。

『…いり…せん…!』

胸のカードから、微かに音が聴こえた。

はっとして立ち止まり、カードを手に取る。

「カナ!…これ!」

カードをカナに向かって差し出すと、また今度は
『いやっ、…わら…いで!』
という声が聴こえてくる。

「ジュビア!」

受信用にとカナから手渡されてるカードからは、ノイズだらけでよく聞き取れないものの、
確実にジュビアの声が聴こえてきた。

「よし!」

カナの顔に生気が戻る。

「…よかった…!
実は不安だったの、カードの場所に二人がいるかどうか…!」

そう言われてみればそうだった。
気づかれてどこかに捨てられている可能性だってあったのだ。

「声が聴こえるってことはそこにいるってことよ。しかも、声を拾える位にグレイとガジルが二人に近付いたってこと!
多分、あと少しだよ。
ガジルの方は?何か聴こえる?」
「いや」
「きっともう少し近づいたら聴こえると思う。レビィの方が反応が少し先なんだ。」

カナの台詞にガジルもキッと顔をあげた。

「私はここに残る。
で、この“声のカード”に魔力を集中させて貰う」

カナはきっぱりとした口調でそう言うと、フラッと倒れ込むように膝をついた。

「正直、もう魔力が限界…動くともっと消耗しそう…」
「カナ…」
「…でも、動かずに、こっちのカードだけに魔力を使うなら何とか…。
場所は指示するから、あとは二人で行って!
近付くほど、声もはっきり大きくなるから…!」

ハァ、と肩で息をしながら、カナがそう言った。

「お前、そんな状態で、
敵が来たらどうすんだ!?」
ガジルが怒鳴り付けるようにそう言うと、
「大丈夫、あんた達が殆どやってくれたし…。
それに、馬鹿にしないで。
こんな雑魚相手に自分の身くらい守れるっての!」
辛そうに呼吸しながらも、カナはニッと強気に笑ってそう言った。

「とにかく、行って!
ジュビアはこのままこっちの道を真っ直ぐ。
レビィは、ジュビアの所から左に折れて奥の方だよ。
もう、位置特定のカードの方は追うのはやめるから、あとは声の大きくなる方に行って!」

「わかった!」
「サンキュー、カナ!」

ガジルと二人でそう返事をして、指示された方に向かって駆け出した。
サンキュー、カナ。…恩にきる!
振り向くと、カナはぐったりとその場にへたりこんだあとで、ぐっと目を閉じてカードに集中してるようだった。

駆け出した途端に、カードが僅かに光り始めた。きっと魔力が抑え込まれている分、効果も弱々しいのだろうが…。

『…んものの、…リィさ…は、今ど…に』
それでも、また、ジュビアの声が聴こえてきた。
少し声も大きくなった。

「ガジル、そっちは!?」
「よく、聴こえねぇが雑音は入ってくる。
大丈夫だ、俺は滅竜魔導士だぜ。
近くまで行ったら、アイツの声くらい自力で聞き分けて、匂いも追ってやらぁ!」

ガジルの言うことももっともだ、と頷いていると、こちらのカードからは、また声が聴こえてきた。

『……痛い…っ、…めて、』
『…の奴にな…て渡す……か…。
マリ……僕た…のものだ。
だ…ら、…父上も……てやったんだよ。
僕た…とマリィ……のた…に…!』

ジュビア…!
隣から男の声もする。
どんどんと大きくなってゆく声と、聴こえてくる内容に焦燥が止まらない。

『…さぁ、…リィ。
もう話は…わりだ。
…今……、抱いてあげ…!』
『…いや!…はな、して…!』

クソッ、頼む!
間に合ってくれ!
漏れてくる声はとても聞いていられなかった。
重い身体を叱咤して必死に走る。

『…っくり、ゆっくり、愛し…あげるから。
たくさ…たくさん鳴くといいよ。』
『……んんっ、!!』

「ジュビア!」
我慢できずに思わず叫んで拳を握った。
…くそ、…殺してやる!
怒りで頭がおかしくなりそうだった。

突然、坑道が終わり、目の前に屋敷の扉のようなものが現れた。

「鉄竜棍!」

ガジルがその扉をぶち破ると、目の前に廊下が現れたので、そのまま、真っ直ぐ駆け抜ける。
正面に大きな両開きの扉が見えた途端に
「ジュビアはあそこだ!」
と言うガジルの怒鳴り声が聞こえた。
きっと、鼻で匂いを嗅ぎ付けたのだろう。

『……!っ、んーっ』

ジュビアの呻く声が聴こえる。
その声に気が狂いそうになる。

その時、正面の扉の向こうから、カードからではない、ジュビアの悲鳴が聞こえた。

「…ぃやぁぁっ…!
助けて…っ
グレイ様…!…グレイ様っ」

「ジュビアっ!
くそ、アイスメイク・鉄斧(バトルアックス)!」

心が引き裂かれるような悲鳴を聞いて、
殆ど残ってない魔力を絞って、目の前の重厚な扉を叩き折った。

ドガァンッ、と大きな音を立てて扉が崩れ落ちる。
その後ろを、ガジルが振り向きもせずに奥に向かって駆けて行った。

「ジュビア!」

壊した扉がバラバラと音を立てて崩れていく中を掻き分けて、ハァハァと肩で息をしながら部屋に足を踏み入れた。
途端、目に飛び込んできたのは、
とんでもない光景だった。

「グレイ様っ…!」

ジュビアが、寝台の上で組み敷かれていた。
そして、そのジュビアを組み敷いている男が、俺の名前を必死に呼ぶジュビアの首筋に顔を埋めていた。

「ジュビア!
てめぇ、ジュビアから離れろ!」

全身の血が逆流しそうな程の怒りで、とても正気ではいられなかった。
渦巻くのは、とてつもない殺意、だ。
殺してやる。
そのまま、最後の魔力を振り絞って、男に向かって掌から氷の槍を突きだした。

だが、槍は届かずに途中で粉々に落ちていってしまった。
まるで何かに無効化されてしまったかのように。

男は、渋々のようにジュビアから顔をあげると、ちらっと此方を見て、ヒラリと手を一閃させた。

すると突然、俺の足元に緑の石が、まるで植物の根のように絡み付いていく。
「くそっ、なんだこれ!?」
石に絡み付かれたまま、その場からびくとも動けなくなった。
凍らせて砕こうとしても、全く魔法が使えなくなってしまっている。

「グレイ様…!?」

「やれやれ、邪魔しないで欲しいんだけど。」

男は憮然とした様子で顔をこちらに向けて、そのあと、フッと嘴って俺の足元を見た。
そして、
「動けないし、魔法も使えないでしょ?
それ、魔封石だからね。」
嘲るように、そう、言った。

「グレイ様!」
「…やれやれ、マリィ、もしかしてコレ、マリィの恋人?」

男はニヤリと笑ったまま、ジュビアに向かって
そう尋ねた。
ジュビアはその質問には答えずに、ギッと男を睨んでいる。

「…そうだよ!
だから、ジュビアから離れろっつってんだ!クソ野郎!」

我慢できずにそう叫ぶ。

「テメェ、一体誰の許可を得て、人の女の上に乗っかってやがんだ!
いいから、今すぐそこどけ!」

視線だけで人が殺せるなら、間違いなく奴は死んでるはずだ。
そのくらい怒りで頭がどうにかなりそうだった。

「グレイ様、グレイ様!」

ジュビアが、涙声で、男に押さえつけられたままで俺の名前を呼ぶ。
すぐにでも側に行って、あのふざけた野郎を引き剥がしてやりてぇのに…!
動かない自分の身体に反吐が出そうだ。

「どうやって来たのか知らないけど、ここまで来れたのは褒めてあげる。
…でも、ま、そこで見てるといいよ。
今から、君の目の前で、この娘を抱いてあげるから」

どこかに愉悦を含んだような口調で男がそう続けた。

「…ふざけんな!!」

「ふざけてるのは君の方だよね?
僕とマリィが愛し合うのを邪魔するなんて」

男は今度は眼に狂気を迸らせてそう言った。

「さぁ、マリィ」
「…い、や!」
「ジュビア!」
「…んんっ、…!」

男が力ずくでジュビアの唇を塞いだ。
ジュビアは必死で抵抗しているが、押さえつけられた身体はびくともしなかった。

「…っ、てめぇ!」

クソッ、動けよ!…動け!
足に巻き付いた石を剥がそうと必死でもがく。
絶対、助けてやるから。
これ以上、アイツがジュビアに触れるのを見ているのは、もう我慢ならなかった。

男はそのまま、狂気に満ちた顔で笑んでから、
側にあったナイフでジュビアの服を切り刻み始めた。

「……ぃ、やぁっ」
「ジュビア!」



ゴォォッンッ!!

と、耳をつんざく雷鳴のような音が聞こえたのは、その時だった。

上から、ガコンッ、ゴゴンッととんでもない量の瓦礫が崩れ落ちてくる。
ドカン、ゴスンと音を立てて部屋中に砂塵と砂煙が舞った。

「……!? なんだ!?」

ジュビアに覆い被さっていた男が、目を見張って叫んだ。
俺も、頭を覆っていた腕を解いて、
バラバラと落ちてくる石屑を祓いながら、
ぐっと上を見上げると。


「…よぉ、グレイ。
…なんかダセェことになってんな。」

天井に、ポッカリ大きく開いた穴から、ニヤリと笑って覗きこんでいたのは-ー。

「ラクサス!」

いまだビリビリと腕に雷電を纏ったままのラクサスだった。






***






「ラクサス!」

「おう。
ウォーレンが、この辺りだっつーからよ。
…ビンゴだったな。」

ニヤッと笑って、ラクサスはやってやったとばかりにそう言った。
ボッカリと大きく口を開けた穴から、朝日が燦々と射し込んでくる。
もう、夜が明けたんだな。

その途端に、ぐん、と身体中に、魔力が戻ってくる感覚が、駆け巡った。

「…コレ、…!」

「魔力、戻ってんだろィ?」

ラクサスが口角をあげてそう言う。
その間にも、向こうの方から、更にドゴン、ガゴンという破砕音が聴こえてくる。

「おーおー、派手にやってんな、ミラの奴」

ラクサスは、心底愉しそうにそう言うと、

「詳しい説明は後でしてやらぁ。
とりあえず、やられた分、10倍にしてやり返してこいや」

そう続けてニヤリと笑った。

身体の中に、力がぐぐっとみなぎってゆく。
あんなに身体が重かったことも、魔力が抑え込まれていたことも、嘘のように洗い流されていった。

ギッ、と、射抜くような瞳で、ジュビアを押さえ付けていた男を見据えた。
男は、寝台の上で茫然と膝立ちになっていた。
足に纏いついていた石の蔦を、凍らせてバリンと砕く。

そして、ゆっくりと男の方に歩みを進めた。

「…ひっ、光…
…石が、っ、嘘だろ…」

声をひきつらせて男が呻く。
顔には、驚愕と畏怖の表情を貼り付かせて。

手加減、なんて言葉は、全く浮かばなかった。

ガッ、と男の髪ごと頭を掴んで、拳に冷気を纏わせてから、そのまま渾身の力で殴り跳ばした。
ふっとんだ男は、ドガァンと大きな音を立てて、寝台の向こうの壁に激突した。
壁に穴があいて、男が埋もれたところから、バラバラと壁材が落ちてゆく。
そのまま、襟首をひっ掴んで、もう一度引き摺り出すと、次は鳩尾を思いっきり蹴りあげた。

ガボッ、と言った男の口から吐瀉物が垂れる。
首の後ろを、腕で薙ぎ倒したあとで、そのまま頭を掴んで床にうつ伏せに叩きつけた。

多分、最初の一撃ですでに半分以上とんでいたであろう男の意識は、もう欠片も残ってなかった。
白眼を剥いて、泡を吹いている。
恐らく、顎の骨も、肋も、折れて砕けているだろう。

脚でその男を踏みつけたまま、手に思いっきり冷気を纏って。
そして、
両手につがえた氷魔剣(アイスブリンガー)を振りかざし、男の両の肩を縫い止めるように、渾身の力で床にぶっ刺してやった。

ハァ、ハァ、と肩で息をして、ユラリと立ち上がる。

それから、
ゆっくりとジュビアのいる寝台の方を振り返った。

ジュビアは、ただ茫然と寝台の上に座って、此方を見つめていた。
瞳からボロボロと溢れる涙が、頬を伝ってゆく。
きっと、力一杯噛み締めていたのだろう、唇には血が滲んでいて。
刻まれた衣服を構うこともなく、ダランとそのままに垂れ下がった腕には、力ずくで握られた手の痕が残っていた。
首筋にも、胸元にも、鬱血痕が紅く散らばっている。

たまらなかった。

その姿を見ているだけで、胸の奥から張り裂けそうな後悔と自責の念とが込み上げてくる。
そして、再び沸き上がってくるどす黒い怒りで脳髄を支配される。
俺が、俺達が、もっと早くここに来ていたら、
こんな目に合わせることもなかった、のに。

そっと、寝台の方へ歩みを進めた。
ギシッとその上に乗り上げて、ゆっくりとジュビアに近付く。

俺がそうやって距離をつめるその間も、ジュビアはただ茫然とそんな俺を見ていた。

ゆっくりとジュビアに向かって手を伸ばそうとすると、ジュビアの身体が、ビクッと跳ねて後ずさった。
触れようとして拒まれたことに、わずかなショックは隠せなかったけれど。

こんな目にあったんだ。
男そのものが怖くなったって仕方がない。

そっと、伸ばしていた手を下ろして。
それから、自分の着ていた上着を脱いで、ジュビアに触れないように注意しながら、フワッと背中から掛けてやった。
誰よりも 俺が、これ以上こんな姿を見ている事に耐えられなかった。

「…ジュビア」

そっと名前を呼んで、それから、もう一度、
さっきよりももっとゆっくりとジュビアに向かって手を伸ばした。
触れる直前に、確認するように、一旦手を止める。

それから、そっと、ジュビアの頬に触れた。

「…グレイ、さま…」

ポツ、とジュビアが俺の名前を呼んだ。

親指で掬い上げるように涙をぬぐう。

その瞬間に、ジュビアが弾かれたように、

「グレイ様…!グレイ様…っ」

しゃくりあげながら、頬に添えた俺の手を握りしめてきた。

それが、もう限界だった。

そのまま、自分の方に引き寄せて、腕の中に閉じ込める。
ジュビアの肩口に顔を埋めて、思いきり抱きすくめた。

「…悪かった。…遅くなって。
…ごめん」

ジュビアを抱きすくめたまま、絞り出すようにそう言った。
腕の中で、ジュビアが小さく首を横に振る。

「…もう、大丈夫だから。
このまま、ぜってぇ離さねぇから」

その台詞を聞いて、ジュビアがギュッと俺のシャツを握りしめてくる。

どれだけ、怖かったことだろう。
まだ、腕の中で僅かに震えているジュビアの気持ちを考えると、胸が潰れそうになった。

突然、フッ、とジュビアの身体から力が抜ける。

「ジュビア!?」

そして、そのまま崩れ落ちるように、俺のシャツを握りしめたまま、気を失ってしまった。

安心して気が抜けたのか、疲れ果ててしまったのか。

倒れたジュビアの身体を横抱きに抱え直す。
手首に撒かれていた手枷を、そっと凍らせて砕いた。
そして、ゆっくりと抱き上げて扉の方へ向かって歩き出す。

ふと、前方を見ると、壊れた扉の向こうの廊下の奥に、ガジルがレビィを抱き抱えて座っているのが見えた。

あちらも無事に助け出したらしい。

ガジルは、眠っているレビィの頭に何度も唇を落としながら、大事そうにレビィを見つめていた。
あの様子では、誰が何と言っても、当分はレビィを手放さないだろう。

大きく息をついて、もう一度ジュビアを抱え込むと、上から

「…お疲れさん。」

というラクサスの声が聞こえた。

本当に疲れた…。
主に精神的に。

「…5年は寿命が縮んだわ、俺…」

溜め息をつきながらそう言うと、

「まぁ、それでちょうどいいぐれぇじゃねぇの」

と、ラクサスが揶揄してくる声が、朝日の中で響いた。-ー




***




病室の窓から入ってくる爽やかな風が、カーテンを 揺らしている。

ベッドの脇に備え付けられた丸椅子に腰掛けて、すぅすぅと眠っているジュビアの顔を見つめた。


あの事件の後、結局ジュビアとレビィは、身体に射たれた魔封の薬を除去するために、マグノリアにある魔導専門の病院に入院することになった。

当然だが元々体内に入れていいような物のわけはなく、きちんと取り除かないと、魔力にも、下手をすると命にも関わると言われたのだ。

入院の期間は一週間で、無事に除去も終わり、明日には退院できる手筈になっている。


あの日。

石に足を絡めとられて、動かない身体に為す術もなく足掻いていた時、
ラクサスが開けてくれた穴のおかげで、なんとかジュビアを助け出す事ができた。

ラクサス達は、俺達を地下に送り込んだあと、手筈通りに神殿に向かい、きちんと事情を説明した後で、協力を依頼したらしいのだが。

『こっちゃ、下手に出てクソ丁寧にお願いしてやってるのによ、やれ存じ上げませんだの何だのご託を並べやがって』
『フフ、それでラクサスがキレちゃったのよね?』
『何言ってやがる。テメェのが先にキレてただろうが!』
『やぁだ、ラクサスったら』
『グダグダ言っても、地下だって事はわかってんだしよ、じゃあ通らせてもらわぁってことで、無理矢理床に穴開けてやったんだよ。
そしたら、奴等、急に焦りだしやがって』
『光が、石が、ってね。
フフ、これは何かあるわねって思ったから、近くにいた優しそうな人に教えて貰ったのよ』
『気の弱そうな人の間違いだろ…』

ラクサスのゲンナリした顔が全てを物語っている。きっと、魔人の猛烈な力ずくの尋問を受けたに違いない。

『あの緑鳳石っていう魔封石、日光に弱いんだって。加工する前に日に浴びると全く効力を失っちゃうんだって。』
『じゃあ、ってことで、ウォーレンにお前らの声を感知して貰って、ああ、なんか最初の穴開けた後からぼんやり声が聴こえるようになったっつーからよ、で、大体の場所の目処つけて、思いっきりデカイ穴開けてやったっつー訳だよ。
お前らのいた場所、実は神殿の真下だったんだぜ。』
『ちょっと間違えてあちこち開けちゃったけど、まぁ仕方ないわよね。間違えたんだしね~』

フフフ、と笑うミラちゃんが確信犯なのはわかりきっていることなので、もう誰も突っ込もう
ともしなかった。

結果的に、ラクサスとミラちゃんが暴れてくれたおかげで、俺もガジルも、ジュビアとレビィを助け出す事ができたわけだ。
最初から、神殿の真下だったってわかってたら、直接殴り込んでやったのによ。
あのときはとにかく追うしかなかった訳だし、そして、俺達が中に入っていたからこそ、ウォーレンも場所を感知してくれたのだから、まぁ終わり良ければ、と言うことにしておこう。

ガジルがレビィを助けに 部屋に飛び込んだ時には、レビィは再度薬を使われて、昏睡状態だったらしい。
レビィの声が聴こえなかったのは、そういう理由のようだった。
ジルベルトというもう一人の犯人の男は、意識のないレビィを後ろから抱き締めながら、ずっと青い髪に口付けをし続けていたらしい。
レビィと自分の周りを例の緑鳳石の籠で取り巻いて、ガジルが飛び込んできても一瞥もくれずに、ずっと。

今、レビィの髪はビックリするほどショートカットなマニッシュヘアになっている。
ガジルが、入院初日に病院にルーシィを引っ張ってきて、例のカニだかエビだかの星霊にバッサリ切らせたからだ。

まぁ、気持ちは解る。
解りすぎる程に。

『髪なんてすぐに伸びるし~』

そう言って笑うショートカットのレビィも、コケティッシュでとても可愛いと思った。


今回の事件は、あの双子の兄弟の
妹への異常な執着と狂愛が引き起こしたものだった。
父親を殺し、妹を自殺に追い込み、
そして、妹と同じ、魔力を持つ青い髪の少女を次々と拐っていった。
あの街の特性と、領主であるシュラウ家の血が持つ緑鳳石を操る能力を利用して。

犯人の二人は、今、特殊犯罪者を収容する牢に入っている。
恐らく一生出てくることはないだろう。
万が一、仮に出られたとしても、今度は病院から一生出られない生活になる。
あの日以来、『マリィ』という言葉以外は一切発さず、そして目も耳も何も見えていない聴こえていない状態で、正気に戻るのはもう不可能だと言っていた。
本当の本当に狂ってしまったらしい。
こうして、反吐が出そうなムカつきと、何とも言えない後味の悪さを残して、
この事件は終了した。



「、ん…」

風に流された髪をそっと掬って戻してやると、そのはずみか、ジュビアがふっと目を覚ました。

「…起きたか?」

「…グレイ様…」

微睡みながらぼんやりとそう呟いたジュビアは、次の瞬間にハッと目を見開いて

「…はわわ、グレイ様!…ほんもの!?」

そう言ってガバッと飛び起きた。

「ホンモノって、お前なぁ…」

ジュビアの台詞にゲンナリして苦笑する。

今、ジュビアの病室には、ジュビアの言うところの“グレイ様人形”が、大小合わせて6体程設置してある。
枕元に3体、出窓に3体。
いずれもジュビアが、フェアリーヒルズの自分の部屋から持ってきたものだ。

「お前さ、…コレ何とかなんねぇの?
毎日病院に来る度に、そこらじゅうの医者や看護婦にニヤニヤされて、超恥ずかしいんだけど!」
「そんな!ジュビアはこのグレイ様人形達がないと生活出来ません!
お仕事にもちゃんと持って行っています!」
「…ゲッ、仕事にもかよ…」
「はい。ちゃんと朝晩グレイ様人形と、キキキキスしないと…って、
キャァ!いい今のは聞かなかったことにしてください!」
「…って、キスならもう本物としてるっつの…」

自分の台詞に、焦ってワタワタと言い訳しているジュビアには、俺の最後の呟きは聴こえなかったらしい、一人で真っ赤になって慌てている。
こういうジュビアをなんだかんだで『可愛い』と思ってしまうあたり、ガジルじゃねぇが、俺も相当イカれてるのかもしれない。

「やっと明日、退院だな。」
「はい!これでやっと仕事に戻れます」

ジュビアは晴れやかな顔でそう言って、ニッコリ笑った。

そっちかよ。
いや、まぁ仕事は大事だけども!

「午前中にルーシィとエルザさんが来てくれて、明日、ジュビアとレビィさんの退院祝いパーティをやってくれるって、言ってました。」
「おぅ、らしいな。」
「お祝いどころか、ジュビア今回は皆さんにほんとにお世話になったので…。
ちゃんと、お礼がしたいです。」

ジュビアは、ちょっとだけ困ったように目尻を下げてそう言った。

「礼なんて要らねぇだろ。
そういう仕事だったんだ。」

俺がそう言っても、ジュビアはどこ吹く風で、

「勿論、グレイ様にも一番に!
お礼、何がいいか考えといて下さいね。」

両手で口元を押さえて、ふふっ、と笑いながらそう続けた。

ジュビアが、手を口元に持っていったことで、病院服の袖口から白い細い腕が露になった。

腕に残った、あの男に握られた痕が、内出血になって紫色になっているのが、痛々しい。
他の男に付けられたその痕を見るたびに、嫉妬でそのままジュビアを押さえ付けたくなる衝動に駆られるのを、入院中のジュビアの体を考えて、かろうじて耐えていた。

そのまま、そっとその手を握って、手の甲に緩やかに口付ける。

「グ、グレイ様?」

突然の俺の行動にジュビアが赤面して俺の名前を呼んだ。

「……お礼、はいいからさ」

キョトンとしたジュビアに向かって、吐息のように言葉を紡ぐ。

「…ひとつだけ、頼みがある。」

「ジュビアに、ですか?
はい。グレイ様のお願いなら、勿論何でも。」

ジュビアがニッコリと笑ってそう返事をした。

「…明日」

「はい。」

「…明日、退院祝いのパーティが終わったら」

「………?」

「…ジュビアを、うちに連れて帰りたい。」

「……。……えっ?」

囁くように、懇願するように。
ジュビアの手を握ったまま自分の額にあてて、沸き上がってくる想いを伝えた。

突然の話に、
ジュビアが意味を図りかねているのが伝わってくる。

ぐっ、とジュビアの手を握りしめて。
そして、顔をあげて、
真っ直ぐにジュビアを見つめた。

「…この間みたいに、ただ抱き締めて眠るんじゃなくって。
…ちゃんと、ジュビアを抱いて眠りたい。」

「…グレイ様…」

「…意味、わかるか?」

ヘニャリと眉をさげて、そう訊いた俺の顔は、何とも情けなかったかもしれない。

ジュビアは、一瞬、ぴたっ、と固まった後で、
今度は、ボンッと音がしそうな程に真っ赤になって、

「い、意味、…意味って、あのあの、
ジュジュビアは…あの」

パクパクと金魚のように口を開けながらそう返事をした。

どうやら伝わったらしい。
焦っている様子がかわいくて、その真っ赤な顔に愛しさが込み上げる。

「…グ、レイ様、あの」

「何でも、きいてくれる、っつったよな?」

そう言ってからもう一度、

「連れて、帰りたい。…頼む。」

懇願するようにそう言った。

あいつが、お前にしたことを思い出すだけで、頭の中が沸騰して、たまらなくなって。
本当は、今すぐにでも無理矢理ここから連れ出して、なにもかも全部俺だけのものにしてしまいたかった。

でも、あんな目にあったジュビアに、そんな無理矢理怖がらせるようなことはできなくて。
そうやって込み上げてくる気持ちを、ずっとずっと我慢してきた。


だから、お前の許可が、欲しいんだ。

あの時の光景を、あの、記憶を。
全部全部、俺で塗り替えたいんだ。

この内出血の痕も、首筋も、唇も。

なにもかも上書きして、塗り替えて。
全部俺だけのものにしたいんだ。

そうやって全部が新しい記憶に変わったら。
お前が覚えているのは、
一生俺だけでいい。


ジュビアは、しばらく黙ったまま、じっと俺の目を見ていた。
その瞳の周りも頬も真っ赤に染めて。

ジュビアの返事を促すように、そっと髪に手を入れて、ゆっくりと透いた。

そのまま、我慢出来ずに引き寄せて、唇を塞ぐ。
軽く触れてすぐに離した後で、今度は呼吸ごと食い尽くすように、深く深く口付けた。

「…んっ」

ジュビアの声が合わせた唇の合間から零れおちる。

足りない、もっと、と暴れだす気持ちを何とかこらえて。

ゆっくりとキスを解いて、
じっとジュビアを見つめた。

それから、コツン、と額と額を合わせて、

「…“はい”の返事は?」

と訊ねた。

そうしたら、
ますます真っ赤になったジュビアは、
じっ、と上目使いに俺を見つめたあとで、
最高にジュビアらしい可愛い返事をくれた。



-ー…あの、グレイ様人形も一緒に連れていっていいですか?-ー








〈了〉









【後書き】





姫と王子シリーズ、本編は何とか完結いたしました。f(^^;
こんな長編に長々とお付き合い下さった皆様、
本当にありがとうございます。

シリアスが過ぎて、途中何度か呼吸困難に陥りました。

しばらくシリアスは休もう!
もし次何か書くなら、軽くて、ほのぼのしてて、イタ可愛いジュビアとヘタレグレイが出てくる奴にしよう!
なんて、今は思っていますが、どうせまた似たり寄ったりのクオリティーになりそうな気がします(笑)

あと一本、もしくは二本、オマケを投入させて頂いて、姫と王子は終了となります。
もし、よろしければ、オマケもまた読んでやってください(*^^*)